十話

 何事もなく森を抜け、草原に出た。



「……ほぉ」



 小高い丘に登り、そこから眺めた光景に、思わず声が漏れた。


 背の低い草が生え茂り、爽やかな風に揺れる。


 木々が晴れた空は青く透き通り、天頂では白金に輝く太陽があった。


 風にゆるりと流れる雲を目で追っていると、それだけで時間が過ぎてしまいそう。


 柄にもなく、景色に見惚れてしまうくらいだった。


 前世では自然の景色を楽しむなんてしようとも思わなかったが、これは……うん、悪くないな。


 ここまで来ると魔物の襲撃はほとんどないらしく、【銀閃の風】のメンバーも警戒を緩めている。


 俺は未だにアイラの背中の上だが。


 魔物の襲撃の可能性が下がったところで、俺の移動速度が上がるわけじゃないからな。ちくしょう。



「ふぅ、無事に森を出られましたね。魔物の襲撃もなく……」


「……あぁ、一回も魔物に襲われなかったな」



 アイラとレオルドが、言葉尻に行くにつれて表情を硬くしていた。


 他のメンバーも似たような表情を浮かべている。


 俺には何のことかよくわからなかったので、アイラに聞いてみることに。



「ふむ、何か気になることでもあったのか?」


「……わたしたち、この『喰らいの大森林』の異変を調べるために来たって事は話しましたよね?」


「ああ、覚えている。……というか、調査はしたのか? そんな素振りは見せていなかったが……」


「いえ、調査はミオちゃんに出会う前にほとんど終わらせていたので大丈夫です。ここまで来る道中で、確認も出来ました」



 ――――魔物が、異様にいない。


 それが、俺が目覚めた森こと『喰らいの大森林』で起きている異変らしい。


 確かに、草原に出るまで何事もなかったな。


 魔境だの大層な名前で呼ばれている割には、森林浴とあまり変わらないな、と少し不思議に思っていたのだ。


 あれ? だけど……。



「そして、異変はもう一つあります。――ミオちゃんが倒した、レッサーオルトロスです」


「やはり、あの犬っころか。魔物が消えた森の中で、唯一襲い掛かってきた魔物。確かに意味深だな」


「それもそうですが、そもそも『喰らいの大森林』にレッサーオルトロスは生息していません」


「…………なに?」



 魔物が消えた魔境に顕れた、本来はいないはずの魔物。


 もはや、怪しいとかそういうレベルじゃない。確実にその異変とやらに関わっているだろう。


 前世で他組織にそこまで露骨な前兆があったら、推定有罪で殲滅を開始するレベルである。



「それで、その異変とやらの詳細は分かったのか?」


「あっ、いえ。それはまったく分かっていません」


「……え?」


「依頼は異変の内容を調べてくるだけですので、原因解明とかはまた別の冒険者がやるんじゃないでしょうか?」


「……そんな適当でいいのか?」


「冒険者なんて、大体こんな感じですよ? これでも結構、細かくやっている方です」



 あっけらかんというアイラの言葉に、レオルドたちもうんうんと頷いている。


 ぼ、冒険者って……。



「……まぁ、お前らみたいな呑気な連中が出来る仕事なんだし、そんなものか……」


「お? なんかスゲー馬鹿にされた気がするぞ?」


「ひでぇなミオっち。オレたちはこれでも仕事には真面目なんだぜー」


「……遺憾だ」


「そうよ、呑気なのはアイラくらいよ。一緒にしないで頂戴」


「そうですよ……って、待ってください。シーナちゃん? なんでそこでわたしを撃ったんですか? 別にわたしは呑気じゃないですよっ!」


「「「「「いや、呑気だろ(でしょ)」」」」」


「酷い!? それに、ミオちゃんまでっ!?」



 はっ、怪しさしかない幼女を疑いもせず家の子にするとかいうヤツが、呑気じゃないワケないだろ。


 というか、他の四人もそうだからな? 十二分に呑気だからな?


