第10話 三河武士の意地

 命からがら岡崎城に逃げ延びた家康が「ふぅ」と息をつく。


 軍議を開いていた部屋に戻るも、家臣たちの顔ぶれが少なくなっている。


 ……おそらく、武田に討ち取られたか、あるいは逃げ出したか。


「……戻ってこられたのはどれくらいだ」


「はっ、城外へ討って出た兵2000のうち、戻ってきたのは1000ほどにございます」


「…………大敗、だな」


 家康がガックリとうなだれる。


 甘かった。


 息子とはいえ、相手は武田。油断せず、もっと慎重になるべきだった。


 おまけに、戻ってきた兵が錯乱状態にあり、城内に残っていた兵にまで混乱が伝播してしまった。


 おかげで兵たちは怯えてしまい、脱走する者も出る始末だ。


 ……これでは戦いにならない。


「もはや、これまでか……」


「諦めなさるな!」


 戦意喪失しかけた家康に、本多忠勝がドンと胸を叩いた。


「城を出て、織田様を頼られませ」


「……儂に生き恥を晒せと申すか」


「さにあらず! 生きておれば、また浮かぶ瀬もありましょう」


 本多忠勝の言葉に、他の徳川家臣も同調する。


「殿の盾となれるのなら、この命、安いもの……!」


「三河武士の意地、武田の奴らに見せてくれましょうぞ!」


「お主ら……」


 皆、最後の瞬間まで家康に忠義を捧げ、力を尽してくれる。


(儂はいい家臣を持った……)


 惜しむらくは、自分の力が及ばず彼らに犠牲を強いてしまうことだ。


 死を覚悟する家臣たちを前に、家康の目に涙が浮かんだ。


「すまぬ……すまぬ……」


「なんのこれしき……」


「短き夢でしたが、殿に仕えられて幸せでした……!」


「殿が再び立ち上がり武田を倒すのを、冥土で楽しみにしておりますぞ……!」






 永禄9年(1566年)9月。


 城内に残っていた徳川兵たちは再び討って出ると、武田軍に総攻撃を仕掛けた。


 先の戦いと同じく武田軍は野戦陣地で迎え撃つも、徳川軍の攻撃は凄まじく、義信のいる本陣に迫る勢いであった。


 戦が終わる頃には、倒された柵と武田徳川双方の旗が踏み荒らされ、戦いの激しさを物語っていた。


 圧倒的に不利な戦いにも関わらず、徳川兵たちは己の意地を見せんと大暴れしたのだった。


 戦が終わる頃には、敵味方の死体が入り交じった戦場だけが残されていた。


 首実検をする傍ら、義信の脳裏には徳川兵の戦いぶりが鮮明に映し出されていた。


 敵ながら、見事な最期であった。


「三河武士、噂に違わぬ益荒男ますらおぶりよ……!」


 忠義を尽して主に命を捧げた三河武士たちに、義信は惜しみない賞賛を送るのだった。

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