七話
失敗した。
前世(転生したかどうか定かではないが、他に言いようもないのでこう表現する)では、任務成功率100%だった俺は、今まさに世紀の大失敗をしでかしてしまった。
俺が考えたカバーストーリー。
真実と隠したいことがいいカンジのバランスで入ったそれを【銀閃の風】の連中に聞かせた。
隠していることがバレないように、感情を込めずに淡々と話したのだが。
嗚呼、まさか、こんなことになってしまうなんて……。
いや、想定外でも何でもない。これまで得た情報で、十二分に予測可能な出来事だったはずだ。
つまり、俺の思慮が足らなかった結果だ。
身体が幼くなったからと言って、思考まで濁らせてどうする……!?
それとも、肉体の変化が思考にも影響を与えているのか? 知らず知らずのうちに、幼い故の未熟さが露発していた……?
くっ、己が無力に言い訳をするようで癪だが、その可能性を否定するのは、それこそ愚か者の現実逃避に過ぎない。真摯に受け止めよう。
異能の出力、精度の低下。肉体性能の著しい劣化。
それに加え、思考力にも問題が出始めたか……深刻だな。
今すぐにでも改善策を考え、実行したいところだが……その前に。
「ひ、ひどいですぅうう……! ひぐっ! えぐっ! うぇえええええええんっ!
ミオちゃんが、なにをしたって言うんですかぁ……!」
「そんなのっ、あんまりじゃねぇか……! くそっ、くぅうううっ! そんなことが出来る奴なんざ、人間じゃねぇ!!」
「クールさの欠片もねぇなぁ……! うぅう、こんなカワイコチャンに、なんて仕打ちをしやがるんだ! 悪魔かよっ! ぐすっ!」
「…………くっ。まさしく、鬼畜の所業。許すまじ」
「うぅうううっ、辛かったわよね。苦しかったわよね? 大丈夫よ、ミオ。ここには、アナタを酷い目に合わせるヤツなんていないからね? いたら、ワタシの魔法で消し炭にしてやるからね……! ぐしゅ……!」
こいつらをどうにかしないとなぁ……!!
アイラも、レオルドも、サザンも、オードンも、シーナも。
話終えた俺を取り囲んで、盛大に滂沱している。
アイラはさっきの焼き増しのようにぐしゃぐしゃの顔で俺を抱きしめる腕に力を入れ(苦しい)。
レオルドは四つん這いになって地面をダンダンと叩きながら、獣のように吠え(暑苦しい)。
サザンは一段階高くなった声で森中に響き渡るような大声を上げ(五月蠅い)。
オードンは巌のような身体を震わせながら目元を手で押さえ(威圧感)。
シーナは涙で潤んだ瞳をキッと吊り上げて杖を握りしめて(物騒)。
俺のカバーストーリーに対する感情を、思いっきり発散していた。
正直に言おう。
――――きっつい……。
いや、分かっている。
こいつらが俺のこと……ミオソティスの過去に憤って、義憤の涙を流してくれていることは、もう勘弁してくれと言いたくなるほど伝わってきている。
それを悪いことだとは思わないし、むしろこいつらの善性が伝わってくるようで、また無性に胸の奥が無図痒くなってくるくらいだ。
実際、俺もミオソティスが受けた仕打ちに関しては酷いと思っている。
悲哀と絶望の果てに死んでしまった少女のことを、話を聞いただけでここまで想ってくれるヤツらがいる事を嬉しくも思う。
だが……きつい。
温度差というか、予想をはるかに超える大容量の感情をぶちまけられる×5なせいで、「お、おう……」と引け腰になってしまうのだ。
どうすりゃいいんだ、と俺が若干投げやりに何と言っていいのか考えていると、俺を抱きしめていたアイラが、ガバリと勢いよく顔を上げた。
……その時、「ずるるるるるっ!」と盛大に鼻水を啜ったのは見なかったことにしてやろう。年頃の少女がしていい行動じゃないのは、流石の俺でもわかるからさ。
「ぎべばじだ!」
「なんて?」
「ぐすっ! ゴホンッ! き、決めましたぁ!」
泣き過ぎてかれっかれの声に思わず突っ込みを入れると、アイラはわざとらしく咳ばらいをして、何事もなかったかのように言い直す。
ちょっと顔は紅くなっているけど。
「ミオちゃんは、私が保護します!! というか、私が育てます!!! ウチの子に……いえ、私の妹として!!!!」
「…………は?」
そして、続いた言葉に俺はこてんと首を傾げた。
ものすごい音圧で放たれた言葉は、俺の思考をまっさらにぶっ飛ばすのに十分な威力を誇っていた。
というか、なんだ保護って。
なんだ育てるって。
しかも妹? は? 誰が?
