六話

「それで、ミオは一体何者なんだ? 君みたいな小さな子が、レッサーオルトロス……Cランクでも上位の魔物を一方的に封殺するなんて、普通じゃないだろう? それに、魔物が大量に生息する『喰らいの大森林』に、そんな格好でいるのもおかしい」



 リーダーの男――レオルドは、表情を険しく……それでいて、痛ましさや心配をうかがえる、人の良さを隠し切れないモノに変えて、俺に尋ねてくる。


 アイラが俺を抱きしめる腕にも力が籠る。レオルドと似たような表情で俺をじっと見つめていた。


 ……いや、そもそもアイラはいつまでこの体勢でいるつもりなんだ? 


 頭痛はもう収まっているし、離してくれても……え? ダメ? 体力の消耗が激しいし、原因不明の頭痛なんて難しい病気に罹っているかもしれないから絶対安静?


 いや、自己分析は異能者として恥ずかしくない程度には長けているし、頭痛の原因も分かっているから大丈夫……って、聞いてないなコレ。


 あの、分かったから抱きしめる力を緩めてくれ。若干苦しい……ぐえぇ。



「俺が何者か……か」



 などと意味深に呟き、俺は口元に手を当てた。


 地味に気絶の危機が再襲来しつつ、俺はレオルドにどう説明するのか考える。


 死んだと思ったら幼女になっていて気が付いたら森の中でした……と言っても、『何言ってんだコイツ』と思われるだけだろう。


 何かしらのカバーストーリーを考えなくてはな……。


 幸いなことに、先ほど意識を失ったことで、俺は現状に対する疑問の内のいくつかに答えを得ることが出来た。


 そこから、ある程度筋道が通った作り話をこさえればいいだろう。


 まず、見知らぬこの場所について。


 異世界。


 その名の通り、元にいたところとは異なった世界。


 今いる場所を、俺はそう定義した。


 それは、この身体の本来の持ち主であるミオソティスという少女の記憶から読み取れた情報を元に出した結論だった。


 空間移動や時間移動だけでは説明が付かないほど、俺が居た世界との差異が大きすぎる。


 別銀河という可能性を否定することは出来ないが、それはもう異世界と同義と言って差し支えないだろう。


 まず、この世界には異能がない。


 人間の魂に眠る亜種神性の解放。人を神の出来損ないと定義することで、『出来損ないであろうと神には変わりない』として、劣化権能を振るう御業。


 そして、亜種神性を高めることで、いつかは真の神性――『革神アラタガミ』に至るための超越外法――それが、一切存在しないのだ。


 この時点で、ここが俺のいた世界とはまったく異なる世界なのだと分かる。


 その他にも、国名や歴史、魔法や気功という異能とは違った力。


 エルフやドワーフ、ワービーストという『人間』以外の知的生命体に、魔物という敵対存在――俺が先ほど殺した犬っころ(レッサーオルトロスだったか?)もこれに当たるらしい――など。


 そして、神性よりもたらされる『スキル』という固有能力といった俺の世界になかった物が大量に存在している。


 異世界なのに人型生命体がいて、時代の差異はあれど元の世界と似たような文化を築いているのはなぜなのか……など、疑問は尽きないが、考えたところで結論が出るような話でもない。ただそういうものなのだと自分に納得させる。


 次に、俺が何故この姿になっているのか。


 どうしてそうなったのか、原因も因果も方法もわからない。


 だから、起きたことだけで結論付けるのなら――『死したミオソティスという少女に、俺の魂が憑依した』と、なる。


 推測であり憶測。頓珍漢で夢物語の域を出ない戯言ではあるが、それ以外の表現が出来ないのだから仕方がない。


 この身体の持ち主であるミオソティスという少女。


 彼女はなんとも悲劇的な人生を送っていた。


 特権階級である貴族の家に生まれ、両親とも仲が良く、蝶よ花よと愛でられて何不自由ない豊かな暮らしを送っていた。


 しかし、それが崩れてしまったのが、彼女が五歳になった時のこと。


 この世界の人間は、五歳になると神性より『スキル』を授けられる。


 スキルとは人に授けられる特殊能力であり、俺の所感としては神性によって人が使うように劣化、単純化された権能――つまり、異能と近くて遠い存在のようなモノだと考えられる。


