両者、始動す
「はぁ~……」
気付けばそんなため息がこぼれる。
今日も一日勉強を頑張った。人間関係も多分良好に進められている。
ただ清水には、一つだけ引っかかっているものがあった。
「黒田君はさぁ、部活ってどう思う?」
放課後、窓の外を眺めながらそう清水は黒田にそう話しかけた。
グラウンドでは様々な部活が活動しているのが見える。
野球部にサッカー部、ソフトテニス部や陸上部などその姿は様々だ。
きっと体育館でも色んな部活が活動しているのだろう。
部活に中学生活の青春を注ぐのも一興だが、清水はそうしたいとは思わなかった。
「あー、うん。今のところ一つに絞ってるかな」
「え、何?」
「帰宅部」
「それって結局何にも入らないって事じゃん……」
自分の事を棚に上げ、堂々と清水は突っ込んだ。
部活に入る事なんてみじんも考えていない自分が言えたセリフではないのだが。
でももしやりたい部活があったら入っているよ、なんて心の中で言い訳していた。
「清水さんは、入りたい部活とかあるの?」
「私は……まぁ今のところ目星はついてないけど」
清水が部活を嫌う理由、それは部内での上下関係にあった。
体育会系特有の根付いた悪習というべき伝統。
やれ先輩とすれ違ったらお辞儀しろだの、一年生は基本球拾いをするのが当たり前だの。
はっきり言ってそんな思いをするのなら部活なんてやらない方がましだ。
ヒーローは他人にこき使われたりしないし、逆に人をあごで使うこともしないのだ。
それも一部の社会勉強になると言えばまぁその通りではあるのだが。
大丈夫? そんな世の中腐ってない?
「あーあ、ヒーロー部とかがあればなぁー!」
「それって何するの」
「決まってるでしょ。悪い奴をやっつけて、世の中をクリーンにするの!」
「そんな部活作ったとして入る人いるかなぁ……」
「黒田君も作れば? 悪役部! そうしたらやっつけてあげる!」
「いやそれ清水さんが体よくやっつけられる相手探してるだけだよね!? 普通に嫌だよ! 大体俺が悪役を好きなのはやっつけられるからじゃないから!」
「え、そうなの? てっきり黒田君はそういうプレイが好きなのかと」
「プレイって言わないでよ! っていうかこの前あんなに熱く語ったのに! 俺は無実だ!」
大体ねぇ、と続ける黒田の話も清水の耳には半分くらいしか入らない。
所々で相づちを打ちながらも清水の頭の中は曇ったままだ。
部活には入らなくとも、やはり何かはしないといけないのだろうか。
どうせなら人命救助だとか派手な事をしたいけど、そんな機会は中々訪れるものではない。
というかヒーローがそれを待ち望むのはどうなのか。
そんな清水の頭の中にふと、電球が灯った。
「あ、いい事思いついたかも」
「え? どんなの?」
「部活には入らないけど……その、ボランティアとか、しようかと」
地味だけど、そういうのも良いかもしれない。
思いついた事をそのまま清水は口に出した。
ヒーロー志望と言っている以上それっぽい事を言わないと。うんうん。
謎の強迫観念に襲われた清水の言葉に、黒田は納得するようにうなずいた。
「うんうん、そっかボランティアか。それも良いかもしれないね」
「でしょ? いや~私ったら策士だな。そんな事を思いつくなんて」
「ところでどんなのに参加するの?」
「どんなのって……そりゃあ……」
そりゃあ……そりゃあ……どんなのだろう。
考えたことをそのまま言ったものだから続きがまとまらない。
子供の相手? いやいや、それはない。
だって子供の事好きかと言われればそうじゃないし。
映画館の前の席でクライマックスの場面に急にジャンプしだして画面が見えなくさせた忌々しきクソガキの事を未だに根に持ってるからな。
「どうしよ……」
結果、言葉に詰まった。
そんな清水の空気を察したのか、黒田が恐る恐る口を開く。
「も、もし良かったらさ、一緒にボランティアに参加しない?」
「え?」
お、これはお誘いというわけなのか?
というか黒田君、悪役になりたいんじゃなかったのかよ。
そんな人が奉仕活動なんてものに真面目に取り組もうとするのってありなわけ?
