第36話 数日後
武田軍との戦闘が始まって数日が経過した。
そんな中、織田軍では早くも疲労が見え始めていた。
というのも、連日連夜、本陣で休む織田軍に度々夜襲が仕掛けられていたからであった。
「ええい、武田軍め……。これではおちおち休めぬではないか……」
「今宵も夜襲されては、面倒なことこの上ないぞ……!」
兵の士気をこれ以上下げぬべく、織田軍では大規模な山狩りを実施することにした。
「甲斐の信玄が動いては面倒じゃ。その前に飛騨を落とすぞ!」
徳川家康が雑兵を率いて山狩りの指揮をとるのであった。
「昼間は武田の陣をいくつか崩すことができましたが、先の夜襲で兵が消耗しております。これでは飛騨を取れたとて……」
丹羽長秀の報告に、信長がため息をついた。
「これだけ銭と兵を消耗して、取れたのが飛騨一国じゃ割に合わないな……」
今回、織田軍では稲葉山城の戦いに匹敵する織田軍大規模な戦をしているのだ。
獲得できる領地に期待が持てないのであれば、せめて名のある武将の首の一つや二つでもなければ、割に合わないというものだ。
「戦ってのは、金がかかるなぁ……」
負傷した兵を尻目に、信長は一人つぶやくのだった。
一方、義信の構える武田軍本陣では、織田兵から略奪した銭や金、刀や鉄砲を自慢する兵たちで溢れかえっていた。
「へへへっ、織田のやつら、銭で兵を雇っているって、本当だったんだな!」
「武功と銭、いっぺんに両方手に入るなんて……。美味いなあ、織田は……!」
今回の戦いで武田軍も少なくない損害を受けた。
しかし、織田兵が金で雇われていると聞くや否や、織田兵の死体から金品を漁り懐を潤す者が続出した。
そのため、兵士の死傷者数の割に武田軍の士気は高かった。
織田軍から略奪した物資を管理する長坂昌国を呼び出すと、義信は今回の戦果を尋ねた。
「昌国、武具や鉄砲はどれだけ集まった」
「はっ、槍が50、刀が200、鉄砲が30丁ほど集まりましたな」
鉄砲一丁がおよそ10貫なため、これで300貫ほど銭が浮いた計算になる。
「金目のものを持って戦場に出るとは、信長も金のかかる戦をするものよ……」
とはいえ、武田軍でも多くの鉄砲が壊れてしまい、収支は赤字なのだが。
「兵に触れを出せ。槍を100文、刀を500文、鉄砲を1貫で買い取るとな」
「はっ!」
長坂昌国が頷く。
正規の価格よりは大幅に安いが、そもそも末端の兵士が鉄砲の値段を知っているはずもない。
兵士としても略奪品をその場で換金でき、義信としても不足していた鉄砲の調達ができる。
まさに一挙両得の策であった。
とはいえ、織田の攻撃を凌ぐのにも限度がある。
上杉からの援軍か、あるいは信玄の助力がなければ織田を退けるのは難しい。
信玄に文を届け、義信の元に戻ってきた穴山信邦を見やる。
「父上はどうした」
「『あいわかった』と。甲斐、信濃の国衆を従え、出陣の準備をしているとのことにございます」
「……………………」
義信が飛騨で織田軍を釘付けにしている間、信玄率いる別働隊で美濃に攻めてもらう。
そのつもりで飛騨へは援軍を頼まず、防衛には上杉を頼ったのだ。
(飛騨と美濃の交換と思えば割はいいが、私や配下の将が討ち取られてはたまらぬぞ……)
いくら美濃を獲得できたとて、義信や重臣たちが討たれては元も子もない。
こちらが壊滅的な被害を被る前に、織田領へ侵攻を開始して欲しいのだが……。
その頃、信玄は甲斐や信濃の国衆12000を従え、美濃の国境に位置する岩村城攻めの構えをとっていた。
「ここを越えれば、肥沃な美濃を手中に収められるな……」
「かように豊かな地ともなれば、略奪し甲斐がありますな!」
猛将、秋山虎繁の言葉に信玄が頷いた。
「……征くぞ! 侵略すること火の如し!」
信玄が美濃の国境、岩村攻めを始めたとの報は、またたく間に飛騨攻めをしていた織田信長の元に伝えられた。
「信玄が美濃攻めを始めただと!?」
柴田勝家が声を荒らげる。
勝家の怒声に怯えながら、使者が続けた。
「それだけではございまぬ。尾張の鳴海城が馬場信春率いる8000に攻められているとのこと」
美濃は織田家の本拠地であり、ここを落とされれば家臣やその家族が捕えられる恐れがあった。
織田家支配の中枢を美濃に移したこともあり、ここを落とされては織田支配の根本が揺るぎかねない。
また、尾張は織田家の基盤となる土地であり、ここを失っては単純な石高以上の損失を被ることになるのは目に見えていた。
これほどの損害を被りながら飛騨攻めを続行するか、本拠地である濃尾の防衛に行くか。
どちらを選んでも、苦しい選択に違いない。
絶望的な状況を前に、信長がぽつりとつぶやいた。
「……おれバカだから難しいことわかんねぇんだけどさ〜。もしかして今、絶体絶命なんじゃねぇの?」
あとがき
ここまでご覧頂きありがとうございます。
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