 

「ぐすっ、うぅ……皆が虐めますぅ……」


「ああもう、泣くな。ふらふらされると乗ってる俺も揺れるから、シャキッとしてくれ」


「……ミオちゃんが頭なでなでしてくれたら、シャキッとします」


「お前、さては余裕だな? そうなんだろ?」



 そんなやり取りをしつつ、エリアルの町に向けて草原を進んでいく。


 結局、俺はアイラの頭を不承不承ながら撫でる事になった。


 小さな手で雑に頭を撫でられただけで、すっかり機嫌が良くなったのは謎だが……まぁいいか。コイツの思考回路に関しては、考えても無駄だろうから。


 相変わらずアイラの背中におぶさり、次第にこの体勢に慣れてきつつある自分に戦慄していると、突然。



「ん? オイ、アレヤバいんじゃね?」



 なんだ?


 先頭を進んでいたサザンの言葉に、【銀閃の風】は一度足を止める。


 真っ先に遠くを眺めるサザンに声を掛けたのは、リーダーであるレオルド。


 何かしらの事態が起こっていることを正確に感じ取ったのか、顔つきが戦士のそれになっている。


 他のメンバーもピリリ、と張り詰めた雰囲気を纏い、呑気でお人好しな集団から、一瞬で戦闘集団に早変わりした。


 思わず、ほう、と感心する。


 事態の発生から戦闘態勢に入るまでの速度は、なかなかのモノだった。


 確かな実力と経験に裏付けされている動きだ。


 全員、十代後半から二十代前半という若さなのに、この練度。


 ふむ、俺はどうやら、こいつらの実力を見誤っていたらしい。


 異能で一方的に狩れる程度だと思っていたが……弱体化した今の俺だと、手傷を負うかもしれないな。負ける気は微塵もしないが。



「サザン、何が見えた? 魔物か?」


「いや、盗賊だ。馬車を襲ってやがる。チッ、不意打ちを食らってやがるな。馬が二頭とも死んでるし、護衛も半分くらい倒れてやがる」


「馬車側の戦力で乗り切れそうか?」


「厳しいと思うぜ。指揮官がやられてんのか、護衛側は動きがチグハグだ」


「そうか……」



 しばし考え込むレオルド。


 どうやらこの先で馬車が盗賊に襲われているようだ。


 馬車と盗賊という前世ではまったく聞かなくなった言葉に、改めてここが異世界なのだと実感する。


 森の中では魔物を警戒し、草原では盗賊を警戒しないといけないのか……治安はそれほど良くないらしい。


 まぁ、俺の前世での日常に比べれば、なんてことはないか。


 寝込みを襲われて襲ってきたヤツを血祭りに上げたり、ただ町を歩いているだけで敵対組織に襲われて組織ごと潰して屍山血河を築くのが日常だった時に比べれば、極楽のような治安の良さだ。


 しかし、どれほど目を凝らしても馬車なんて見えないんだが……サザンはどうやって見つけたんだ? 


 どのくらい離れた場所で起きているのか気になったので、俺は異能を発動する。


 使うのは【空間把握サーチ】。


 自分を中心とした円状の空間内の情報を探知する能力だが、効果範囲を任意で調整することが出来る。


 弱体化の影響で狭くなっている範囲を前方に伸ばしていけば……おっ、これか?


 現在地点から約1㎞離れた場所。林の傍の街道に、馬車とソレを囲む複数人と、その周囲を激しく動き回る集団の反応が異能に引っかかる。


 ふむ、確かに劣勢だな。馬車を守っている側は動きが鈍い。というより、馬車を守ることに躍起になりすぎているような……ん?



「……馬車の中に二人……これは、女性と子供か?」


「ッ!? ミオ、それは本当か!?」



 俺が思わず零した言葉に、レオルドが反応する。

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