故郷

黒野しおり

停滞と、

 私はこの町が嫌いだ。潮風で髪がベタベタになるのも、窓がザラザラになるのも、自転車がガビガビになるのも。ずっと続く停滞した温度も、その感覚も、それに満足しているのも。

 みんな嫌い。海が見えるこの町が嫌い。



 ケンちゃんとみっちゃん、それに私。赤ん坊のころから高校3年の今までずっと一緒。

 もしもこれがマンガなら、三角関係の恋の争いが繰り広げられそうな状態だけど、そんなことあり得ない。だって家族みたいな存在だから。いまさら恋愛感情なんて湧いてこないし、そういう次元を超えた仲だった。

 小学生の頃。何度も何度も、転校生が来ないかなぁって想像した。特にケンちゃんは、同級生に男子が居なくて寂しかったらしい。私も私で、少女漫画のようなイケメンが転校してきて欲しいと何度も夢見た。でもそんなのはあり得ないことだった。

 この町には転校生が来たことは一度もない。ばあちゃんがそう言っていた。老人ばっかりの錆びれた町。こんな町に誰かが来ることは無いって。ばあちゃんが自信たっぷりに言うから、そういうもんかと私も諦めた。


 来る人もいなければ誰も出ていかない。そんな町。そんな空間だった。


 みっちゃんとはよく外の街について話した。あこがれだねって。何時か遊びに行ってみたいねって。みっちゃんはいつもホワホワした笑顔で、可愛く頷いた。

 でも私たちは行かなかった。小学校の帰りにランドセルを背負ったまま、いつも同じ町で、同じ海が見える場所で遊んだ。飽きもせずに毎日。もちろんケンちゃんも一緒に。ケンちゃんはたいていフナ虫を追いかけて遊んでいたけど。


「みっちゃんが外の街に行くらしい」


 高校3年生の春。そんな言葉が町を飛び交った。重大ニュースだ。そんなことあり得ないから。いつもの停滞した町が少しだけザワザワした。それもすぐに収まったけど。

 でも、一番驚いたのは私だ。嘘だ。どうしてみっちゃんは私に言ってくれなかったんだろう。悲しくて、寂しくて、驚いて。私の気持ちはグチャグチャだった。

 いつもの海が見える場所に行くとみっちゃんは座ってた。私を見つけると、ふんわり微笑んだ。美人だった。綺麗だった。みっちゃんが、みっちゃんじゃないみたいだった。


「一緒に外に行く?」


 彼女は私に問いかけたけど、答えられなかった。俯く私を見て、寂しそうに立ち去っていった。私の答えが分かっていたみたいだった。


 数日後、彼女はこの町から出ていった。

 ケンちゃんは見送りに家まで行ったみたいだけど、私は行かなかった。行けなかった。いつもの場所で海を眺めていたら、いつの間にか横にケンちゃんが座ってた。


「俺は好きだよ。だからここにいる。」


 ケンちゃんはそう言って、私の隣にずっと座っていてくれた。なんでか分からないけれど私は泣いた。その間も、ケンちゃんは隣にいてくれた。


 私はこの町が嫌いだ。潮風で髪がベタベタになるのも、窓がザラザラになるのも、自転車がガビガビになるのも。ずっと続く停滞した温度も、その感覚も、それに満足しているのも。


 みんな嫌い。


 私は、海が見えるこの町が。……嫌い。

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故郷 黒野しおり @kurono_shiori

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