五話

「何故、俺を助けた? 敵対者が勝手に苦しみ倒れたのなら、そのまま放置して去るなり、さっさと殺すなりすれば良かっただろうに」


「そんなこと出来るわけないだろう!」


「俺が、お前らを殺そうとしたのに……か?」



 俺がそういうと、リーダーの男は途端に真面目な顔をした。


 

「それは、俺らの不用意な行動が嬢ちゃんを警戒させたからだろ? あの状況なら、警戒して当然だってのは理解しているさ」


「……それで? それは殺さない理由にはなるかもしれないが、助ける理由にはならないだろう。どんな目的があって俺を助けたんだ?」



 そういった俺に反応したのは、リーダーの男じゃなかった。


 ポロリ……と。冷たいナニカが、俺の顔にかかる。


 驚いて視線をずらし、そのナニカが降ってきた方を見て……絶句。



「ひっく……ぐす……!」


「お、おい、なぜ泣く? 何がどうしてそうなったんだ?」



 白衣の少女が、ボロボロと涙を流していた。


 頬に朱が差し、唇をきゅっと噛み、丸い瞳に大粒の雫を浮かべている。


 まったく理解の出来ない反応に、混乱の極みに陥ってしまう。


 というか、涙が顔に当たって冷たい! 



「そんなっ、悲しいことっ! ……ぐすっ、言わないでくださいっ」


「ちょっ、なにを……むぐっ!?」



 白衣の少女は、俺の顔をぎゅっと抱きしめる。


 ますます意味が分からない。


 悲しいこと? 俺は至極当然の指摘をしているだけだが?


 慎ましやかながら柔らかい感触が押し付けられ、俺の思考とは真逆の暖かさにパニックが加速する。


 ジタバタと抱擁から逃れようとするが、悲しきかなこの身は非力な幼女のモノ。少女の細腕の拘束すら外すことは出来ない。


 く、屈辱だ……! あまりの非力さに俺も泣きたくなってくる……!



「何を、言っているんだ! 泣きながら、訳のわからないことをっ! 俺を助ける理由がないのは事実だろうがっ!」



 自力での脱出を諦め、言葉で説得にかかる。


 しかし、俺の正論は白衣の少女がさらにわっと泣いたことで封殺されてしまった。


 抱きしめる腕に力が籠り、頬に落ちる涙は激しくなる。


 な、なぜ……? 本気で分からないぞ……!?


 というか、抱きしめる力が強すぎて、息が苦しくなってきたんだが……!?



「おいおい、アイラ。嬢ちゃんがまた気絶しちまうぞ。もっと手加減してやれ」


「ひぐっ、ぐすぅ! だって、だってぇ……!」



 白衣の少女――アイラと呼ばれた彼女は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、抱きしめている俺を見つめて、とても辛そうな表情を浮かべた。



「こんなに傷ついて、辛そうでっ。いっぱい助けてほしいって思ってるのにっ! 助けてって言えないなんてっ! ううっ、そんなのって、ないですよぉ!」



 ……は?


 何を言っているんだ、コイツは?


 傷ついている? 辛そう? 俺が?


 ――――違う。


 コイツが見ているのは、『俺』じゃなくて――――。


 

「……まぁ、そういう事だよ。嬢ちゃん」



 リーダーの男は、ぐずぐずと泣きじゃくっているアイラを優しく見つめながら、まったく邪気のない笑みを浮かべて見せた。



「ボロボロに傷ついて、助けを求めている子供がいるのに、放置なんて出来るわけないだろ? 助けてほしいのに、それが分かってないような子が相手なら、尚更だ」



 リーダーの男の言葉に、他の三人も強く頷いて見せた。



「お嬢ちゃんに何があったのかは知らねぇけど、オレたちはお嬢ちゃんの味方だぜ!」


「……うむ、助けたいと思う」


「意地っ張りにならない方がいいわよ? リーダーもその子も一度助けるって決めたら止まらないから。諦めて助けられておきなさい」



 そう言って俺のことを見つめる瞳に、一切の『悪意』は無かった。


 この身体になる前に向けられていた敵意や殺意の視線でも。


 この身体が最後に受けた何処までも冷たく無関心な視線でもない。


 俺も、この身体も知らない感情の込められた視線だった。


 なんだ、これ。


 なんなんだよ、これは。


 胸がざわつく、頭の後ろ側が痺れて、鼻の奥がツンとする。


 これまでにないくらいに胸がざわついて、脳味噌をぐちゃぐちゃにかき乱されているみたいだ。


 

