波風、立つ

「ふあぁ……眠い」


「おはよ、清水さん!」


「あ、おはよー」


 昨日黒田とスマホで夜遅くまで推しのキャラのどちらが強いか論争をしていたせいか、清水は珍しく朝がだるかった。

どちらも推しの事となれば譲らないため、議論は自然と白熱するのだ。

ひょっとしてあれは何かの罠だったのか。

あくびをしながら教室でボーっとしていると後ろから瀬尾に声をかけられる。

体力測定から数日。

あれから清水は他の女子から積極的に声をかけられるようになった。


「ねぇねぇ、昨日の音楽番組見た!? 司会の〇〇君がさー」


「うん、見てたよ」


 ほとんど黒田君との論争の片手間だったけど、なんて言葉は心の内にしまっておく。

その話を半分くらいは適当に聞き流しながら、清水の意識は前で友人と話す黒田に向いていた。

入学して少し期間が経ち、清水も黒田も友人が増えた。

それ自体はとても喜ばしいことではあるのだけれど。

代わりに、二人が面と向かって話す機会が目に見えて減っていた。


(まぁ、別にスマホで話せるからいいっちゃいいんだけどさ……)


 そう自分を納得させようとしても清水の心に刺さった棘のようなものが抜ける事はない。

決して自慢ではないが、清水は自分自身がスクールカーストの中でも上位だと自覚している。

では黒田のスクールカーストはどうかというと、決して高くはない。

見た目からしても性格からしてもあまり前に出て目立つようなタイプの人間ではないからだ。

片やクラスの人気者。片やあまり目立たない草食系男子。

そんな二人の間にちょっとした溝のようなものが生まれるのはある意味当然の事とも言えた。


(本来憧れるものが違うっていったらそこまでではあるけど)


 だとしてもなんだかこう、胸に引っかかるものがあってスッキリとしない。


「清水さん? なんか今日はイライラしてない?」


「え!? いやいやそんな事ないよ! も~瀬尾さんったら大げさだな~」


 瀬尾に指摘されて気が付いた。清水は今、怒っているのだ。

決して噴火することはない、されどマグマのようにじりじりと溜まる不満がそこにはあった。

黒田と話すようになって分かった事がある。

彼はきっと、「いい人」だ。

相手の意見も尊重することができる、少し大人びていて、損な性格をした人物だ。

だから周りの空気を察して自分があまり近寄るべきではないと判断したのだろう。

しかしその優しさが清水の琴線に触れた。


(私って人やその立場でコロコロ話し方を変える人間だと思われていたのかな……)


 勝手に頭の中で嫌な予感を思いついてみては、勝手に腹を立てる。

私は、いやヒーローは人によって態度を変える事はしない。

もしそう思われているのなら、心外にも程があるというものだ。

けれどそれ以上にムカつくのは。

私と話すことよりも周りの空気を大事にしているところだ。

彼が遠慮していてくれる事が、その優しさが何よりも苛立ちに拍車をかける。

ねぇ、黒田君。私はまた、君と楽しく話がしたいよ。

立場なんか知らないって言って、私をこの下らない世界から連れ出してよ。

乙女心とは時として非常に面倒なものである。


「はーいお前ら席につけー。ホームルーム始めるぞー」


 いつの間にか教室にいた担任の声で、騒がしく話していた生徒たちはそれぞれの席に戻っていく。


「えー先生から一つお願いがある。来週に行われるオリエンテーション合宿だが、事前に班を作っておいてほしい。誰かが余らないように、男女それぞれいいバランスをとれるように組んでくれ」


