3. 自分らしくない家

 家を建てたいって言う人はよく来るね。

 そういうのは風水みたいな占いの方がいいんじゃないって言うんだけれど、お母ちゃんにぜひって言うんだ。そこまで言われると断る理由もないんで、まあ見てやるけど。

 かなり前のサラリーマンは、ちょっと変わった家の相談だった。


 バブルがはじけて景気が悪くなる頃。多分、平成になって何年か経った頃かねえ。関西空港が開港しているから、平成7~9年あたりか。家を建てたいと言う、30代後半の男性だった。

 その年齢で家を建てると言うことは、結婚だろうね。まあ、こういうデカい借金は若い頃に背負っておくものだよ。そう思っていたらどうも違うらしい。結婚する予定もないって。

 貿易の関係で、関西空港から荷物を受け渡しする代理店のような会社に勤めているらしい。



「どういう間取りがいいのか教えて欲しくて」

「ひとりで住むんだったら、自分の好き勝手に作ればいいじゃないかい」

「そういうわけにいかないんです。何かこう、自分らしい家にしたいんで」

「だったら、私に聞くんじゃなくて、大工さんとか建築デザイナーに言うべきだろう」

「そのために、どういう家にするのか考えて欲しいんです」


 いやあ、呆れたねえ。自分の家を作るのに、他人のアイデアを入れるのはまだ分かる。けど、このサラリーマンは間取りやら何やら全て決めて欲しいって言ってるんだ。自分らしい家にしたいと言いつつ、自分の意見なんてまるでない家を建てるんだよ。おかしいだろう。

 そういうおかしい占いをやってくれってやつは、大抵犯罪者か、犯罪に巻き込まれている人のどちらかだ。そしてもうひとつは、何か「憑いてる」かだね。

 憑いてるかどうかは私にも分からん。けど、何年もやっていると分かるんだ。ああ、こいつは憑いてるな。ってね。そういうやつに当たると、知り合いに本当に「視える」やつがいるので、そいつと一緒に占ってやることにしている。彼もそうだと睨んだので、その視えるやつと段取りをするので日を改めてくれと言った。


 その後、運良く銀行の不動産融資をしている人、Bさんと、バーで鉢合わせしたんだ。そこで、その話を出したんだよ。そしたら、


「ああ、もうそれ、典型的な自己破産シンドロームだわ」

「なんだい、それ」

「自己破産して儲けようとしている、犯罪すれすれなやつだよ」


 話が難しいけど、要するに、計画的に自己破産をして借金をチャラにする方法があるらしい。それを使って、さらに資産を買いたたいたり、隠したりして利益を上げる連中がいるそうだ。バックに暴力団とか、仕手筋という相場師がいるので、銀行や不動産会社などは相当警戒しているらしい。


「ごめん、そういうやつだから、ちょっとその男の人相とか詳しく教えて欲しい」

「あんたのことだから悪用しないと思うし、いいよいいよ」

 今ほど個人情報とかにうるさくなかったから教えてあげて喜ばれたね。


 ということで、あのサラリーマンは、別に何かに憑かれているわけではなく、暴力団の手先だったんだろう。恐らく、何かゆすられていて自己破産しろとか脅迫されていた一般市民かもしれないねえ。

 そういう事情が分かったものの、そのサラリーマンと会う約束をしている。来ない可能性もあったけど、約束は約束。「視える」彼女と一緒に店で待っていたんだ。


 そして約束していた日時に彼はやって来た。

 「視える」彼女は、本業は霊媒師だが、風水の占い師という設定にした。名前を「狐ちゃん」にして、私の古い友人という事になった。

 その後、彼の建てる家の相談をしながら色々探っていった。

 本当に自分の建てる家なのに、何一つ具体的な話が出て来ない。それなのに、色々とこだわりたい。なんて言うもんだから話がかみ合わない。支離滅裂まではいかないが、とことん主体性がないのよ。

 裏に暴力団がいないかどうかを聞きだそうとしたけど、それらしい気配はなさそうだねえ。狐ちゃんにヒソヒソ声で「憑いてる」かどうかを確認しても、痕跡がないという。

 憑いているのかどうか分からず、犯罪に巻き込まれている確証も掴めない。


「ありがとうございます。これでデザイナーさんと相談して決めます」

「よかったねええ、あんた本当に自分の意見を言わないから苦労したよ」

「すいません」

「でもこれでローン通るのかい?」

「頭金800万あるので何とかなると思います」


 ほう、800万も貯めているなら問題ないのか? 私は家建てたことないからよくわからん。まあ、それなら大丈夫だろうと思ったよ。


 その後、銀行の不動産融資のBさんとまたあった時に教えてくれた。


「彼の案件、ウチにやって来たんだよ。Cハウジング経由で。あそこにも情報を流していたから、FAXで〈これ、例の自己破産のやつですよね〉って書かれてあって」

「もしかして貸したんじゃないだろうね」

「まさか。ウチも苦しいけどそんなやつに貸したらこれ(首)が飛ぶわ。丁重に融資不可の書面を出したよ。けどね……」


 どうやらH信託銀行がその融資話を受けたそうだ。不動産会社も、まさか通るとは思わなかったものが通ってしまい、建築せざるおえなくなった。


「ところが、1ヶ月くらい前かねえ、その彼が建築現場で首吊ってたって」

「ええ、本当かい」

「そうそう。棟上げが済んで、後はツーバイーフォーの建築材入れたら1週間で完成だってのに」

「あらまあ」

「そしたらその翌日、まさかCハウジングが不渡り出して倒産だよ」

「あそこの大将、よく知ってるよ。いい人だったのに」

「で、1週間前、H信託銀行がM銀行に吸収合併だろ。本当にバツが悪いよ。あいつ、本当に憑いてたんじゃないの」

「それはない。あの後霊媒師連れて、一緒に話したから。ちゃんと憑いてないって」


 しかし、彼には悪いことをしたのかねえ。

 少し気になるので、あの話を聞いた後、霊媒師「狐ちゃん」と一緒に、彼が死んだ建築現場に行ってみたのよ。

 そしたらようやく分かった。彼、霊を呼び寄せる体質だったみたい。

 その家を建てたところがまた運悪く、霊が通る道だったようで、そのお陰で彼は霊と一緒に引きずられるように死んだんじゃないかって。

 またその力が強力で、関わった不動産屋や銀行も道連れになった可能性があることも言ってたわ。


「そこまでの力、本当にある? 銀行が潰れたのは時間の問題だったって話してたわよ。バブル崩壊で銀行大変だった時期だし」

「もちろんそうかもしれないけど、彼の一件で死期が早まったの可能性は充分にあるよ」

「本当かねえ」


 もちろん、私はそういうのは視えないから信じちゃいないけど、その後の後日談がまたすごい。

 彼が建てた家はその後、別の業者が完成させたようで、売りに出されたのよ。でも、すぐに空き家になって売られていくらしいじゃない。


 今日も家のポストにそのチラシが入っていてね、彼には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになるのよ。

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占い師 ハツさん かいちょう @kaicyo

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