第11話 宴

 岡崎城落城の報せが入ると、まもなく吉田城が降伏を申し出た。


「信春、大義であったな」


「ははっ、これも若様が先に徳川の本城を落としてくれたからこそ……! この信春、感服つかまつりました」


 馬場信春が義信に頭を垂れる。


 これで徳川領三河を攻略したとはいえ、未だ国内は不安定だ。


 ここを治めるのは、経験豊富な家臣がふさわしいだろう。


 義信は吉田城下を見回し、馬場信春の手を取った。


「この城を信春に任せたい。……構わないか?」


「はっ、おまかせくだされ」


 義信に命じられ、馬場信春は三河南部の統治に取りかかるのだった。






 領内から徳川勢力を一掃すると、義信は家臣たちを岡崎城に集めた。


 集められた家臣たちを見回し、ねぎらいの言葉をかける。


「此度の戦、ご苦労であった」


 長坂昌国や曽根虎盛をはじめ、家臣たちはどことなく浮足立っているように見える。


 恩賞を気にしているのか、あるいは宴が待ち遠しいのか。


 いずれにせよ、戦が終わったからには、三河に残る国衆の処遇を決めなくてはいけない。


 徳川に味方した者を片っ端から処断しては人手が足りなくなり、民からの反感を買いやすい。

 ただでさえ略奪で恨まれているのだ。

 民を味方につけるためにも、国衆は残しておいた方がなにかと都合がいい。


 しかし、まったくお咎めなしでは、他の者に示しがつかないのも事実であった。


「どうしたものかな……」


 義信が思案していると、家臣団きっての知恵者である長坂昌国が口を開いた。


「やはり、三河の国衆を根絶やしにするわけにもいきますまい……。ここは、三河衆も召し抱えるべきかと……」


 長坂昌国を遮り、武勇に長けた曽根虎盛が待ったをかけた。


「お待ちください。此度の戦、我らは命を賭して戦い抜きました。

 三河の国衆より、我ら家臣団に土地を与えていただきたい」


 義信がううむと唸った。


「爺、どう思う」


「どちらの言い分ももっともかと……。されど、今川のように国衆に力を残しては反乱の目を残すことになり、さりとて我らだけで治めては遺恨が残りましょう」


 国衆の取り込みを進めるべきか。

 積極的に切り捨てていくべきか。


 義信が考え込んでいると、側近の雨宮家次や穴山信邦が現れた。


「若、宴の支度ができましたぞ」


「今宵は飲みましょう!」


 長坂昌国と曽根虎盛が仕方ないといった様子で顔を見合わせる。


「皆、酒が飲みたくて仕方がないのでしょう」


「若が来なくては、始まるものも始まりませぬからなぁ」


 口ではそう言いながらも、二人とも飲みたくてたまらないらしい。


 そわそわと広間を気にし始めている。


 義信が肩をすくめた。


「やれやれ、せっかちな奴らめ……。じい、構わないな?」


 義信に尋ねられ、飯富虎昌が頷く。


「買って兜の緒を締めよ、とは言いますが。今日くらいは、ハメを外しても許されましょう。……なにせ、若が国持ちになられたのですからな……!」


 溢れる涙を何度も拭ったのか、虎昌の目が赤くなっている。


 どうやら、義信の躍進を一番喜んでいるのは虎昌だったらしい。


「……爺もこう言っていることだし、今日は飲むぞ!」


 義信は家臣たちを引き連れて広間に向かうのだった。






 織田領尾張、清須城に、一人の若武者が現れた。


 信長の前に通されると、深々と頭を下げる。


「家臣たちのおかげで、命からがら逃げ延びることが叶いました。……かくなる上は、武田の手より三河を奪還するべく、なにとぞ、なにとぞお力添えを……!」


 頭を下げる徳川家康の顔を上げさせると、信長が家康の手を取った。


「よう参られた。この織田信長、盟友徳川殿を助けるため、骨を惜しみませぬぞ」

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