2. 能面
ハツは今日も取材を受けている。
今日の取材はどういうのだろう。
――じゃあ、この世界に入ったきっかけを教えてください。
占いの世界に入ったきっかけ? まあ、別に話してもいいけど。
私が物心ついた時は高度経済成長でね、みんなわーわー言ってた時代。でも、私はそんな恩恵に預かることはなかったね。
北陸の寒村で育って、実家は農家と林業手伝い。貧しいながらもいい生活だったと思うよ。
ただ、四女として生まれたので、実家は継げないから、やっぱり口減らしだね。中学を出ると集団就職だ。昔で言うところの「奉公」だ。
奉公とか言うと、古くさい江戸時代の話かと思うけど、戦前までは当たり前のようにあった。
戦後は名前こそ変われど、集団就職が奉公の代わりになったようなもんだ。
私も、地元にいても仕事があるわけでもなく、実家を継ぐのも、長男と次男がいればそれで充分だったから。
最終的に学校の斡旋もあって、中学卒業でこっちに出て就職したんだよ。
でもねえ、あれ、実を言うと、学校もノルマみたいなものがあったんだよ。ここの中学からは50人出してくれないと困るとか、そんなことを教育委員会のお偉いさんが言ってたんだよ。この世界に入ってちょっと経った頃だったかねえ。実際の担当者から直接聞いたから間違いない。あの時代だったから賄賂とかあったんだろうねえ。
だから、私らに口すっぱく就職しろって言ってたよ。大人は汚いよ。やり口が。
まあ、人生の教訓だね。大事な人生を使って教えてもらったよ。
――えーと、そういう話ではなく、占いの世界に入るきっかけですけど。
ああ、占いの世界に入ったきっかけね。
集団就職で入ったのは、小さな工場だった。シャンプーとか化粧品の精油を作るんだよ。入った頃は鉱物油がメインでね。それを綺麗に精製して化粧品会社とかに卸してた。
鉱物油ってわかる?ガソリンスタンドで売ってるエンジンオイルとかと成分はほとんど同じ。もしかすると、そっちの方がきちんと精製されているからマシじゃないかな。
とにかく、ドロッドロの油から不純物を取り除いて、ほぼ透明になるまで精製するのよ。
あれを見ると、化粧なんかしたくないなあって思うよ。あんなドロッドロの油を顔に塗ってたかと思うとぞっとするね。それくらい酷かった。
そのあと、家庭用品質表示という制度が出来て、「鉱物油」の表記がしづらくなったで、だんだん「植物油」を使うようになって来たね。ヤシ油とかヒマシ油とか菜種油もあったかねえ。
で、そこの社長がちょっと変わった人でね。事務所とか工場の部屋に、必ず「能面」を飾る人なんだよ。
能面。わかるかな? 能で舞う時に使うお面だね。白いのっぺりしたやつ。ちょっと気味悪かったけど、それ以外はよくしてくれたし、別になんとも思ってなかった。
けど、ある時「なんで能面なんか飾るんですか?」って聞いたことがあってね。
すると、「あれは守り神なんだよ」って言うわけ。私はそんな迷信とか、信仰なんか信じちゃいないけど、社長が言うには、災いがあれば、その能面は必ず怒りの表情になるとか言い出すのよ。
だから、新しく入社する人には、必ず能面を見せて感想を聞かせてるんですって。
そこで、怖いとか気持ち悪いとか言う人は絶対に採らないって話。
私? 私は、別になんとも思いませんとか言った記憶があるけど、そんな昔の話覚えてないよ。
ある日、お昼休憩でお弁当を食べるために事務所に向かってたの。で、その事務所の休憩室に入った途端、いきなりその能面が怒りの表情になってたの。いや、普通の白いお面だけどね。絶対に怒ってた。誰かのいたずらだと思ったんだけど、あまりにもびっくりして怖くなったから、職場に戻ったのよ。
戻る途中でボイラー。精製する時に油を気化させる機械で使ってるんだけど、そいつに赤ランプが点灯してるんだよ。見たら、温度が200度を超してて、圧力も4kgになってて明らかに異常なんだよ。すぐに職場の人呼んできたらもう大騒ぎでね。
結局、圧力を逃がす弁が動作不良を起こしてたのかな。
あれ、私が見てなかったら大爆発を起こして、工場なんか木っ端微塵だったって話だよ。昼休みになって、誰も周りにいなかったから気がつかなかったのも原因だった。
よく気づいてくれたねって社長に言われた時、お面が怒っていたのでって言ったらすごく感動してくれたよ。
やっぱり能面は守ってくれたんだって。
それ以降、何故か私のまわりに変な事が起きだしてね。何かに取り憑かれたように……
「ハイカット」
「え、何? もうおしまい?」
「すいません、その話……面白くないです」
「ええ、これからが本番なのに……」
本日、ハツは映画を撮るための取材を受けていたのだった。
地元の大学生に頼まれ、私のドキュメント映画を撮るための素材が必要だということで、インタビューを受けていた。これを元にして、1年かけて映画を作るんだそうな。
「あのねえ、こういうのはあとで編集とかでどうでも出来るんだから、もうちょっと喋らせておくものだよ」
「でも、撮りたいものとちょっと違うんですよねえ」
「あんたら映画研究会でしょ。私の話を元にしてシナリオ作るんだから、撮りたいものとかを今決めるんじゃないよ」
「いや、まあそうなんですけど……」
映画研究会の彼、確か部長だったかと思うけど、妙に時間を気にしだした。
机の横にある時計の針が25分になろうとしている。
「ははあん。あんた、もしかして時間を気にしてる?」
「もちろんそうですよ。あと5分しかないじゃないですか」
「だから、一括で払っとけばよかったんだよ。バカだねえ」
彼の映画研究会は、部員数も少なく、大学からの助成金もほとんど下りてこないらしく金欠ということだった。
でも、こちらとしても商売なので出演料を要求した。その金額10万円ぽっきり。そしたらその金額は出せないと言ってきた。10万円で映画に関することを一切合切面倒見てやるというのに、おバカだねえ。
で、今回のインタビューは、通常の占いの基本料金でやるという。30分3000円。占いでは良心的な金額だとは思うけど、私に取材するたびにこの金額を払い続けなきゃならないのは、結局高くつくと思うんだけどねえ。
まあ、向こうはそれで納得しているからいいんだけど、お金のことを気にかけて映画なんて作っても、あんまりロクなものは仕上がらないと思うけど。さて、この映画は面白くなるのかねえ?
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