十四話
ガラガラと車輪が回る音。
ガタガタと小刻みに揺れる視界。
こみ上げてくる不快感。
「うぅ……」
「大丈夫、ミオー?」
思わず口を押えた俺の背中を、リリアナがさすった。
現在、俺はリリアナ、フラメアの二人と一緒に馬車に乗っていた。
馬車と言っても牽引する馬は殺されてしまったので、リリアナの護衛が交代で引いているので、人力車と化しているが。
あの後、リリアナが俺と一緒に行きたいと言い出したことで、俺たちは彼女に同行することになった。
俺はリリアナの話相手をし、【銀閃の風】のメンバーは護衛と捕えた賊の見張りをしている。
俺が馬車に乗るのを、アイラはすごく心配そうにしていたが……
しかし、馬車がここまで乗り心地が悪いとは……。
乗り始めてまだ一時間ほどだが、乗り物酔いでクラクラしている。
「ちょっと横になった方がいいんじゃない? ほら、ボクの膝を貸してあげるから」
「あぁ、すまん。失礼する……」
リリアナに手を引かれるままに彼女の膝にポスンと頭を乗せる。
あぁ、確かに少しだけ楽になったな……。
膝枕……と言うんだったか。
アイラもしてくれていたが、これは妙に落ち着く。
誰かに身体を預けるなんて、前世では絶対にしなかったんだが……やっぱり、ミオソティスに憑依した事が原因なんだろうか。
幼く、悲哀の中で死んでしまった彼女。
魂が砕けてしまっても、生前の強い念が名残として身体に影響を及ぼしていても不思議じゃない。
家族からいない者として扱われ、三年もの間監禁され、最後には捨てられてしまったミオソティスが、他者の温もりを求めるのは自然だろう。
その変化には戸惑いっぱなしだが、悪い気がしないのはなぜだろう。
酔いでぼんやりとした頭の中に、そんな考えが浮かんでは消える。
「お、お嬢様ぁ。ベルナ辺境伯家の令嬢として、そのようなことは……」
「ボクがいいって言ってるんだから、いいの! それに、ボクたちの危機を救ってくれた相手に、少しでもお礼をしたいんだ。それの何が駄目なの?」
「駄目ではないですが……うぅ、旦那様に知られたら、ワタシが怒られちゃいますよぉ」
「ふんっ、父上は関係ないだろう? それに、弱っている者を見捨てるのは、騎士のすることじゃないもんね!」
「騎士……? リリアナは、騎士になりたいのか?」
ぼんやりとしたまま、話の中に出てきた単語に反応した俺は、特に何も考えずに尋ねた。
俺の言葉に、リリアナは「うん!」と大きく頷いた。
「騎士はカッコイイんだ! 弱き者を助けて、悪を挫く。せーれんけっぱくで、ぶんぶりょーどーで、どんな巨悪にも負けないんだ! ボクも、そんなさいきょーでカッコイイ騎士になりたい!」
キラキラと太陽色の瞳を輝かせてリリアナはまくしたてる。
一言一言に凄まじい熱量を感じるほど、その言葉には力があった。
全身全霊で憧れを語る姿は、彼女の髪と瞳の色も相まって、輝ける太陽を幻視するほど。俺は思わず、目を細めた。
リリアナがどれほどの想いを抱いているのか、彼女のことを何も知らない俺にも伝わってくるようで。
その勢いに押されて目を白黒させていると、しかし、リリアナの表情が一変する。
「でも……父上も母上もボクには無理だって言うんだ。そんなこと、できるわけがないって。騎士ゴッコはやめて、淑女になる勉強をしなさいって……。ボクは、本気で言ってるのにっ! 剣も魔法も勉強も、いっぱいいっぱい頑張ってるのに……」
暗い顔でしょんぼりと肩を落とすリリアナ。
先ほどの天真爛漫な様子とは一変。まるで土砂降りの雨に打たれているような落ち込みように、面食らった
そして、彼女はぽつりぽつりと、雨漏りのように言葉を零す。
「ミオは、すごいよね」
「……何の話だ?」
