第9話 突撃! 赤備え

 南門からうって出た徳川軍が、怒りに任せて攻撃を開始した。


 城門の前に陣取っていた武田軍を蹴散らすと、次々と兵が溢れだした。


 城を飛び出し武田軍本陣まで迫る徳川軍であったが、すぐに勢いが衰えた。


「なんだこれは……」


 徳川軍の目の前に広がっていたのは、柵と堀だった。


 勢いを増していた先頭集団は堀に落ち、後続の軍も後ろに押される形で堀に落とされていく。


「槍隊、今ぞ! 攻めかかれぇ!」


 長坂昌国が采配を振る。

 やっとの思いで這い上がる徳川兵に、柵の隙間から槍が襲ってきた。


「ぐぁっ!」


「く、くそっ……」


 後続の徳川兵に潰され、這い上がろうにも槍衾で袋叩きにされる。


 目の前に広がる地獄を前に、徳川兵たちは苦悶の表情を浮かべるのだった。






「若のおっしゃったとおりだ……」


 別働隊として陣を離れていた飯富虎昌がぽつりとつぶやく。


 岡崎城を包囲している間、義信に命じられ、本陣の要塞化を進めていた。


 陣の中心に土塀を築き、その周囲に柵を巡らせ、武田の誇る穴掘り衆が堀を掘る。


 簡易的な拠点とはいえ、こうして造られた野戦陣地は要塞に等しい。


 いくら徳川兵の士気が高いとはいえ、あれではひとたまりもないだろう。


 なにより、まともにぶつからずに済むため、こちらの兵の消耗も抑えられるのも大きい。


 ここまで考えて陣を築きあげ徳川を誘い込んだ義信の策略に、飯富虎昌は賞賛を送らずにはいられなかった。


(さすがは若、見事な策です。あとはこのじいにおまかせあれ……!)


 飯富虎昌は配下の赤備えに指示を出すと、徳川の脇腹目掛けて突撃を始めるのだった。






 徳川軍が堀と柵に苦戦していると、森の中から赤い影が迫ってきた。


「あれは……」


「まさか……」


 柵と堀によって勢いを削がれた徳川兵の脇腹に、赤備えが襲いかかった。


「我に続け! 家康めの首を挙げてくれようぞ!」


 飯富虎昌率いる赤備えが徳川軍を切り裂き、徳川兵が真っ二つに分断された。


 後方の兵はかろうじて城に退却を始めるも、武田の陣地側に残された前方の徳川兵は退路を断たれてしまった。


 後方に赤備え。正面に野戦築城された武田の陣。


 逃げることも叶わず、戦おうにも相手が悪すぎる。


 戦意喪失した徳川兵が逃亡を始める中、赤備えが背後に襲いかかった。


 抵抗する間もなく、次々と斬り伏せられていく。


 徳川兵の屍が山のように積み上げられるのを見て、飯富虎昌が嘆息した。


(ここまで追い詰めれば、あとはいかようにもできるな……)


 飯富虎昌率いる赤備えと長坂昌国率いる槍兵に挟まれ、残された徳川軍は壊滅的な打撃を受けるのだった。

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