占い師 ハツさん

かいちょう

1. リポーターさん

 ここは、県内でも有数な夜の町、三ツ街道町。今は略して「かいどう」と呼ぶ方が多い。

 そんな町で占いをやっているベテラン占い師、ハツさん。ここではその彼女の活躍ぶりを紹介したい。


   ◇   ◇   ◇


「今日はここ、飲み屋で有名な繁華街、三ツ街道町にやって来ています。三ツ街道町といえば、そう、あのお母ちゃんのお店ですよね」

 今日はこの街にカメラクルーがやって来ているようで、リポーターが元気な声で取材をしている。どうも生放送らしく、目的の店にたどり着こうと早足で駆け出した。

 カメラマンと一緒にリポーターが訪れた店は、居酒屋やバーが入った雑居ビルの間にひっそりとたたずむ店舗付き一軒家。ここがハツ、通称「お母ちゃん」がやっている占いの店だ。

「お久しぶりですお母ちゃん」

「ははは! テレビか。久しぶりだねえ」


 夕方の情報バラエティ番組の生ロケの時間は7分。これで紹介からミニコーナー、お知らせなどを全て終わらせなければならない。スタッフは一生懸命仕事をこなしている。

 どうやら、今日のロケも無事に終えられそうだ。

「……じゃあ最後に、この番組が末永く続くか、占って頂けますか?」

「番組が続くかどうか? そりゃあんたらの働き方でなんとでもなる。占いに頼っちゃいかん!」

「ちょっと、予定通りちゃんと占って下さいよー」

 生放送の番組なので、スタジオの司会者から苦情が飛んでくる。時間を気にしているのだろう。しかし、ハツは平然と、気にしない素振りで自分の意見をハキハキと喋った。

「何を言ってるんだい。それより司会の高垣さん、最近夜遊びが過ぎるって『かいどう』のいろんなバーから話聞いてるよ。気をつけな」

 スタジオでは、出演者同士が司会者に対して、お母ちゃんの「一言」に対していろんな意見を交わしている。「やっぱり―」とか「不倫疑惑だ」とか……

 そんな話をしているうちに、時間が来てしまったようだ。

「三ツ街道町のお母ちゃんのお店からでしたー」

「えー、ちょっと占いはー?」

 ハツのしているイヤホンからは、スタジオのモニターの声が聞こえているが、それがプツッと聞こえなくなった。


 少しの間、スタッフクルーの沈黙があり、

「…………はい、お疲れさまでしたー」

 ADがカメラマンのとなりで終了を告げる。これでテレビの仕事は終了した。

 今回は5分の出演時間で5万円のギャラリティが入る。昔、この局でレギュラー番組を持っていた時に比べると微々たるものだが、その時の恩義もあるのでこれで充分だ。

 リポーターに同行していたADは、「昔と同じで、破天荒ぶりが表れてて面白かったです」などと言っている。ハツには昔から歯に衣を着せぬ占い師らしからぬスタイルで一世を風靡した時期があった。

「今は大分落ち着いたよ。もう歳だからねえ」


 あいさつを終え、クルー達はロケ用の車に戻ろうとするが、リポーターの女の子をハツが呼び止める。

――あの子、ちょっとおかしいねえ。

 ハツは気になるところがあったからだ。

 お母ちゃんに見てもらえるーと興奮する彼女。ADやカメラマンもうらやましと言っている。

「とりあえず、ここに座って右手出して」

「はい」

「もうちょっと姿勢を正さなきゃダメ。若いんだから」

 リポーターの彼女を座らせ、手を見るフリをして、すらっと見える彼女の全体を見る。その後ろにカメラクルー達が占いの様子をじっと見ている。


――やっぱりそうだ。

 ハツは、何かを感じたようで、その事を根掘り葉掘り聞き出そうとする。

「歳はいくつだい」

「26です」

「ほう。じゃあもう結婚は?」

「えー、まだですよー」

「彼氏くらいいるだろう?」

「それもいませんよ」

 ビンゴだ。間違いない。けれど、このことを彼女は知っているのだろうか。ハツはそう思った。


「結婚線は……薄いねえ、あんた結婚する気あるの?」

「ええ、ひどい。ありますよ。」

 ちょっとふくれっ面で言う彼女。

「でもね、今の彼氏は要注意だよ」

「ええ、だから彼氏はいませんよ」

 やはり分かっていないと思ったハツは、

「じゃあ、お腹の子は誰の子だい?」

 カメラマンやADに聞かれないように、彼女の耳元でささやいた。

 彼女はびっくりしたようで「うそ」とつぶやいた。

「ははは、私はもう50年やってるベテランだよ。それくらいすぐわかる」


 彼女は少し青ざめているのか、少し動揺しだした。カメラマンもADも、彼女の動揺に気づいたのかふたりで顔を見合わせている。

「おや、さっき言ったことに心当たりあるのかい?」

「なんでわかったんですか?」

「これは手相を見て言ったんじゃないよ。あなたの「気」が教えてくれたんだ」

 気が教えてくれた。なんてウソだ。ハツはベテランの占い師ではあるが、そういう気などと言うものは見えない。勘と経験と、彼女の体格や言動から推察している。


「あの、どうすればいいんですか」

 真剣な目つきになる彼女はハツに声をうわずらせて訴えかけた。


 しかし、ハツはここで自分の言葉に失敗した事に気づいた。この場にカメラクルーがいたからだ。

――ここに相手はいるのかねえ。

 もしも、相手がクルーの中にいれば気まずくなる。スタッフ内で他人を巻き込んでの修羅場は最悪だし、私自身も今後の出演に影響が出るかもしれない。

「そうだねえ。。。。さっき彼氏は要注意って言ったけれど、あなたにも要注意って出てるね」

「それはどういう……」

「彼氏から見て、あなたにも黄色信号が灯ってる感じだね。うまく立ち回らないと破局もある」

「……そう……ですか」

 明らかに元気が無くなる彼女。


 ハツは、お客には元気になって帰ってもらいたいというのがある。ここで彼女を帰してはダメだ。

「だからね、あなたの最初一言が一番大事」

「それは何ですか?」

「それはね、今紙に書いてあげるから、それを言うんだよ。あ、それ、他の人に見せちゃダメだからね」


 ハツは、店の奥へ向かい、紙に向かい文字を書く。それを封筒に入れ封をした。

 彼女に向かい、「本当は毛筆で書いてあげたかったけど……」と言いつつその封筒を渡す。

「いいかい、それは今日の夜、寝る前に見ること。それまで開けちゃダメだよ」

「はい。あの、お金は……」

「いらない。もし、これ以上相談する時は追加料金だから。ははは」


 そうしてリポーターたちは車で帰っていった。よかった、これで何とかなる。などと言いながら帰って行ったので、まあ及第点には届いたかな? とは思ったものの、

――本来なら記録に残る紙には書かないんたけど、あれもミスだな。この歳になってもまだまだだねえ。

 と、反省した。占い師の道は、まだまだ終わりが見えない。


 ハツは、占いよりも、本人の体調や人間関係が重要だと思っている。それによって人生などは大きく変わってしまうからだ。

 今回、彼女の男がADかカメラマンのどちらかだとしたら角が立っていた。目の前で「お前は要注意だ」と言っているようなものだから。


 もし、彼女が再び相談にやって来るようなら、彼氏とはきっぱり別れろと占いの結果を言うつもりでいた。しかし、彼女が店にやって来ることはなかった。


 彼女は幸せをつかむのかねえ。

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