第31話 足利義昭とご対面
織田軍の飛騨侵攻を知ると、義信は松倉城に物資を集めた。
改築を進めていたこともあり城の許容量は増していたが、それでも山城。
依然窮屈なことに変わりはない。
兵たちが所狭しと肩を寄せ合う中、筆頭家老の飯富虎昌が義信の元にやってきた。
「ひとまずは兵3000と飛騨衆が城に収まりましてございます。ですが、残りの兵は……」
「城に入らぬか」
「はっ……」
いま、義信は決断に迫られていた。
2倍の兵力を擁する織田軍を相手に、数的不利を覚悟で野戦を挑むか。
1万をどうにか城に押し込め、無理やり籠城するか。
逡巡する義信に、長坂昌国が進言した。
「せっかく手に入れた土地なれど、ここは退きましょう。ここで戦ったところで、我らに勝ち目はございませぬ」
「ならぬ」
義信が即座に否定した。
「此度の戦はただ飛騨を手に入れる戦にあらず。公方様を我が物とす……お助けする、前哨戦だ。飛騨ごとき獲れぬようでは、京など夢のまた夢……」
戦国大名とは他家の旗色を覗いながら、ハッタリで動くものだ。
武田が飛騨すら獲れず、織田に遅れを取るようでは、今後武田を見限ろうという者も増えるだろう。
また、武田軍が飛騨を退いては、人質まで出して武田に臣従を表明した江馬、内ケ島を見捨てることとなる。
そうなれば、武田に臣従したところで頼りにならないと後ろ指を指されることになるだろう。
「織田軍はここで迎え撃つ。甲斐、信濃を治める我らに山で戦いを挑むとはどういうことか、織田軍に教えてやれ」
「「「はっ!」」」
主だった家臣と飛騨の国衆を招聘すると、義信は軍議を始めた。
「織田軍が飛騨に入るまで、あとどれくらいだ?」
「はっ、3日もあれば、飛騨に踏み込まれましょう」
「それまでにどうにか策を講じねばな……」
飯富昌景が頭を抱えた。
「敵方には、姉小路良頼、頼綱親子もついているとのこと」
「兵数に加え、地の利も得たか……」
「こちらにも、江馬殿を始め飛騨の国衆がついておる。地の利でも負けはせぬだろう」
「昌幸の言うとおりだ」
義信に家臣たちの視線が集まった。
「敵の兵数は2倍……正面から当たったところで、勝ち目はあるまい」
「では……」
「しかし、飛騨は山に囲まれ険しい道が多く、大軍を動かすのに適しておらぬ。……そこを突く」
飛騨の地図を広げると、美濃から飛騨に入る街道を指差した。
「美濃から飛騨に侵攻するには、この道を通らねばなるまい。そこで、この山道に罠を仕掛ける」
「罠、ですか」
「あらかじめ、土や岩で道を塞いでおくのだ。その間に逆茂木を組み、弓と鉄砲で迎え撃つ。近づかれたら長槍で応戦してやれ」
義信の作戦に家臣たちが目を剥いた。
「なるほど……」
「これなら兵数の不利を覆せますな!」
「されど、敵は鉄砲を多く持つ織田軍……油断は禁物かと……」
飯富昌景が進言すると、義信はニッと笑った。
「もちろん、援軍も頼んでおくぞ」
「はっ、では……」
小姓が紙と筆を取りに席を立とうとしたところで、使いの者がやってきた。
「公方様がいらしました!」
義信をはじめ、武田家臣一同が膝をつく。
「武田殿! 会えて嬉しいぞ!」
「それがし、武田家17代当主、武田義信にございます。公方様におかれましては……」
「細かい挨拶はよい。儂とお主の仲ではないか」
義信が足利義昭のために上洛をするというのが、よほど嬉しかったらしい。
初対面だというのに、足利義昭は義信にかなりの信頼を寄せているように見えた。
「では、すぐに甲斐に参ろう」
「いえ、万一に備え、公方様は松倉城で籠城して頂きます」
義信の言葉に、足利義昭も戦特有の物々しい雰囲気に気がついたらしい。
辺りを見渡しながら、不安を紛らわせるように義信に寄り添った。
「なっ、なんじゃ!? いったい何がおこったのじゃ!?」
「美濃の織田信長が軍を興したのです。おそらくは、公方様の御身を狙ってのことでしょう」
「なんと……!」
絶句する義昭をよそに、義信は冷静に思考していた。
十中八九、織田信長は義信の飛騨侵攻の意図を読んで攻めてきたのだろう。
今飛騨に攻め込めば、わずか1万の軍を相手にするだけで、義信の命と足利義昭の身柄を確保することができる。
そうなれば、武田家の弱体化と上洛への道筋が同時に手に入るのだ。
武田が姉小路領を攻め、亡命した姉小路頼綱を手中に収めた今なら、地の利もあると踏んだのだろう。
だが、結果的に足利義昭に弓を引いたこの状況。
使わない手はない。
「おそらくは、織田信長は三好と手を組み、足利義栄を擁立せんとしているのでしょう。
この地に大軍を送ろうとしているのも、おそらくは公方様のお命を狙ってのこと……」
「なんということじゃ……」
義信に言いくるめられ、足利義昭は再び絶句するのだった。
あとがき
明日の投稿はお休みして、次回の投稿は11/20にしようと思います
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