十一話

「あぁ、いの……スキルで確認した。12時の方向、距離は1㎞と123m。賊の数は13。馬車の護衛は生存が7、負傷が3、死亡が5。黒鹿毛の馬が2頭。これもこと切れている。馬車は木製の箱馬車。狼と大鷲の紋章が見える。サザン、合っているな?」


「うぇえ!? そ、そんなに細かくはわかんねぇよ!? ミオっちのスキル、どうなってんの!?」


「驚くのは後にしてくれ。俺の言った馬車であっているんだな?」


「イエス! あってるぜミオちゃん!」


「レオルド、間違いない。馬車の中に反応が2。一人は女性。もう一人は大きさからして一人は子供……そうだな、十歳くらいだろう」



 俺が断言すると、レオルドは腰に差した剣に手を添えて、険しい顔のまま声を上げる。



「助けに行こう」


「「「「おう(はい)!」」」」



 その言葉に、否を返す者はいなかった。


 サザンもオードンもシーナもアイラも、それぞれ己の武器を確認している。


 ……即断即決。本当に、呆れるほどお人好しな連中だ。


 俺なら確実に見捨てている。


 というか、気付いたところで何か言うこともないだろう。


 俺の行動原理と真逆の対応なのに……何故だろうな。


 俺の口元には、小さく笑みが浮かんでいた。



「すまない、ミオ。君を連れている途中なのに、戦いに巻き込んでしまうなんて……」


「ミオちゃんはわたしが命に代えても守りますから、安心してください。わたし、こう見えても結構強いんですから」


「はっはー! ナイト役を独り占めはズルいぜ、アイラっち! まー、心配ないって。俺の百発百中の矢があれば、賊なんて一発でダウンだぜ!」


「…………守りこそ、我が本懐」


「はー、ミオを町に連れていくのが遅くなっちゃうじゃない。はやく温かい部屋でゆっくりしてほしいのに、空気の読めない賊だこと。憂さ晴らしついでにボッコボコにしてやるわ」



 そして、俺にも気を使ってくれる、と。


 まったく、気持ちのいい連中だ。


 だが、走っても数分はかかる距離。


 正直、あの護衛たちが持ちこたえられるかどうか微妙だ。


 士気も指揮も最悪。完全に及び腰になっている。


 勢いづいた賊を相手に粘れるか?



「レオルド、間に合うのか?」


「……ッ! まったく、本当に君は五歳なのか? 肝が据わりすぎていて、とても信じられないな」


「正確には八歳だと言っただろうに。それで、今からどれだけ急いで向かっても間に合うか微妙なんだが」


「八歳でも変わらないと思うんだけどなぁ……。時間は厳しいけど、そこは全力で走るしかないさ。なぁに、こちとら冒険者は足腰を鍛えているんだ」



 ふむ、具体的な勝算はなし、と。


 ならば――俺も、慣れない人助けとやらをしてみようじゃないか。


 

「なぁ、お前ら」


「「「「「なんだ(なんですか)?」」」」」


「構えろ。そして――着地の準備と心構えをしておけ」



 俺の言葉に、【銀閃の風】のメンバーは困惑したような表情を浮かべる。


 むっ、時間がないと言ったのはそっちだろうに。



「ミオちゃん、何をするんですか?」


「ここから、あの馬車があるところまで、お前たちを跳ばす。分かったか? あぁ、分からないならわからないで結構。――座標指定」



 俺が手を翳して異能を発動する準備をすると、【銀閃の風】のメンバーの顔つきが変わった。



「この雰囲気、昨日の……」


「わーお、マジやばいスキルじゃん? えっと、構えて着地の準備だっけ? とりあえずやっとくか!」


「…………凄まじい、気迫だ」


「え、まって。ここから馬車まで跳ばすって……本当に時空魔法!? えっ、術式がどうなってるのか、ちょっと確認させ……」


「シーナちゃん! それどころじゃありません! ミオちゃんも、もっと説明してから始めてくださいよぉ!」



 何かごちゃごちゃ言っているが、異能の発動に集中しているため、耳に入ってこない。


 一度、【空間把握サーチ】を切る。


 昨日、【銀閃の風】のメンバー相手に【空間把握サーチ】と使いながら【物質転移アポート】を使おうとして、激しい頭痛で意識を失ったのは、異能の技を複数同時に発動しようとしたせい。


 つまり、キャパシティオーバーに幼くなった身体が耐えられなかったのだ。


 何処まで弱体化すれば気が済むんだと自分にうんざりしつつ、それならそれでやりようがあると異能を行使。


 座標指定、対象選定、転移先空間の状況を確認――――準備完了コンプリート



「行くぞ。一瞬先は戦場だ。心してかかれ――――【転移門ゲート】!」



 俺がそう呟くと同時に、足元の地面に黒い渦が広がって――――。



「うおっ!」


「うへぇえ!?」


「……むっ」


「ひゃああっ!?」


「ふぇええ!?」



 ――――刹那、景色が切り替わる。


 瞬きをすれば、そこは馬車を中心に展開された戦場のど真ん中。


 その、空中に、【銀閃の風】のメンバーが投げ出された。


 鉄錆びの匂いが鼻孔をくすぐる。


 戦場の空気に、意識が研ぎ澄まされる。


 突如、空中に顕れた俺たちに、響いていた金属音や怒号が、一瞬止んだ。


 静寂の中、賊と護衛。そして、馬車の窓から外の様子を伺っていた女性と幼子の視線を受け――【銀閃の風】が、地面に降り立つ。



「本当に、一瞬でたどり着くなんて……冒険者です。助太刀に来ました!」


「うぉお! ミオっちすげぇ! オラ、賊ども! 観念しやがれ!」


「…………驚いた。だが、今は貴様らの相手が先だ」


「きゃあっ! い、いったぁ……お尻ぶったじゃない! ええい、八つ当たりの相手には困らないのは幸いね!」


「ふっ、ミオちゃんを落とすわけには――! よし、怪我をしている人はいますか!? ポーションならあります!」



 驚愕と困惑入り乱れた視線が矢雨のように降り注ぐ中、剣を抜いたレオルドが踏み出し、サザンが弓に矢を番え、オードンが盾を構え、シーナが杖を振りかぶり、アイラが薬瓶を取り出したのと同時に、止まっていた戦端が動き出す。



「な、なんだこいつら!? どこから出てきやがった!?」


「み、味方……なのか?」



 賊も、護衛も、突如として出現した俺たちに驚き、その動きが鈍っている。


 ふむ、ここまで隙だらけなら、万が一もないか。


 俺は、けが人の治療を始めたアイラの背中から【空間転移テレポート】で地面に降り立つと、呆けている賊の一人に向けて手のひらを向ける。



「――【空間震撃・小スモール・クェイク】」


「があッ!?」



 規模を小さくした【空間震撃クェイク】が、賊を吹き飛ばした。


 ふむ、やはり異能の出力を抑えれば、制御は楽になるか。


 他の技もいくつか試してみるとしよう。


 なぁに、巻き藁はまだまだいるんだ。


 

「丁度いい。実験に付き合ってもらうぞ、賊ども」



 俺は異能を起動しながら、凄惨に微笑んだ。

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