第37話 二択

 飛騨に遠征中に武田軍に背後を突かれ、織田信長は究極の二択を迫られていた。


 進むべきか。

 戻るべきか。


 飛騨に進軍すれば、武田の重臣を討ち取れる上、ともすれば武田家当主、武田義信の首まで届く。


 だがそれは信長の本拠地である濃尾を危険に晒すことに他ならなかった。


 それに対して、飛騨から兵を引き上げればすぐにでも美濃と尾張に攻め寄せる武田軍に対処することができるようになる。


 ただ、それでは飛騨侵攻で消耗した兵や物資が丸々無駄に終わってしまい、今回の遠征の失敗を意味していた。


「このまま義信の首を獲るぞ」


「しかし、このままでは美濃や尾張が」


「だからこそ、だ。素直に飛騨に援軍を送ればよかったものを、欲をかいて濃尾に軍を送った。……そこに付け入る隙があるってもんだろ」


 織田軍の現状を把握するべく、信長は家康を呼び寄せた。


「家康、こっちの兵はどれくらい残っている」


「死傷者を引いてすぐに動ける者だけで1万4000ほどはおりますな」


「では、武田はどれくらい兵が残っている?」


「物見の報告によれば、およそ5000ほどかと」


 織田方の兵力はおよそ3倍である。


 これなら強攻をかければ義信の首に届くかもしれない。


「明日……いや、今から強攻をかけるぞ」


 重臣たちを集めると、信長は高らかに宣言した。


「これより武田軍に強攻をかける。精兵で知られた武田相手に油断はできないが、こっちは3倍も兵がいるんだ。……この戦、まず負けないだろ」






 信長の号令により、織田軍は総攻めを開始した。


 数と物量に物を言わせて攻撃すると、武田軍は次第に劣勢に追い込まれた。


 武田軍の造った陣を二つ三つと突破すると、山道を抜けてひらけた場所に来た。


「これって……」


「まさか……」


 武田の四つ割り菱と共に、竹に雀の家紋の旗が立ち並ぶ。


 戦国最強の一角に数えられる武の名門の旗を前に、織田兵が静かにつぶやいた。


「上杉だ……」






 上杉が武田に加勢したとの情報は、すぐさま信長の元にもたらされた。


「間違いないのか!?」


「はっ、あれは紛れもなく、上杉軍のものです」


「上杉の旗を勝手に使い、我らの士気を落とそうとしたのやも……」


「馬鹿な……そのためだけに無傷の兵を用意していたというのか!?」


 家臣たちからの報告に、信長は頭を抱えた。


(……………………)


 この戦い、上杉を相手にしなければいけないとなれば、話が変わってくる。


 今回の強攻は武田軍が織田軍の三分の一ほどしかないから決行したのだ。


 上杉軍が味方するのでは、前提からして崩れてしまうではないか。


 次の行動を思案する信長に、家臣たちが群がった。


「殿、いかがなさいますか」


「殿っ!」


「殿……!」


 これ以上戦ったとて、泥沼に嵌まることは目に見えている。


 ならば、損切りするべきか……。


「……………………退くぞ。これ以上戦ったとて、こちらの損害が大きくなりすぎる」


 この戦い、どうやっても勝てないことを悟ると、信長は家臣たちに退却を命じるのだった。




あとがき

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