 ―――これだ、これしかない。

清水の脳内に閃きが走った。

向こうがその気なら、こっちから行ってやろうではないか。


 清水にとって、午前中の授業は眠気との戦いだった。

それでも何とか辛勝し、こうしてお昼の時間を迎える事が出来た。

先に黒田に話しかけようとも思ったがその前にまずは腹ごしらえだ。

昔の人は言った、腹が減っては戦も出来ぬと。

別に戦なんて大層なものを起こそうとしているわけではないが、ともかくお腹を空かせているようでは上手くいくわけもない。

と、お弁当を広げたところで後ろから肩を叩かれる。

その華奢な手は瀬尾のものだった。

その手には購買で買ったのか、総菜パンが入った袋が握られている。


「清水さん! 私も一緒にお昼ご飯食べてもいいかな!」


「うん、いいけど……」


「ありがと! じゃあここに座るね!」


 本当に男女問わず人気な女子は距離の詰め方が上手いものだ。

断られるなど微塵も思っていないであろうその顔を見ながら、清水は物思いにふける。


「どうしたの、私の顔見ちゃって。え、ひょっとして顔に何か付いてる!?」


 噓でしょ、参ったなぁとこぼしながら彼女は苦笑を浮かべる。

少し騒がしいけれどこういうのも嫌いじゃない。

もしかすると裏表があるのかもしれないが、少なくとも清水の目にはいい子に見えた。

冷凍食品のハンバーグを食べようと口を開けたところで瀬尾が話し始めた。


「それで清水さん。良かったら私と同じ班に入らない?」


 ハンバーグの一部を口に入れて、言葉と一緒に咀嚼そしゃくしていく。

やはりそう来たか。

このタイミングで声をかけてくるという事はつまり、そういう事だと清水は理解していた。

断る理由もない、一つだけ条件を除けばの話だが。

だからそれを確かめることにした。


「いいけど、男子達はもう集めたの?」


「あー、それがあと一人だけまだ決まってないんだよね。どうしようか考えてるんだけど」


「だったら私が探すよ、それでいい?」


「うん、清水さんだったら安心できるかな」


 しめた。

ご飯を口に放り込みながら、清水は自然と上がりそうになる口角を抑える。

まだだ、まだ笑うんじゃない。

計画はまだ序の口なのだ。


「ごちそうさまでした」


「ごちそーさま。いやーお腹一杯だよ。でも体を大きくするのって大事だよね!」


 お弁当を片付けて周りの様子を確認する。

他の人も丁度昼食を食べ終わったのか、他のクラスの人が来ていたり話し込んでいる人など様々だ。

黒田君は……今一人か、ならチャンスだ。

ずんずんと距離を詰めて彼の座る机まで歩いていく。

そして見上げる彼の前で、言いたかった事を吐き出した。


「ねぇ黒田君。お願いしたいことがあるんだけど」



 最近、清水さんからの視線を強く感じるようになった。

それもとびきり鋭い視線を。

何か機嫌を損ねるようなことをしたかな、と考えてみるけど思い当たる節が無い。

強いて言うならスマホで好きなキャラの論争をしたぐらいか?

確かに二人とも好きな事となると譲らないため、どちらが強いかなんて論争は歯止めが効かない。

でも彼女はそんなに引きずるようなタイプじゃないと思う。

少なくとも、自分が負けたからと言って相手を恨めしく睨む事はしないだろう。

ちょっと拗ねる事はあるだろうけど。


 でも、そうだとしたら他に何の原因があるというのだろう。

まさか面と向かって話すのが減ったから、なんて事も無いだろうし。

それに清水さんにはもう既に仲の良い友達が出来ている。

俺もまぁ、少しジャンルが違うけれど特撮好きの友達が出来た。

所詮、まだまだ子供な俺たちにとっては学校が世の中の全てに思えてくる。

学校というのはあくまでも子供が中心だ。

その中でのいじめやカーストなんて、結局は少年少女たちの問題である。

だからまぁ、何が言いたいかというと。

俺と清水さんはそもそも生きる場所が違うんだ。

一緒に話を出来たのは楽しかったし口惜しいけれど、これが現実というものだ。


「なぁなぁ、今度のオリエンテーリングどうする?」


「どうするって、何を?」


「鈍いなぁ黒田は。班決めだよ班決め。俺らみたいな日陰者にとっちゃ地獄だべ。そうなるのなんて見え見えなのに、なんでそういう事するかなぁ」


「あ、あ―――。うん、そうだね」


 黒田にとってはそんなものあったな、程度の認識である。

それよりも先に清水との問題を先に解決しなければ。

あの視線はそういうタイプの人じゃないと心にぐさりと来るものがある。


「あ、もしかしてもう既に決まってるとかか?」


「いや別にそんな事無いけど……まぁどこかに入れてもらえさえすればそれでいいかなって」


「楽観的だなー」


  黒田の発言は割と本気だ。

友人とさらに親しくなるもよし、新しく誰かと仲良くなるのも悪くない。

邪険にされたり露骨にスルーされるのは嫌だが、そうなると思いこんで一歩を踏み出せないのは損だ。

ジョーズ軍曹もそう言っていた。


「そうだ、お前清水さんのところに入れてもらえば? 仲良かったろ!」


 触らぬ神に祟りなし、ということわざがある。

下手に関わる事がかえって自分にとって損になるという意味だ。

もちろん、今でいう「神」とは清水のことで。

さらに言えば不思議な事にその瞬間だけ周りが静かになったため、教室中によく届いた。


「ちょ、ちょっと!」


「ん? なんかまずかったか?」


「まずかったか? じゃないよ! 対応を間違えたら大変な……事に……」


 恐る恐る清水のいる方角へ視線を向けると。

彼女は目を見開かせてこちらを見ていた。

あぁ、終わった。祟りが来てしまう。

こんなよく分からない状況で詰むとは思ってもみなかった。


「そんじゃー俺ちょっと外出てくるから! 頑張れよ!」


 何のためのウインクだそれは。

というかこの状況で俺を一人にしないでくれ。


「ねぇ黒田君、お願いしたいことがあるんだけど」


 聞きなじみのある声。

誰が発したのかはすぐに分かった。


「はははははいぃぃぃ! ななな何でしょうか!?」


「そんな畏まらなくてもいいって。それでさ、今度のオリエンテーリングなんだけど」


「え、あ、うん」


「一緒の班に入らない?」


「!!!???」


 得意げに微笑む清水に、ただただ黒田は困惑しきりだ。

いやだって、自分が、なんのために?

というかついさっき住む世界が違うんだとか思っていたのに?


「ねぇねぇ、入ろうよ―!」


「えと、あの……」


「ダメ?」


「……少し考える時間をください」


 今の黒田は、その言葉を返すので精一杯だった。











 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴィラン志望とヒーロー願望 砂糖醤油 @nekozuki4120

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