英雄、走る

『走れエビピンク! 俺たちの希望のために!』


『はあああああ!!』


『なにっ!? 馬鹿な……速すぎる!』


『私のスピードについてくる覚悟はあるか?』


「はあああああ……すごい、エビピンクカッコいい!!」


 TVとの距離、おおよそ数十センチ。

朝食のトーストを口ではさみながら。

もう手を伸ばせば掴めそうなレベルの近さで、清水の眼は光っていた。

(※この小説をご覧の皆さんはテレビから近すぎない程度の距離で楽しみましょう。)

エビピンクと怪人トビウーオのタイマンでの勝負。

エビってピンクになるのは料理した時だけでしょと思ったそこの貴方。

深く考えていてはヒーローものにはついていけないぞ?

三次元での二人の対決は、エビピンクが圧倒的なスピードを見せていた。

まさにヒットアンドアウェイ、息もつかせぬ攻撃の嵐で相手に落ち着かせる隙を与えない。


『これで……とどめだぁ―――! 『エビフライスラッシュ』!!』


 大きなエビフライのような形をした茶色い大剣がトビウーオを一刀両断する。

切られたところからバチバチと火花を上がり、トビウーオが膝をついた。


『グワァ―――ッ! おのれ、おのれェウミレンジャー! 我の野望の前に立ちふさがるか! 許さん、許さんぞ! この恨み、必ず我が子孫が晴らしてくれよう!』


 ちょっとばかり長い断末魔を最後に、怪人トビウーオは爆散した。

そして恒例の巨大ロボでのバトルを終え、ヒーローたちは日常へと戻っていく。

行きつけの海鮮料理店、『海洋丸』で好物のエビフライを食べながら、エビピンクはこう言い放った。


『ね、結局世の中ってのはスピード勝負なのよ』


「はああああ……カッコいい……!」


 人は真に美しいものを見ると言葉を失うと言うが、清水の場合はカッコいいものを見ると語彙力を失うタイプの人間だった。

とはいえ、仕方ないでしょこの前まで小学生だったんだから、と彼女ならそうツッコむだろう。

清水はエビピンクに対して、他のヒーローとは違う特別な感情を持っていた。

もちろん、リーダーのカニレッドは強くて憧れるが、その憧れとは違うものだ。

だってエビピンクは、ウミレンジャー唯一の女性ヒーローだから。

自分でもなれる、と思うのが失礼なのは分かっているけれど。

やはり同じ女性だからなのか、何となくシンパシーを感じるのだ。

『世の中はスピード勝負』……、なるほど名言だ。

結局夜になってもその興奮が冷める事は無かった。


「ねぇねぇ、昨日のウミレンジャー見た!? 見たよね!」


 次の日、つまりは月曜日の朝方。

登校中、少しは見慣れたその小さな背中を発見すると同時に、清水は一気に近づいて興奮気味に話しかける。

良い物を見ると、人は誰かに共有したいという感情を持つ。

至ってそれ自体は自然の行動なのだが、この話題を共有できる人間となると一人しかいない。

そう、黒田だ。


「うわっ!? びっくりした清水さんかぁ……驚かさないでよ」


「そんな事よりさっ、昨日のっ、ウミレンジャーっ!!」


 清水は文字通り声と体をぴょこぴょこと弾ませる。

朝がどちらかと言うと苦手な黒田にとってそのノリはとてもじゃないがキツイ。

……それに、今日は苦手ながある日だし。

朝から沈んでいた黒田のテンションからはかけ離れた清水の様子に慌てさせられる。


「分かった! ちゃんと見たから一旦落ち着いて! ほら深呼吸だよ深呼吸!」


「ひっひっふー……ひっひっふー……」


「それ大分古いお笑いだよ!? ツッコまないからね!?」


「よし、落ち着いた。でさ、昨日のウミレンジャーすごかったよね!」


「あぁ、うん、そうだね……。進化して海から空へと適応して次は陸への侵略を目指していた怪人トビウーオとエビピンクの戦いでしょ? すごかったよねあのCG」


「そうそう、ウミレンジャーがピンチになった時にさっそうとエビピンクが現れて! 自慢のスピードでトビウーオを圧倒したの! あの戦いは迫力があってカッコよかったなぁ……! そして忘れちゃいけない最後のセリフ! 『世の中はスピード勝負』、これはヒーロー史に残る名言だよ!」


