勿忘草の幸福論理 ~凶悪なりし異能者、捨てられ幼令嬢に転生する~

原初

序章

一話

 俺はまごうことなき『悪』だった。


 世界滅亡を目論む組織に生まれ、組織の思想に染まって育った。


 俺には才能があったようで、最年少で組織の幹部にまで上り詰めた。


 組織に敵対する者を血祭りに上げ、時には味方さえも手に掛ける。


 殺して殺して殺して殺して。


 手に付いた血が落ちなくなるまで、屍の山を築き上げた。


 そんな外道の運命は、やはりろくでもないみたいで。


 組織の覇道を拒む者たちとの戦いの中で、俺は致命傷を受けてしまった。


 腹をぶち抜かれ、虫の息で転がっている。


 確実に、俺の命に届く傷だった。


 瓦礫の中で、血に塗れた俺はぼんやりと考えていた。


 痛みすら感じなくなり、ゆっくりと閉じた瞼の裏に、これまでの軌跡が流れていく。


 ――人を殺した。


 ――人を殺した。


 ――人を殺した。


 流れる記憶は、どれも似たり寄ったり。


 俺が誰かを殺し、手を赤く染めている光景。


 当たり前だと思っていたソレが、酷く空虚に思えて仕方がない。


 あぁ、俺の人生は、結局なんだったのだろうか。


 組織の言う通りに生きて、それ以外に何もしなかった。


 幼いころから異能と戦闘の訓練しかしなかったから、戦う事以外何もできない。


 何処にも俺の意志や望みがない、無味乾燥な一生。


 そして最後には、瓦礫の中でゴミのように死んでいく。


 …………嫌だな。


 死ぬのなんて、怖くもなんともないと思っていた。


 終わりなど、これまで全く意識していなかった。


 だが、いざ人生を振り返ってみると、空虚なままで終わることに、言いようのない恐怖を覚えた。


 でも、もう遅い。


 腹に空いた大穴から零れ落ちた血が、ひび割れたコンクリートに染み込んでいく。


 命が流れ落ちていく感覚。


 ポイント・オブ・ノーリターンはとっくに過ぎている。


 俺はそこでようやく――『生きたい』と願った。


 死ぬ直前に、ようやく生を自覚するなんて、なんとも歪なことだ。


 …………あぁ、終わる。


 命の果て、生の終焉――死が這い寄ってくる。


 死んだら、どうなるんだろう。


 天国には行けないだろうから、地獄に行くのだろうか?


 それとも、何もない無に落ちて消滅する?


 ……そういえば、輪廻転生というのもあったな。


 生まれ変わり、か。


 宗教には明るくないが、そういう概念があるのは知っている。


 そうだな……もし、もう一度人生を歩めるなら。


 今度は、自分の為に生きてみるのもいいかもしれない。


 生まれや環境に縛られず、何処までも開放的に。


 やりたいことをやって、やりたくないことはやらない。


 好きになったものを大切にして、気に入らないモノをとことん嫌って。


 好き勝手に、自由に――普通の人間のように、生きて。


 『生きていて良かった』と――笑って、幸福を噛み締めながら、終わるような。


 そんな一生を、過ごしてみたい。


 なんて、益体もないこと考えて、苦笑して。


 すぐそこまで近づいている終わりを、強く感じた。


 意識が暗闇に溶けていく。


 俺が、俺じゃなくなっていく感覚。


 下に下に。底に底に。


 落ちて、堕ちて、墜ちて。


 そして、消えた。



 ――――こうして、《魔剣使い》と恐れられた男は死んだ。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆





「はずだったんだけどなぁ……」



 ぼやくように呟いた声。


 儚く澄んだ幼い少女の声は、木々の隙間に消えていった。


 思わず聞き惚れてしまいそうなほど綺麗な声だが、それが自分の喉から出ているとなれば、呑気なことは言っていられない。


 今、俺が居るのは灰色のコンクリートジャングルとは真逆の、緑色の森林の中。


 鬱蒼と茂る緑が全方位に広がっており、木漏れ日がチラチラと地面を照らしていた。


 人工物は皆無で、何処までも自然の息吹が満ち満ちている。


 そんな大自然で俺が目を覚ましたのは少し前のこと。


 死んだはずの俺は、何処とも知れない森の中で覚醒した。


 助かったのか? とも考えたが、あの傷でそれはあり得ない。戦闘者として鍛えた感覚が、アレは致命だったと囁いている。


 それに、もし助かったんだとしても、傷が完全に消えているのも不自然だし、そもそもなんで森の中? 死にかけの人間を森の中に放置するとか鬼畜すぎるだろ。


 普通は病院とか、組織の医務室に送られるはずだ。

 