俺が? アイラの?
《魔剣使い》にして組織の最高戦力として謳われた俺が、この泣き虫で心優しい女の子の、妹?
???????????
わけがわからな過ぎて、頭の中が「?」で埋め尽くされる。
そんな俺を置いて、アイラの力の入った演説は続く。
いや、置いとくな。当事者だから。追いつくまで待ってもらえない?
「ミオちゃんみたいな小さい子を放り出すことなんて出来ませんし、こんな危うい子を放って置くことも出来ません!! 絶対に絶対に辛い思いなんてさせませんっ! ええ、させてたまるものですか!!」
拳を握りしめ、もはや闘気すら感じる勢いで、矢継ぎ早に言葉を紡ぐアイラ。
気が付けば、他の四人も泣くのをやめ、アイラの言葉を固唾を飲んで見守っていた。
誰もが真剣そのものな表情で、アイラを見ている。
一方俺は、まだ膨大な数の「?」に脳味噌を乗っ取られている最中であった。
「いっぱいお話して、いっぱい構って、いっぱい美味しいモノを食べて、いっぱい可愛いお洋服を着せて、いっぱい色んな場所にお出掛けして、いっぱい一緒に寝て、いっぱいいっぱい幸せになってもらいますっ!! というか、私が幸せにします!! ミオちゃんを傷つけるような人から、絶対に守ってみせますっ!!!!」
俺を抱きしめる腕に力が籠る。
アイラは自分の熱を全て俺に伝えるように、一部の隙間もなく密着するように。
俺の小さくなってしまった身体を。
ミオソティスの、誰にも触れてもらえなかった身体を。
強く強く、抱きすくめた。
俺の肩に乗ったアイラの顔を、横目で見る。
そこには、見たことないような――ずっと見たかった――笑みが浮かんでいた。
慈愛。慈悲。寛容。博愛。
その全てを内包し、何処までも透き通るような。
涙でぐちゃぐちゃになり、頬どころか鼻まで真っ赤なのに、一切くすむことも陰ることもない、美しい笑み。
疑問も疑念も全て吹っ飛んで――嗚呼、この人になら身を任せてもいいかも、と。
ありえないことを考えてしまうほどに、その笑みは衝撃的だった。
固まってしまった俺の頬に、自分の頬を擦り付けるように当てながら、アイラは一転して優しく穏やかな声音で語りだす。
「いきなりこんなことを言って、信じられないのはわかります。でも、誓って嘘は言ってません。私は、ミオちゃんを助けたい。一目見た時からそう思っていましたけど、お話を聞いてもっとそう思うようになりました。お願いです。どうか、私にミオちゃんを助けさせてくれませんか?」
「なんで……そこまで……」
「私がそうしたいからですよ。ミオちゃんを放って置けないんです。それだけです」
「…………ッ」
何処までも真っすぐに向けられる言葉には、嘘偽りなんてどこにも見当たらなくて。
何か裏があるんじゃないか。そんな上手い話があるわけないだろう。コイツは俺を騙そうとしているんだ。
組織で過ごしてきた前世の記憶がそう叫ぶ声が、どんどん遠のいていく。
言葉に詰まった俺が視線を彷徨わせると、【銀閃の風】のメンバーはそろってアイラと似たような表情をしていた。
「いいんじゃないか。アイラは妹がいるし、ミオくらいの歳の女の子の面倒を見るのは得意だろうしな」
「たまに町の孤児院とかも行って子供の相手してるし、正直、冒険者より教会のシスターとかの方が向いてるよな、アイラっちはさ」
「……良き案だと、思う」
「あっ、アイラの家がいやだったら、ワタシの家でもいいわよ。ちょっと多いけど、ミオが暮す場所くらい全然作れるから」
「駄目ですよシーナちゃん! ミオちゃんは私が育てるんです!」
いや、育てられるなんてまだ言ってないんだけど……。
シーナの言葉に過剰に反応し、俺をさらに強く抱きしめたアイラ。
ぐえっ、と肺から空気が押し出され、頭がくらくらしてくる。
それが苦しさから来るモノか――俺が揺れているのかは、判断が付かなかった。
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