第54話 鳴海城落城と軍議
岐阜城より織田軍本隊、5万の兵が迫っているのと前後して、鳴海城城主、佐久間信盛が降伏を申し出た。
「武田様の寛大な処分にて、城の者を助けてくださったこと、まことにかたじけのうござる」
義信の前で深々と頭を下げる佐久間信盛。
腹を切らせるつもりもないため、ひとまずは捕虜として鳴海城の支城に幽閉しておくこととした。
(あと数日粘っていれば織田軍本隊が援軍に来ていたものを……)
(首の皮一枚繋がったな……)
長坂昌国と曽根虎盛が心の中でつぶやく。
鳴海城を攻略したとはいえ、既に岐阜城を発った織田軍はこちらに向かってきていた。
両家の間に一大決戦が迫っていることは疑いの余地もない。
そのため、鳴海城落城を祝う間もなく、武田軍では織田軍を迎え撃つべく軍議が行なわれていた。
「飛騨で戦をした通り、敵は鉄砲を多く使うは明らか。……であれば、距離をとっては不利となりましょうな……」
飛騨では馬防柵と土嚢によって街道を閉鎖し、織田軍の侵攻を食い止めた。
しかし、鉛玉の雨を浴びせられたことで、武田軍に甚大な被害が出たことも確かであった。
「信長とて、鉄砲を使う以上は距離を取ろうとするは明らか……。
おそらくは川を挟んで対峙することとなりましょうな」
真田昌幸が地図上を流れる川をなぞる。
川を隔てて鉄砲の一斉射撃を受けては、いくら精強な武田軍とてひとたまりもない。
さて、どうやって攻め立てたらよいものか……。
思案する家臣たちをよそに、義信が笑みを浮かべた。
「いや、それでいい」
「はっ……?」
「それでいい、とは……」
「こちらから攻めてやる必要はないと言っているのだ」
「なっ……」
今回の戦いは武田家の上洛戦だ。
普通に考えて、攻め手が武田。守り手が織田のはずだ。
それを、攻めなくていいとは……。
「焦っているのは信長の方だ。なにせ、手をこまねいていては父上の軍と上杉の軍が美濃に攻め寄せるのだからな」
「あっ……」
飯富虎昌が目を見開いた。
わざと時間差を設けて三方から侵攻をすることで、織田軍には悠長に守りを固め、義信を向かい撃つ余裕がなくなってしまった。
そうなれば、各個撃破を狙う織田軍としては、力攻めに転じざるを得ない。
たとえそれが、義信の望んだものであったとしても、だ。
「そこまで考えて三方から攻め寄せるとは……」
「して、倍の兵を持つ織田を相手に、策はあるのですか?」
「無論だ」
義信は今回の作戦を説明すると、各将の布陣を割り当てていった。
「此度の戦、右翼は曽根虎盛に。左翼は長坂昌国に任せる」
「では、中央は……」
「神保殿に任せる」
「なっ……」
軍議の場に神保長職を招致すると、義信は今回の人事を告げた。
「わ、儂が中央の軍を率いる将となるのですか!?」
案の定、神保長職が困惑した。
「しかし、儂は武田殿ほどの戦上手はないぞ!? それに織田軍も精強と聞く。このうような大事な戦、儂に任せてよいのか!?」
「なればこそよ」
義信の不可解な言葉に、神保長職が首を傾げた。
義信が続ける。
「私はな、此度の戦で神保殿に武功を立ててほしいと思っているのだ」
「武功を……?」
「此度の戦で手柄を立てれば、公方様の覚えもめでたくなろう? ……そうなれば、神保殿を越中守護に任ぜやすくなるというもの……」
越中守護と聞いて、神保長職の目の色が変わった。
「……その話、まことか?」
「武士に二言はござらぬ」
今回の戦で神保長職が武功を挙げれば、武田義信が越中守護に推挙してくれるという。
そうなれば、幕府から越中守護を任ぜられるに等しく、神保家の越中支配に箔がつくというものだ。
静かに闘志を燃やす神保長職。
そんな長職の肩を義信が軽く叩いた。
「頼みましたぞ、越中守護殿」
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