「さっきの戦いのこと。ボクよりちっちゃくてカワイイのに、カッコよく盗賊に向かってさ。何もさせずに勝っちゃうんだもん。僕のあこがれてる騎士とはちょっと違うけど、同じくらいカッコよかった」
言葉はやがて激しさを増し、濁流のようになってリリアナの口から零れる。
そして、最後には。
「……いいなぁ。ボクも、ミオみたいになりたいや」
汚泥のように重苦しい一言が、放たれた。
膝の上に転がる俺の頭に、リリアナの視線が突き刺さる。
それは、珍しく知っている視線だった。
羨望、嫉妬。
異能者として強大な力を持っていた俺は、その手の視線をよく受けていた。
なんでお前ばかり。どうして俺はアイツみたいにできない。おかしい。ズルい。
そんな恨み言と一緒にぶつけられていた視線と、今のリリアナのそれはよく似ている。粘着いた欲望や殺気がない分、リリアナの視線の方がマシだけど。
ここまで天真爛漫な様子しか見せてこなかったリリアナの負の感情に、俺は目を見開き……。
「……別に、なればいいんじゃないか?」
「ふぇ?」
リリアナに視線を合わせ、俺は口を開いた。
「騎士に、なりたいんだろう? なら、なればいい」
「……っ、簡単に言わないでよっ。ボクのこと、何にも知らない癖にっ。ボクだって、なれるんならなりたいっ。でも、皆が駄目って言うんだ。やめろって……無理だって……!」
「お嬢様、落ち着いてくださいっ。ミオソティス様も、お嬢様を刺激するようなことはあまり言わないでくださいっ!」
癇癪を起したように髪を振り乱すリリアナにフラメアが心配そうに声を掛けた。
そして、俺の方に非難がましい視線を向けてくる。
それでも、俺の言葉は止まらなかった。
自分でもよく分からない感情のままに、声を出す。言葉を紡ぐ。
渇望? 苛立ち? 既視感?
浮かんで、認知して、名前を付けようとして、失敗して、沈んでいく。
そんな感情の奔流に内心をかき乱されながら、それでも。
「でも、なりたいんだろう? どれだけ否定されても、やめておけと忠告されても、諦められない……。誰になんと言われようと、やりたいんだろう? リリアナのことを知らない俺でも、それだけはわかった」
「…………っ!」
「なら、やればいい。やりたいことを、やりたいだけやってしまえよ。自分の望み通りに生きられない人生なんて……生きている意味がないからな」
「ミ……オ……」
「弱き者を助けて、悪を挫く。清廉潔白で、文武両道で、どんな巨悪にも負けない最強でカッコイイ騎士、だったか? なればいいさ。それだけ強く想えるリリアナなら、きっとなれると思うぞ、俺は」
言いたいことを言いきって、俺の中で渦巻いていた衝動のような物も収まった。
乗り物酔いもだいぶすっきりしてきたのも相まって、気分がいい。
俺は満足して、馬車の揺れに身を任せるように目を閉じ――。
「ミオーーーーっ!!」
「ぐぇえっ!?」
何故か抱き付いてきたリリアナに、阻止されてしまう。
ぎゅうう、と力が籠められ、身動きが取れない。
というか、ちょっ、しまってる! リリアナ、思いっきり首がっ!?
ぺちぺちとリリアナの腕を叩いてみるが、興奮しているのか気付いた様子はない。
こ、これはマズイ……お、墜ちるぅ……!
薄れゆく意識の中、リリアナの弾けるような笑みが視界に映り込む。
暗い表情も雰囲気も吹き飛んだ、台風一過の明るさがそこにあった。
何ものにも縛られない、天衣無縫で天真爛漫な彼女に、俺は奇妙な感情を覚え――。
「ありがとうっ、ミオ! ボク、頑張ってみるっ!」
「そ、そうか……ガクっ」
リリアナの眩しい笑顔と弾むような言葉になんとかそれだけを返して、俺の意識は暗闇に落ちていった。
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