 そして、この世界の特権階級にはスキルの有名性によって人の価値を測る思想が根付いているらしい。


 ある種の優性思想だ。元の世界でも優秀な異能を持つ者こそ尊い存在であると謳っている者はそれなりにいた。俺がいた組織なんかが当てはまる。


 俺自身は異能の一つで人の価値が決まると思っているわけじゃないが、分かりやすい指針であることは認めているので理解可能な思想だとは思っている。


 ミオソティスの両親も例に漏れず、娘である彼女に有名なスキルが付くと信じていた。


 しかし、ミオソティスが授かったのは、【不変神律エオニオ】という誰も知らないスキル。


 それを知ったミオソティスの両親は大激怒し、これまでの溺愛っぷりが嘘のように手のひらを返した。


 彼女を出来損ないだの役立たずだの罵り、誰の目にも触れないように独房に監禁し、その存在を無かった事にした。


 劣悪な環境と満足に与えられない食事。それが三年続いた。


 そんな扱いを受けてもミオソティスが命を落とさなかったのは、皮肉にも彼女の人生を墜落させたスキル【不変神律エオニオ】のおかげだった。


 このスキルは、持ち主を文字通り『不変』にする。風化も劣化も許さず、スキルを手に入れたその瞬間に存在を固定してしまうのだ。


 それは疑似的な不老である。しかし、完全な不死まではいかないらしく、最低限の生命維持活動は必要らしい。そこはスキルが劣化権能である所以だろう。


 実年齢は八歳だが、ミオソティスの肉体はスキルを得た五歳の頃で止まっている。彼女の身体がここまで小さいのはそのせいである。


 そして、いつまで経っても成長しないミオソティスには、婚約という名の人身売買によって家を栄えさせることも出来ず――結果として、この森に捨てられることとなった。


 三年もの監禁生活。そして、実の親からゴミのように捨てられたという事実は、幼いミオソティスの精神を完全に打ちのめした。


 一生分悲しんで、一生分嘆いて、一生分絶望して。


 涙は枯れ果て、手を伸ばすことも出来ず、口を開いても僅かな呼気が漏れるばかり。


 暗い感情ばかりが心を蝕んで、粉々に砕いて、それでも足りないとばかりに無尽蔵に湧く悪感情。


 記憶を記録として閲覧しただけの俺でも背筋が凍るようなソレに、ミオソティスは絶えられなかった。


 彼女の魂は孤独と悲観と絶望に打ちのめされ、抉り取られ、引き裂かれ。


 ついに、壊れてしまった。


 いくら肉体が不変であろうと、魂が壊れてしまえば人は生きていられない。


 ミオソティスという少女はこの時、確かに命を落としたのだ。


 誰にも知られず、ひっそりと。ただでさえ青白かった肌を、真っ白にして。


 眠るように、息を引き取ったのである。


 

 ――――そこに、なんの因果か入り込んでしまったのが、俺の魂というわけだ。



 ……わけがわからないが、そう結論付けることくらいしか俺には出来なかった。


 異能が魂由来の力だから、魂の存在を感知することくらいは可能だが、どういう原理で存在していて生死にどうかかわってくるのか、なんてわからない。


 これも、『なったもんは仕方がない』の精神で受け入れるしかないのだろう。


 未だに夢じゃないかと疑いたくなるけど、これだけ真に迫った夢ならそれはもう現実と変わりない。


 しかし、現状を確認すればするほど、なんて説明していいか分からなくなるな……。


 憑依したとか異世界とかはいくら説明したところで頭がおかしくなったとしか思われないだろうし、そこは隠すとして。


 スキルが原因で親に捨てられたのは言っても大丈夫か? 貴族云々は面倒なことになりそうだから隠しておこう。


 カバーストーリーとしては、『未知のスキルを授かったせいで親に捨てられた。ほぼ監禁生活だったため俗世に疎く、世間についてほとんど何も知らない。自分が何処から来たのか、ここが何処なのかもまったくわからない』くらいでいいだろう。


 この際、異能もスキルの一環と言っておくか。どうやら見た目年齢五歳の幼女があの犬っころを倒すのは普通じゃないみたいだし、『スキルが原因で捨てられた』という話の信憑性が上がる。


 化け物を殺す幼女化け物。ほら、見るからに迫害されそうだろう?


 探そうと思えばぽこじゃか穴がありそうなカバーストーリーだが、そこは見た目の幼さが誤魔化してくれるだろう。


 ……これまでの対応で、見た目通りの年齢じゃないことはバレているだろうが。



「実はだな……」



 そう切り出し、考え込む仕草をやめた俺は、今か今かと待っている【銀閃の風】たちに、かくかくしかじかとカバーストーリーを聞かせた。


 この先の未来を、一切予想もせずに……。

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