二話
がさり、と近くの大きな茂みが揺れ、そこからのっそりと現れたのは、どう考えてもおかしい生物だった。
一見すると犬か狼のように見えるが、体高が二メートル近くある。全長はもっとだろう。恐竜か何かか?
そして、一番おかしいのは頭部だ。なんと、顔が二つある。
首が二股に分かれており、獰猛そうな牙が並んだ口が二つ。ギラギラと物騒な光を宿す瞳は四つ。
二つの頭部は独立して動いているように見えるけど、両方の頭に脳味噌が入っているのか。それとも一方は頭部に似た器官で、片方が操作しているのだろうか?
いや、化け物の生態はどうでもいい。おかしいのは今に始まったことじゃない。
重要なのは、目の前の化け物がどう考えても俺を狙っているという事だ。
美女と野獣ならぬ幼女と怪物だが、いきつく先にハッピーエンドはないだろう。
みろ、あの犬っころの目。ギラギラとした光には険悪さしかない。
どう見たって獲物をみつけてラッキーと思っている目だ。
『ガルルルルゥウウ……!!』
「はっ、殺る気だな」
剣呑な光を瞳に宿し、俺を四つの目で見つめる二頭犬。
剥き出しの気配は、殺気というよりもより原始的な欲求――つまり、食欲から来るもの。
殺気なら飽きるほど浴びてきたが、美味い飯扱いされるのは初めてだな。
だがまぁ……何も問題ない。
二頭犬は姿こそ威圧感に満ちているが、戦闘力はそこまで高くないように見える。
野生の獣特有の警戒心の高さや、あの巨体から繰り出される身体能力は凄まじいだろう。観察だけじゃわからない能力を持っているかもしれない。
だが、それだけだ。これまで数えきれないほどの戦いを潜り抜けてきた俺の勘が、 目の前の犬っころは脅威じゃないと告げている。
「さて、どうするか」
自然体で立ち、まっすぐに二頭犬を見据える。
異能の出力が下がり、制限されている以上、普段の戦い方は出来ない。
また、身体能力の低下がどれほど深刻なのか確認しきれていないから、あまり身体を使いたくない。
つまり、戦闘を長引かせるのは愚策――――狙うは、速攻だ。
『ガァアアアアアアアアッ!!』
二頭犬が敵意を込めた咆哮を上げ、突進してくる。
十メートルほどあった距離は瞬く間に詰められ、鋭い爪が光る前脚が振り上げられる。
この貧弱な身体は一瞬でミンチになってしまうだろう一撃。
まぁ、喰らわなければいいだけの話だ。
「【
二頭犬の一撃が俺に当たる直前、異能を発動し、俺の身体が消える。
そして、獲物が一瞬でいなくなったことに狼狽する二頭犬の背後に、パッと現れた。
テレポーテーション。戦闘中の空間転移は相手の意表を突けるため、非常に使い勝手のいい技だ。
だが、これも精度が落ちているな。指定した座標から5センチもズレている。
これは次の技も正確性が発揮できないことを前提でやるしかないか。
零れ落ちそうになるため息を抑え、俺は地面に落ちていた枝を四本、拾い上げる。
そして、まだ俺の姿を見つけられていない二頭犬に、枝を握った両手を突きつけた。
「狙いは胴体、脚の付け根――【
少しでも精度上げるべく狙いを口にし――手練れ相手にこんな真似をすれば、あっという間に隙を突かれてしまうだろうが、獣相手ならこれで十分――異能を発動。
手の中から枝が消える。
『ギィイイッ!!?? ガァアアアアアアアアアアッ!!?』
同時に、二頭犬が凄まじい叫びを上げた。
耳が痛くなるような咆哮には、悲痛そうな響きが多分に含まれている。
それもそのはず。二頭犬の身体には、俺の手の中から消えた枝が突き刺さっている。
アスポート。物質を任意の座標に転移させる技だ。
そして、物質が転移した座標に別の物質が存在する時、転移させた方が元からある方を上書きする形で出現する。
装甲無視の無慈悲な一撃。
急所を狙えば一瞬で屠ることも可能だが、生き物の体内を座標指定するのは酷く困難だ。なので、こうして毛皮を貫き筋肉を抉る程度にとどまっている。
四本の脚のそれぞれの付け根に、正確無比に……と言いたいところだが、上手く刺さっているのは半分だけ。
残りの二本は背中と腹にそれぞれズレて刺さっていた。
刺さり方も甘く、二頭犬が動くだけで簡単に抜けてしまう。
物体転移も複数だと精密性がガタ落ちすると……本当に弱体化が深刻だ。
まぁいい。弱体化した異能の詳細な状態は後でしっかりと確認するとして。
さっさと、あの犬っころを殺してしまおう。
完全な不意討ちで枝を身体に刺された二頭犬は、痛みのあまり地面に転がっている。
見上げるほどの巨体でそんなことをされると非常に危ないが……なに、近づかなければいいだけのことだ。
「痛いか? 苦しいか? 犬っころ。大丈夫だ。今、楽にしてやるからな」
全力の殺意を込めて、異能の準備をする。
今まで使った三種類の技よりも高度な技だ。
それも、失敗すると割と洒落にならないタイプ。
技をミスって死ぬなんて憤死モノの末路はゴメンだ。全力で集中しなければ。
息を吐き切って、意識を殺意一色に染める。
すると、妙に頭の中がすっきりして、集中力が飛躍的に高まっていく。
組織じゃ、戦闘訓練の最初に教わる技術だ。
『殺意のみをもって殺せ』、と。
二頭犬は血が流れる脚で何とか立ち上がり、こちらに顔を向ける。
獲物と思った相手に傷付けられたことに怒っているのか、暴力的で粗野な殺意をまき散らしている。
俺を睨む瞳に宿る怒気は、憤怒や嚇怒と表すに相応しいモノ。
怒っているな。そんなに俺が憎いか?
ようやく、俺が獲物でなく殺すべき敵だと気づいたか、獣。
けどな。
「もう、遅い――――座標確認、空間歪曲開始、規模調整、方向指定」
精度向上の目的と二頭犬の怒りに火を注ぐため、嘲るような声音でわざとらしく言葉を紡ぐ。
声色が女児なせいであまり威圧感は出なかったが、二頭犬はまんまと怒りを強くしている。
震える脚に活を入れ、牙を向いて飛び掛かろうとしてくるが……。
「遅いと言っただろ? 空間歪曲解除、解放――【
判決を言い渡す閻魔の如く、俺は掲げた手を叩き付けるように振り下ろした。
刹那――――ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
何もない空中に爆音が響き、途方もない衝撃が飛び掛かってきた二頭犬を襲う。
大気が――否。
空間そのものが震えているような、大震撼。
それは森の木々や大地の土を吹き飛ばしながら、二頭犬の全身を滅多打ちにする。
断末魔を上げる暇もなく、衝撃を喰らった二頭犬はその場に崩れ落ちる。
巨体が音を立てて大地に沈み、ピクリとも動かなくなった。
気配を探ってみるが、息をしている様子はない。
今の技の衝撃で近くに飛んできた枝を【
どうやら完全に殺せたようだな。
ふぅ、それにしても。前は呼吸をするが如く使えていた異能の行使に、ここまで苦戦するとは……。
胸の中を満たす苦々しい感情を吐き出すように、俺は大きくため息を漏らした。
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