三話
「しかし、本当になんだったんだ? この犬……犬?」
おそらく、犬。
顔が二つあってバカでかいけど、まぁ犬でいいだろう。
こんな生物は見たことがない。異能で作られたミュータントかとも思ったが、異能によって存在を変質、変貌させられた物には明らかな『不自然さ』が生まれる。
それが感じられない以上、この犬っころはこの異形の姿こそが本来の形なのだろう。
そうなってくると、もはや夢を見ていると結論付けるのが一番自然なんだが……。
「感覚は正常、催眠系の異能を食らっている痕跡もない……本当に、どうなっているんだ?」
異能者として磨き上げてきた自己管理能力が、その判断に否を下している。
ああ、本当にわからない。頭がどうにかなりそうだ。困難な任務が三つほど重なった時よりも混乱しているかもしれないな……。
――――ガサリ。
頭痛がするような気がして頭を押さえていた俺の耳に、木の葉がこすれる音が聞こえてきた。
風が鳴らす自然の音ではない、明らかに何かの干渉によって生じた音。
「――――ッ! 【
咄嗟に異能を発動すると、自分の感覚がぐぐぐっ、と拡張されていく。
周囲の空間情報を取り込み、五感に頼ることなく他存在を探知するための異能。
十分の一以下に縮小した規模と精度に舌打ちを漏らしつつ、脳内に流れ込んでくる周辺情報を即座に解析した。
――――数5、方位南西237度、距離15メートル。
――――外見情報から判断するに人型生命体、武器を所持。
――――敵意の有無、不明。しかし、こちらを認識している。警戒は最大に。
――――対処方は? 相手の目的が不明なため、受け身は愚策。こちらから仕掛ける。
「――――そこでコソコソしている奴等、聞こえているだろう? 敵対の意志がないのなら姿を現せ! 5秒以内に出てこないのなら、敵対行為とみなし攻撃を開始する! この犬っころのようになりたくなければ、尻尾を振って出てくるのだな!!」
殺意を込めた声で、隠れている奴等へ語り掛ける。
異能を発動する準備をしながら、警戒を高めていく。
反応は……ない。
出てこなかったら問答無用だな。
【
1……2……3……4……。
「――――ま、まってくれ! 出ていく! 今すぐに出ていくから!」
聞こえてきたのは男の声。
ガサガサと茂みをかき分けながら、大柄な男が出てくる。
皮鎧に、腰には鉄の剣。時代錯誤な格好だが、使い込まれた様子から仮装ではないように思える。
そして、彼に続くように真に迫ったコスプレ集団が這い出して来る。
弓を背中に背負った軽装の男、金属鎧に大剣を担いだ男、杖を握りしめた黒ローブの少女、白衣を着て薬壺を腰のベルトに差した少女。
肌、髪、瞳の色は、どう見ても日本人じゃない。しかも緑や青といった普通じゃありえない髪色をしているヤツもいる。
……本当になんなんだここは。幹部の一人に無理やり見せられたファンタジー映画の世界にでも迷い込んだのか?
「……なんだ、貴様ら」
「お、俺たちはエリアルの町から来た冒険者だ。依頼を受けてこの森の異変の調査に来た。君に敵対する意志はない!」
エリアルの町? 冒険者? いきなり訳のわからないことを言ってきたな。
だが、嘘をついているわけではないようだ。
目の前の男たちが俺を見る視線には、大きな警戒と、隠し切れない恐怖や畏怖が籠っている。
不本意なことをしたら殺されるとでも思っている瞳だ。
もしかして、犬っころの戦闘を見られていたのか? 目の前の相手に集中していたとはいえ、この距離での視線に気付かないとは……。
いや、反省は後だ。相手が委縮してくれているのならやりやすい。
この精神的優位を保ったまま、相手の出方を見るとしよう。
もちろん、警戒も異能の発動準備も解かないがな。
「どうして隠れてこちらを伺っていた? 乱入して俺とあの犬っころの両方を殺そうとでもしたのか?」
「ち、違う。そんなことは考えていない。本当だ、信じてくれ」
「そうは言ってもな。武装した集団が戦闘中、密かに接近していたという状況を、それ以外にどう捉えたらいい?」
加勢してくるなり、この犬っころは自分たちの獲物だから手を出すなと言ってくるならわかるが、息を潜めて隠れているなど、自分にはやましいことがありますと言っているようなものだ。
「リーダーの言っていることは本当だぜ! オレたちゃ嬢ちゃんに何かする気なんてこれっぽっちもねぇよ!」
「……うむ、敵意は、ない」
「な、なにも悪いことなんて考えてないわ! 本当よ!」
「はい……あの、信じていただけないでしょうか?」
リーダーっぽい男の背後から、仲間らしき四人も口々に主張し始めた。
確かに敵意は感じないが……それを考慮に入れる必要があるだろうか?
こいつらの人間性はわからないし、興味もない。何もしないという保証はどこにもない。
無駄なリスクを負うくらいなら、情報を搾り取るために一人だけを残して、残りは殺してしまおうか?
――――うん、それがいいな。
【
【
残すのは……あの白衣の少女でいいか。体つきを見ても戦闘に向いているとは思えない。
あとの四人は、心臓をぶち抜いて、踏み潰して真っ赤な染みにしてやろう。
昔はよくやった殺し方。精神的な衝撃を与えられるという意味でも、優秀な手法だ。
殺しのプランを立てて、殺意を込めて、俺は異能を発動する準備をする。
黙りこくった俺を見て、顔を青くしているヤツらに向けて、不意打ち気味に技を放とうと口を開き――――。
「あッ……!? ガァ……ッ!! ギィ…………!!??」
ッ!?
な、ナニが、起こっている……!?
頭が、割れるように痛いッ。
痛いッ、イタイッ、いたいっ!! アァ、アァアアアアアアアッ!!?
「おい、どうした!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
リーダーの男と白衣の少女が声を掛けてくるが、何かを返す余裕はない。
脳味噌が沸騰しそうだ。
頭蓋が罅割れるような感覚。
血が逆流し、内臓がしっちゃかめっちゃかになり。
――――俺は、意識を失った。
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