 極めつけは、これだ。



「……なんで俺、ガキになってんだ? それも、女のガキに……」



 身体が、全く別人のものになっている。


 百八十を超えていた身長は百センチ程度のちんちくりんになっているし、なにより性別が違う。


 組織の女どもに玩具にされる以外に使い道のなかった下半身のアレが消えていて、手を股ぐらに突っ込んでみればつるりとした感触が返ってきた。


 真っ黒で短かった髪は、青紫のウェーブのかかった長髪になっている。


 服装も見るからに女っぽいが、妙に古いというか、歴史を感じるデザインなのが引っかかる。


 手足が短くなったせいで、動きにくいったらありゃしない。



「夢か? それともここが死後の世界って奴なのか? 死後の世界だと全員が女のガキの姿にされるのか???」



 わけがわからなさすぎて、わけのわからないことを口走る。


 そいや、組織に精神系の異能を持っているヤツがいたな。人格を入れ替えて相手を混乱させたり、あたふたしているところを見るのが好きな悪趣味なヤツ。


 ボスと自分の人格を入れ替えて組織を乗っ取ろうとしたから俺が殺したけど、アイツの能力を受けたヤツらは今の俺と同じような気分を味わっていたのだろうか。



 って、そんなことはどうでもいいんだよ。

 

 この状況に仮定を立てるとするならば、誰かの異能によって身体と精神を入れ替えられ、この場に放置された、とか?

 

 不可能じゃないだろうが、そんなことをする意味が何処にある? 


 前の肉体は損傷が激しすぎて別人の身体に精神を移し替えたというなら、考えられないわけではないが。


 すると今度は、女のガキの身体に入れる意味がない。普通に成人男性の身体を使えばいいだろうに、戦闘性能がガタ落ちとかいうレベルじゃないぞ?

 

 ……そういえば、この身体でも異能は使えるのだろうか?

 

 感覚的にはいける気がするんだが……まぁ、失敗しても何も起きない、簡単な技を試してみるか。

 

 そっと手を宙に翳して、身体の中心に意識を集中させる。



「【虚空穴ホール】」



 そう呟くと、翳した手の先の空間がぐにゃりと歪み、小さく黒い穴が開いた。


 これが俺の異能――――【次元神ウラヌス】。


 俺が何よりも頼りにしてきた武器であり半身。


 異能は普通に使える、と。少し安心だ。


 けど、規模がだいぶ小さいな。やっぱり身体が幼い影響が出ているのか?


 異能を解除し、俺はそっと目を閉じて自分の内部に意識を沈めていく。


 精神の在り方によって出力が変動するという特徴を持つ異能の行使には、自分の状態を即座に把握する能力が必須だ。絶不調の時に、無理な異能を使って大惨事を引き起こすことは珍しいことじゃない。


 今の自分になにが出来て、なにが出来ないのか。


 それを、明白にしていく。



「……なるほど」



 ぱちり、と目を開けて、神妙に頷く。


 とりあえず、異能行使についての現状は把握できた。


 だが、その結果は芳しくない。


 まず、軒並み異能の出力が落ちている。


 さっき使った異能はただ空間に穴を開けるだけの簡単な物だが、前の身体なら軽く行使しただけでも身長ほどの穴が開いたはずだ。


 本気で使えば、軍艦一つを亜空間に堕とすことも出来るんだけどなぁ。


 また、使える能力にも制限がかかっているらしく、いくつか使えない技もあった。


 その中に俺の代名詞とも呼べる技があったのには、かなりショックを受けた。


 ひとたび振るえば絶死を約束する、文字通りの必殺技だったのに……。


 使えるようになるまでの血のにじむような鍛錬を思い出すと、無性にやるせなくなる。


 身体能力は言わずもがな。


 実践を想定して鍛え上げた男の身体と、未成熟で未発達なガキの身体を比べる方がおかしい。


 戦闘能力はガタ落ちもいいところだ。


 元の身体ならAランク異能者に囲まれようが傷一つ負わずに一掃できたが、今はAランク一人に苦戦するレベルまで弱くなっている。

 

 戦い一筋でやってきた身としては、なんともげっそりする話だ。



「まぁ、使えないよりはマシか……鍛え直して絶対に元に戻してやる」



 元に戻る手がかりは皆無だが、現状に甘んじているつもりはない。


 なんだかんだ言って、戦う事は嫌いじゃない。


 俺という存在の性能が上がっていくのは楽しかった。


 というか、好きじゃなかったら続けるのは無理だっただろうな。


 さてと。


 異能が使えたのは朗報だが、事態は何も解決していない。


 ここが何処なのか、この身体は誰のモノなのか。


 

『――――グルウウウゥウウ』


「……そもそも、現実かどうかも怪しくなったな」



 ぼやくように零しながら、忍び寄る殺意に、俺はゆっくりと振り返った。

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