「朝からすごい元気だね……」


「そういう黒田君は逆にテンション低くない? 何かあった?」


「朝は眠いし苦手なんだよ。しかも今日はがある日でしょ? はぁ、嫌だなぁ……」


「? なんかあったっけ?」


「ほら、体力測定だよ。多分身長はそんなに伸びてないだろうし、俺はそもそも運動得意じゃないし、休みたい……おうちのベッドでゆっくりしたい」


 体力測定。運動神経がない人にとっては嫌な思い出しか残らないイベント。

きっと他の人も黒田と同じようにベットの中で布団にくるまっていたい日。

が、残念ながら避けては通れない。

憂鬱な黒田の気分などつゆ知らず、彼の母は黒田を叩き起こした。

そして今に至るというわけだ。


「そう? 私は楽しみだけどな~体力測定。ほら、私って結構運動神経いいじゃん? ヒーロー志望な以上最低限の運動は出来ときたいし」


「そういうの自分で言う……?」


「っていうかこの前出来た友達から聞いたんだけど、黒田君空手やってたんでしょ? だったら運動神経そこそこいいんじゃないの?」


「ああ、それか。いや確かに空手はやってたんだけど」


「だけど?」


「えっと、その……」


 要領を得ない黒田の返答に、清水は頬を膨らませて抗議する。

こういうじれったい空気は苦手だ。

男ならしゃんとせい、しゃんと。


「聞いても笑わない?」


「その内容によるかな」


「……空手でカッコつけて瓦十枚割ろうとしたら骨折して、それでなえちゃって」


「なるほど、ダサいね」


「だから言いたくなかったんだよもう! あぁそんな事を言っている内に学校が近づいてきた……」


「だーい丈夫、何とかなるって!」


 げんなりとする黒田の背中を清水が笑いながらぶっ叩く。

その励ましは、教室にたどり着くまで続いた。


 それから体操服に着替えて、グループで集まってグラウンドを回り始める。

運動するとき、短い髪は便利だ。

揺れて邪魔になったりしないし、汗でベタベタする事もないから楽に動ける。


 立ち幅跳びとボール投げを終え、次はいよいよ50m走を終えれば後は体育館に移動するだけとなる。


(ふっふっふ、見える……見えるぞ! 私の足の速さに周りがちやほやする様が!)


 足の速い男子がモテるのは学生の時だけだとよく言われる。

それが輝かしい人生の1ページとなるのならモテるのが学生の頃だけだとしても十分だろう。

では足の速い女子が人気者になるのは必然の事だと言える! (?)

見ていろ黒田君、ヒーローとはかくあるものだと示してやろう!

そしてひざまずく君の姿が楽しみだ!


「では、位置について……よーい、ドン!」


 笛が鳴るのが先か、それとも足が動いたのが先か。

それが分からないほど、スタートダッシュは完璧だった。

前かがみの姿勢から徐々に姿勢を起こしていってさらに加速する。

足が速くなる仕組みとかは知らないが、とにかく両足を速く回す!

これが一番のコツだ。

それが合っているのかはともかく、出席番号で決められたグループの中ではぶっちぎりだった。


「清水さん、7.4秒!」


 自分たちの順番を待つ集団からおおっ、と歓声があがる。

どうだ、これは中々にいいタイムじゃないか?


「はぁ、はぁ……清水さん、すごいね! 何かスポーツやってたの?」


 少し遅れてゴールした女子が話しかけてくる。

彼女の名前は確か瀬尾せおさんだったっけ。

長い黒髪を一つに結んだ、とても爽やかな印象を受ける体育会系女子だ。

いやぁやってないんだなこれが、すごいでしょ。

と鼻高々に自慢したくなる気持ちをこらえ、清水は平静を装う。


「ううん、別にやってないよ。……まぁ強いて言うなら『世の中はスピード勝負』だから、かな」


「何言ってるかよく分かんないけど……良かったらさ、陸上部入ってみない!? 清水さんの運動神経ならきっと高いレベルで通用すると思うんだ!」


「あ、抜け駆けはずるい! ね、清水さんさ。ソフトテニス部に入る気は……」


「何を言うか! 清水さんは最初からこのソフトボール部が目を付けていたんだぞ!」


「……園芸部とか、どうかな」


 はっはっは、人気者は辛いなぁ。

どの部活にも引っ張りだこで、いやはや申し訳ない。

……なんか一つだけ文化部入ってたような気がするけれども。

もっと私をめぐって争ってくれ、いや争いを煽るのはヒーローとしてはダメか。

じゃあやっぱ今の無しで。


 そんなこんなで女子に清水がやいのやいのと囲まれているうちに、今度は男子が走る番になった。

黒田君は……前から2番目か。

さぁ、見せてもらおうか悪のパゥワー(ネイティブ発音)というものを!


「黒田君、8.5秒ー」


 息を切らしながら、とぼとぼと列に並ぼうとする黒田の肩を清水が叩く。

そして、何とも言えない表情を浮かべながら口を開いた。


「……なんて言うか、平凡だね」


「やっかましいわ! ぜぇ、ぜぇ……というかそのいたたまれない、みたいな顔するのやめてくれないかな!?」


「あ、それよりもさぁー、私に何か言うことない?」


 ふと、何かを思いついたかのように清水がいたずらっぽく笑みを浮かべる。


「また突然だね。えーっと……」


「はい、ごー、よん、さん……」


「自分から求めておいて時間制限設けるの!? えーじゃあ、足速かったね、とか?」


「ぶぶー、黒田君は女心が分かっていないようですねー。そんなんじゃモテないよ?」


「余計なお世話だよ、もう……」


 そりゃあモテた事なんて人生一度もないんだから仕方ないでしょ、とぶつくさ言いながら黒田は思考を巡らせる。

思い起こせ、彼女が最も求めているワードを。

今日の清水がどういうテンションだったのかを。

……あ、これか? でもこれ女心とか全く関係ないような……。


「はい時間になりました、では答えをどうぞ!」


「……え、エビピンクみたいに、速かったよ?」


 一瞬、二人の間に間が空く。

そうしたかと思えば、清水が目をキラキラと輝かせる。

清水は照れ隠しかのように黒田の背中を叩き出した。


「何だよもー、分かってんじゃん!」


「それでいいんだ清水さん……」


 テンプレというか、ほとんど言わせただけだというのに胸が不本意にときめいた。

どうしてだろうか、ヒーローが悪役をやっつけるのを見た時より嬉しい。

っていかんいかん、私はヒーローで、彼は悪役志望だ。


「おい黒田ァ! ちゃんと並べやァ!」


「アッはい! すいません!」


 体育教師の怒号が飛んできたので、黒田は退散していく。

しかし清水の心の中のぽかぽかした感情は、しばらく残ったままだった。











 












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る