其の七
俺とユウキの二人旅は最初の頃こそ思うようにいかないことが多くて、苦労したが、一ヶ月も過ぎればスムーズに旅を続けることができた。
人間の慣れとは素晴らしくもあり、恐ろしいものである。
低い等級の依頼も贅沢を言わなければ食っていくに困ることはないし、ユウキが強すぎることもあり、装備品がすり減ることも少なかった。
正にチートだ。
旅に慣れてきたからには、本来の目的である魔王討伐に力を入れることにした。
ユウキが三年も時間を費やしていることもあり、魔王軍に関する情報を集めるのは苦労するだろうと踏んでいたが、酒場に行けば情報はすんなり手に入った。
人類の主要な国家は戦力を一つに集め、強大な魔王軍に対抗する為に、連合軍なるものを作っていた。
そこには情報部もあるのだろう、各所の戦況はすぐに本国等に伝えられ、一般人でもある程度の情報は容易に手に入れられた。
連合軍に関してはユウキから聞いていたので驚かないが、肝心のユウキ自身が連合軍には合流したことがなかった。
親友が戦地に行くことを積極的に推奨はできないが、この戦争を終わらせるにはユウキの力が必要だ。
だから、何故前線にいなかったのか疑問に思った。
これはユウキも首を捻っていた。
ユウキ自身も前線に赴くことは全然気に病んでおらず、寧ろ、この戦争を終わらせたいから積極的でさえあった。
しかし、何かと理由をつけられ、あの女連中に連れられて各所を連れ回されたそうだ。
女剣士の祖国に連れて行かれたと思ったら、次は魔法使いの祖国に連れて行かれ、一向に魔王軍との戦場には連れて行かれなかった。
そんなの無視すればいいとは思ったが、強大な力を持つユウキだが、俺と一緒で異世界に呼ばれた当初は右も左も判らなかった。
誰も知らない土地に一人で放り出されたら、不安にもなるだろう。俺は真っ先にユウキと出会えたから良かったが、本当に一人っきりだと考えると不安で押し潰されるかもしれない。
だから、頼れる人を得たユウキがそのまま言いなりになるのも理解できなくもない。
だから、ユウキは勇者と認知されて、あの女連中と行動を共にしだしてからは言われるがままに行動していたそうだ。
ちゃんと自分の意見を言うべきだったよな、と零していたユウキだが、これは俺の想像でしかないが、変と思いつつ従っていたユウキに対して、困っているとか、助けを求めているとか、お人好しなユウキが断れないセリフをあの三人が吐いたのだろう。そう考えると腹が立つ。
傍から見れば、意味不明の行動に映る三人だが、恐らく、戦後の打算的な理由でユウキを自国に取り込もうと水面下で争っていたのだろう。
それで戦争が長引いて、文民が苦しんでいることに心を痛めないのか。
まあ、権力者は下々のことなんて気にしないのだろう、腹は立つがしょーがない。
俺とあの女連中との一件は良いきっかけだったみたいで、ユウキは色々なしがらみを吹っ切った。そして、最短で魔王軍を討伐すると決めた。
道中で困っている人や、助けを求めている人がいれば助けるが、周り道までして行動しないことに決めた。
ユウキはこの決断にも心を痛めていた。まったく、こいつはお人好しが過ぎる。
そういうことで、最近仕入れた魔王軍の四天王が駐留しているポイントにユウキと二人で乗り込んでいる。
草原の青々とした芝が緊迫した空気に似合わず爽やかに風になびいていた。
目の前には四天王の一人が名乗りをあげている。
「お前が噂の人側の勇者か。俺は魔王軍四天王が一人、諸手のライノス。俺と出会って生きて帰れると思うなよ」
諸手のライノスと名乗った面長な顔の魔物は身長が二メートルを超えていた。
面長とは言ったが、馬ほどの顔の長さと言っても過言ではない。
額から鼻の部分にかけて二本ほど角が生えて、獰猛な鋭い牙も口元から見えている。
凄く強そうな見た目をしている。俺では到底勝てないだろう。