「なんだ……それ、は…………」



 思わず零れた言葉に、もう殺意も敵意も籠っていなかった。


 身体が勝手に震えて、アイラと呼ばれた少女に縋り付くように手を伸ばしてしまう。


 

「ぐすっ……大丈夫ですよ。大丈夫です。もう怖いことなんて、何もありませんからね……」



 アイラは伸ばされた俺の手を取ると、それを涙で濡れた己の頬に押し当てる。


 そして、泣きはらしてクシャクシャの顔に、不器用な――それでいて、何処までも優しい笑みを浮かべて見せた。



「助ける理由がないって言いましたけど、理由なんて最初からないんです。私は、君を助けたいと思った。ただ、それだけです」


「…………悪いが、信じる事は出来ない」



 随分と返事に時間がかかった。


 乱れに乱れた精神は、異能者としての自己管理能力をもってしても治りそうにない。


 口から出た言葉だって、力のない、とりあえず絞り出しただけのモノ。


 ああ、クソ。そんなので誤魔化せるわけがないだろう。


 この胸に湧き上がってくる――この感情は。



「ええ、信じてくれなくてもいいです。あなたが助けてって言えないのは、よーくわかりましたから。なので、勝手に助けちゃうことにします」



 そうやって優し気に微笑むな。


 まるで俺が、素直になれないガキみたいじゃないか。


 ……あぁ、本当に調子が狂う。


 これまで出会ってきた人間の、どれとも違う奴等。


 敵は勿論、組織の人間でさえ腹に一物抱えているヤツばかりで、誰かを信じる事なんて出来なかった。


 それは、『俺』も『彼女』も一緒だ。


 敵意か害意がない相手がこんなにやりにくいなんて……経験不足すぎて、どう反応していいのかわからない。


 俺がふいっ、と顔を背けると、クスクスと笑い声が聞こえてくる。


 けっして嫌なモノではない。嘲笑の含まれない、弾むような笑い声。


 

「くくっ、嬢ちゃん。こうなったアイラはしつけーぞ? まっ、俺もアイラと同意見だけどな。大人しく助けられといたほうが楽だぜ、嬢ちゃん


「……ミオだ」


「ん?」



 ずいっと顔を近づけて、男くさい笑みを浮かべるリーダーの男に、俺は顔を向けずに口を開く。



「ミオソティス。それが、俺の名前だ」



 それは、思い出した名前だ。


 『俺』の名前ではなく、『彼女』の名。


 この世界で、この身体を持っている俺が名乗るべき、名前。 



「ミオソティス……ミオちゃんですね。私はアイラ。このパーティーの薬師をやっています」


「俺はレオルド。我がパーティー【銀閃の風】のリーダーを務めさせてもらっている。よろしくな、ミオ」


「はいはーい! オレはサザン! クールな狩人様だぜ。仲良くしようぜ、ミオっち!」


「……私は、オードン。重戦士だ。よろしく頼む、ミオ」


「ワタシはシーナよ。見ての通り魔法使い。まったく、アナタと争うことにならなくてほっとしたわ。これからよろしく、ミオ」



 口々に名前を呼ばれ、混じりっ気のない笑みを向けられ、胸にじんわりと広がっていく何かを感じる。


 『俺』の感情ではないが……まぁ、悪いモノではないな。


 これが、今後長い付き合いになる【銀閃の風】のメンバーとの出会いであり。


 『俺』がこの世界で出会った、最初の異世界人だった。

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