十三話
声に反応して振り返ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
陽光を受けて煌めく黄金の髪を頭の高い位置で一つ結びにし、夜明けの太陽のような瞳。
年齢は十かそこら。
未成熟な肢体を騎士服とドレスを合わせたような服を身に纏っている。
俺のことをまっすぐに見つめる瞳はキラキラと輝き、興奮に頬を染めている。
アイラの慈愛が籠った視線とは違うが、これもまた覚えのない視線だった。
そして、居心地が悪くなる感じの視線だ。
少女は輝いた瞳のまま、俺に小走りで近づいてくる。
「キミだね! さっき盗賊を倒してた女の子! わー! すごい! ちっちゃい! かわいー!」
「……ええと、誰だ?」
「ボク? ボクはリリ! リリアナ・ベルナだよ! よろしくね!」
「よ、よろしく……?」
少女――リリアナと名乗った彼女が差し出してきた手を、押されるままに取る。
すると、リリアナは一瞬目を見開き、すぐに輝くような笑顔を浮かべて見せた。
天真爛漫という言葉を体現しているようなそれは、内心の喜色が溢れてとどまらないと言うように、リリアナを彩っている。
そんな笑顔を至近距離でぶつけられた俺がフリーズしていると、リリアナはキラキラした視線で俺を見詰め、ぴょんぴょんと跳ねながら「すごいすごい!」と連呼する。
リリアナを見て、アイラが驚いたような顔をしているのが横目で見えたが、それに反応する暇もない。
「ねーねー、あの時は何をしたの? こう、手のひらを向けただけで、盗賊がバーンって飛んでって、ズドーン! って倒してたでしょ? あれって魔法? スキル?」
「ス、スキルだが……お前は、馬車に乗っていた子供か?」
「そうだよ! 助けてくれてありがとうね! えっとぉ……」
「……ミオソティスだ。リリアナ・ベルナ」
「それじゃあ、ミオだね! ボクのことはリリでいいよ!」
「そうか、分かった。リリアナと呼ばせてもらう」
「分かってないじゃん!?」
「えー、リリって呼んでよー!」とダダをこねるように言うリリアナに、俺は困惑の視線を向ける。
す、すごいぐいぐい来るなコイツ……ん?
どう相手にしていいのか分からず、俺がただリリアナのされるがままになっていると、バタバタと慌てたような足音が近づいてくるのが聞こえた。
「お、お嬢様ぁ~~! どこですかぁ~~!?」
誰かを探す声に反応してそちらを見ると……アレは、メイド服か?
前世基準だとコスプレに分類するであろう服装をした十代後半くらいの茶髪の女性は、息を切らしながらこちらに向かってきた。
そして、俺と同様にメイド服の女性に気付いたらしいリリアナが、彼女の方を見て「おーい!」と手を振る。
「フラメア、こっちこっちー!」
「あぁ、お嬢様ぁ! 勝手にいなくならないで下さいよぉ! 何かあったら、どうするんですかぁ~~!」
「もう盗賊はいなくなったんでしょ? なら大丈夫! それよりフラメア、見てみて、ミオだよ! ほら、さっき盗賊を倒していたちっちゃな子!」
「ちっちゃな言うな」
リリアナの発言に不服を示していると、フラメアと呼ばれたメイド服の女性が俺のことをまじまじと見つめてきた。
なんだ? と小首を傾げながら見つめ返すと、アワアワと慌てたように小さく両手を振り出す。
「い、いえ。すごく綺麗な子だなぁと思いまして……。それに、お嬢様と普通にお話していることに驚いて……」
「ちょっとー、フラメア。それどーゆー意味?」
「ひぇ、な、なんでもありません~~!」
「もー、せっかく仲良くなれそうだったんだから、余計なこと言わないでよー!」
むっとした表情のリリアナに詰め寄られ、小さく縮こまるフラメア。
そんな二人を見つつ、俺は彼女の言葉に、傾けた首の角度をさらに深くした。
「? なぜリリアナと話すだけで驚かれるんだ?」
「ミ、ミオちゃん。ちょっと……」
ちょんちょんと肩を叩かれ振り向くと、アイラがなぜか青い顔をしていた。
ちらちらとリリアナの方を見ており、俺の服の裾を掴んで引っ張っている。
「どうしたアイラ? ……リリアナがどうかしたのか?」
「ミオちゃん、あの子は……いえ、あの御方は」
わざわざ畏まった言葉を使い、アイラは言葉を続ける。
「エリアルの町の領主であるベルナ辺境伯の三女であるリリアナ・ベルナ様。つまり……貴族のご令嬢です」
貴族、令嬢?
アイラに言われて、俺はいまだフラメアへの文句を言い続けているリリアナを改めて観察する。
ふむ、確かに子供にしてはやけに所作が整っている。歩き方一つとっても、気を配った動きをしている。
着ている服もいかにも上等な物だし……ふむ、初対面から物凄くグイグイくるヤツだから気付かなかったが、言われてみれば確かにといった感じだ。
「なるほど、そうだったのか。教えてくれて感謝する」
「はい、なので言葉遣いとかには気を付けたほうがいいかと……」
アイラが声を潜めて心配そうに言ってくる。
アイラの様子やミオソティスの記憶から考えるに、この世界では前世でいうところの君主制が主流のようだ。貴族なんていう言葉が普通に使われている時点で分かっていたことではあるが……。
身分差というモノが前世よりもよっぽど顕著なのだろう。上の立場の人間を敬うのは当たり前。それが子供だろうと関係ない、と。
ミオソティスも、監禁されるまでは誰かに傅かれるのが当たり前の生活を送っていたから、その辺りの価値観は理解できる。
だがまぁ、従うかどうかは別だがな。
俺はリリアナの方へ近づき、声を掛ける。
「なぁ」
「大体フラメアはさぁ……え? どうしたの、ミオ」
「リリアナって貴族の娘らしいけど、俺も敬語とか使った方がいいか?」
「ちょ、ミオちゃん!?」
「え、ヤダ! ミオとは仲良くしたいのに、堅苦しい言葉遣いなんてされたくない! ねぇ、ミオ。そのまま普通にしゃべってくれない?」
「お、お嬢様、あまり無理なことは……」
「ん、いいぞ」
「「えぇ!?」」
アイラとフラメアの驚きの声が重なる。
そんなに大げさな反応をしなくてもいいだろうに……。
貴族だなんだのなんぞ、俺にとってはどうでもいいことだ。上流階級の人間なんぞ、前世では暗殺対象でしかなかったからな。
組織は上下関係が厳しい場所だったが、言葉遣いとかは気にされなかったし。そもそも、まともな教養を受けているヤツなんて一人もいなかった。
それに……。
「! そっか、ミオはボクと仲良くしてくれるんだね! あははっ、やったー!」
「別に仲良くすると言ったわけじゃ……ええい、抱き付くな。こらっ」
弾けるように笑い、飛びついてくるリリアナを押しのけながら、思う。
この笑顔が崩れるのは、勿体ないだろう。
なんて、柄にもないことを。
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