横目でチラッと見たユウキの表情は真剣そのものだった。
「おいおい、ライノス。先走るなよ。この闇纏のカラスマも忘れてもらっては困る」
怜悧な印象の魔物は人で言う両腕の部分が鳥の羽になっている。
羽も含め、全身を黒一色に統一しているそいつは、嘴も生えている。
正に鳥人で、二つ名に相応しい見た目をしていた。
四天王が二人もいるのか、こういう場合は大概一人ずつじゃないのか。
ユウキはなおも真っ直ぐ前をだけを見据えていた。
「ふーん、いい男じゃない。私が飼ってあげてもいいわよ。フフフ、拒んでも無駄よ。この
見た目は完全に人間の女性だが、お尻の辺りから尻尾らしきものが見え隠れしている。
こいつも魔物なのだろうが、綺麗な見た目に騙されてはいけない。可視化できるほどの淫気を放っているのだから。
こいつの登場にはユウキも動揺するかと思ったが、ユウキの表情は一切変わらなかった。
「歓迎しよう。人間の勇者よ。この
最初の厳かな雰囲気はどこへいったのか。急に情緒不安定に笑いだした諧謔のモアと名乗った男も一見、魔物に見えなかった。
しかし、よく見れば額に小さな角が生えており、爪は異常な長さを誇っていた。
こいつは厄介そうだ。脳筋とかではなく、搦手などを使ってきそうな頭脳タイプだ。
それにしても四天王全員揃っているのか。これはもしかしてヤバいんじゃないのか。
俺自身は戦力になれないからどうしようもない。せめて、人質に取られるような足手まといにならないように頑張ろう。
場が緊張に包まれる。
お互い睨み合い、膠着状態が暫く続いていたが、諸手のライノスが大きな戦斧を振り上げながら、ユウキに迫ろうとした。
しかし、ライノスが距離を詰める前に、ユウキが一瞬で相手の懐まで潜り込んだ。
一瞬、ユウキの存在に気づくのが遅れたライノスだったが、振り上げた戦斧を勢いよく振り下ろそうとした。けど、戦斧を握っていた虚しく両腕は宙を舞った。
呆気に取られたライノスは状況を理解する前に、ユウキに一刀両断され、地面に沈んだ。
斃れたライノス本人も気が付かなければ、他の三体も事態の把握に数瞬の時間を要していた。
しかし、ユウキはすでに三体の四天王の間合いに迫っていた。
早すぎる展開についていけないのは俺だけではなかったようだ。
闇纏のカラスマがユウキの接近を確認した時にはすでに間合いに捉えれており、反撃も逃げる暇もなく、ユウキの手のひらから放たれた光の魔法によって跡形もなく消え去った。
仲間を一瞬で二人失った残りの四天王の内の一人、
広範囲に放たれた矢から俺を守る為にユウキは一度後方へ退いた。
魔法障壁で矢の雨を防ぐユウキに少し申し訳ない気持ちになる。
「ハハッ!勇者がこんな化け物だとは聞いてなかったけど、連れの男が足手まといみたいね。このまま私の魔法で射殺してあげるわ」
ニヤッと不敵に笑う
恐らくユウキに気づいたであろう
先の二人でユウキとの力の差を体感しているはずなのに、油断するなんて間抜け過ぎる。
しかし、今まで強者で生きてきた故に、危機感が養われないこともある。
まあ、ユウキみたいな規格外のチートは想定できないだろう、ご愁傷さまだ。
「へへへ………こいつはお手上げだ。魔王軍四天王がこうも簡単に敗北するとはな………」
最後に残った
「だがこれでいい気になるなよ。魔王軍にはまだ五将星や聖魔十三守護隊が控えているのだ。そして、我らが魔王様が人間などに負けるはずがない。せいぜい、今をいきがって生きやがれ」
ユウキに捕らえられた
まだまだ魔王軍との戦いは続きそうだが、ユウキが負ける姿が想像できない俺はその捨て台詞をそこまで深刻には考えなかった。
勇者の裏事情 鬼頭星之衛 @Sandor
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