「ちなみにそれってどんなの?」
「まぁありきたりだけど、この近くに海ってあるでしょ? そこでのゴミ拾いボランティアに参加しようと思っているんだけど」
「ふーん、でも日曜日はウミレンジャー見たいから空けときたいんだけど」
「その点は大丈夫! ボランティアは今週の土曜日だから! ね、ちょっとでもいいから参加してみない!?」
その圧に押されなかったといえば、嘘になる。
でも黒田君がやるのに、自分が参加しないというのはヒーローとしていかがなものかと思ったのも事実で。
「まぁ、私はいいんだけどさ……」
なんて清水は、あいまいな返答をした。
「よし、じゃあ行こう! 待ち合わせ場所は駅前でいいかな?」
「うん……」
土曜に雨降らないかな、と一瞬清水が思ったのは内緒の話。
穏やかで温かい風が頬を撫でる。
春らしいポカポカとした陽気に包まれながら、清水は駅へと向かっていた。
天気は晴れ。それはもう愉快なほど晴れていた。
そうなっては清水も腹をくくるほかない。
ヒーローには戦わなければならない時があるのだ。
それが今とは一言も言ってないけど。
「こんな服装で良かったかな……」
黒田からは汚れてもいい服装で来てね、と言われている。
だからあまり着なくなったTシャツに使い古したズボン、それに道中で買ったおむすびをトートバッグに詰め込んだ。
家を出る前に鏡で確認したが、バッチリ似合っている。
何でも似合うあたりさすが私、と清水は自分の事を褒めていた。
「あ、来た来た! おーい、清水さーん!」
駅ではすでに到着していた黒田が手を振りながら待っていた。
「早いね。ごめん、待たせちゃった?」
「ううん、ちょっと早く来るのが癖になっているから大丈夫だよ」
「そっか。それにしても、その恰好……」
清水の目についたのは彼の服装だ。
真っ黒に染められた服に白いドクロをあしらったTシャツと、ジーパン。
確かに動きやすくて汚れても問題ない装備なんだろうけど、それにしても。
ドクロ……ドクロかぁ。
「ダサいなぁ」
「ダサッ!?」
あ、しまった、つい思ったことが口に出ていたらしい。
清水も重々自覚しているが、悪い癖だ。
これを早いところ直しておかないと、ヒーローには程遠い。
「それを言うなら清水さんだって! ……えっと、その漢字なんて読むの?」
「あ、これ?
かくゆう清水は白い無地に、デカデカと海人という文字が書かれたTシャツだ。
昔のお気に入りだったが、最近は着てなかったのでタンスの奥で眠っていたのを引っ張り出してきたわけである。
「人の事言えないと思う……大体海人って何なんだ」
「海で戦う人たち! 要するにウミレンジャーと同じってわけ! そう考えるとカッコよくない!?」
「いやカッコいいかな……」
「はぁ!? カッコいいし! そっちのドクロよりは100倍マシだしー!!」
「あ、言ったな!? いいんですドクロは男子の憧れなんですー! 女子には分からないでしょうねー!」
かくして、二人の不毛な舌戦が繰り広げられる事数分。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「はぁ、はぁ……とりあえず、まぁ行こうか」
「うん……」
お互いのファッションをけなしあう合戦は、両者共に触れない事にすることでひとまずの決着を迎えた。
「えー集まってくださった皆さま方、感謝いたします!」
寄せては帰っていく波に、さらさらとした砂浜。
時期が時期であれば人で賑わうのだろうが、今現在ボランティア以外で来ている人はほとんどいない。
「今日はこの美しい海と砂浜を綺麗にするため、共に頑張っていきましょう!」
「「「お―――!!」」」
盛り上がる前方の様子を、清水は半分白けた目で見ていた。
隣を見れば、黒田が目をキラキラと輝かせながら話を聞いている。
やっぱ家でゴロゴロしておくのが正解だったのかも。
それからゴミ拾い用のトングと袋を受け取り、それぞれの場所へと散っていった。
見渡してみればゴミ、ゴミ、流木、それとまたゴミ。
この世はひょっとするともう既に廃れているのかもしれない。
なるほど、どおりでボランティアが集まるわけだ。
まずは足元のゴミから拾い上げていく。
―――数時間後。
「多すぎるでしょ……!」
減らないゴミに、清水の心は折れかけていた。
大体おかしいでしょ、何でみんなこんなにゴミを捨てるわけ?
どうせ黒田君も飽きてるんだろうな……ってすごい! 自分より倍はゴミを集めてる!?
「あ、し、清水さん! どう、楽しんでる?」
「楽しんでるも何も……そういえば何で黒田君は参加しようと思ったの?」
「理由? 理由かぁ……この前のウミレンジャーでプラスチックゴミの話してたからかな」
「あぁ、家族がプラゴミを飲み込んだ事で怒りに震えるイルカが出てくる話だっけ」
「そうそう! あれは人の愚かさを示すいいテーマだったよ!」
「そんなに
「それで、海を汚すのも綺麗にするのも人次第なんだなって思わされて」
何だその理由は。
それじゃあまるで黒田君こそヒーローじゃないか。
呆気にとられた清水をよそに黒田は時計を見やった。
「あっ、そろそろお昼の時間みたいだよ!良かったら一緒にお弁当でも食べよ?」
「え、あ、そうだね……」
黒田に促されるままに清水は砂浜に座り込む。
清水の昼食はおむすび、黒田はサンドイッチを手に取っている。
しばらく二人とも無言のまま黙々とお昼を食べていたが、ふと黒田が口を開いた。
「まだまだだとは思うけどさ、少しはマシになったんじゃないかな?」
そう言われて見渡した先には、綺麗な海の青と砂浜の茶色。
まるで絵画のような景色が広がっていた。
きっと人が心から反省しない限り、こうしてゴミを捨てる人は減らないのだろう。
でも再びこんな景色を見れるのなら、頑張るのも意味があるのかもしれない。
そんな事をまさか黒田君に気づかされるとは思っては見なかったけど、……まあ、来て良かったかな。
「うん……もう少し頑張ってみようかな」
だってヒーローは、立ち上がるものだから。
指先に付いた米粒をなめとりながら、清水は砂浜を踏みしめた。
そして振り向いて、清水は黒田に快活な笑みを見せる。
「ありがとっ、黒田君!」
「え、俺何かした?」
何が起きたのか分からない様子の黒田を差し置いて、清水は歩き出す。
午後からは、午前よりもずっと集中する事が出来た。
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