ヴィラン志望とヒーロー願望

砂糖醤油

宿敵、現る

 俺は、悪役が好きだ。

いつも大きな野望を持っていて、その為に全力を尽くすところとか。

彼らにも彼らなりの仁義や信念があるところとか。

言い出せばキリがないか。

その中でも一番好きなのは何度夢が破れようが立ち上がるところだ。

どれだけ大きな障害があったとしても、彼らはめげることなく立ち向かっていく。

きっとどれだけ痛い目を見ても、生きている限り彼らが止まることはないのだろう。

悪役のそういうところが大好きだ。



 私は、小さいころからヒーローになりたかった。

そんなもの女の子らしくない、もう中学生なんだから、とかよく言われるけど。

彼らが出てくるのはテレビという小さい画面の中、それもたった30分だけ。

それでもそんな短い時間の中で、敵をバッタバッタとなぎ倒していく様はまさに痛快そのものだ。

その中でも一番好きなのは、どれだけ逆境にいても諦めずに戦い続けるところだ。

後はやっぱり、最後には必ず勝つところが好きだな。

勧善懲悪モノなんだから当たり前だろ、なんて野暮な言葉はこの際置いといて。

だから私は、ヒーローになりたかった。


「お前、ヒーロー志望なんだろ?だったら丁度いいや、オレらの代わりに掃除やっといてくれね?」


「は?」


「困った人を助けるのがヒーローの役目なんだろ?オレら部活見に行きたいから困ってんの。じゃあ後よろしくなー」


 四月、まだ桜が散りきっていないころ、地面にピンク色の花弁が残っている時期の話。

授業を終えて掃除時間となったのだが、いきなり男子どもが口を開けたかと思えばこれだ。

教室にはそう告げられた清水しみずを含めた女子と、一部の男子だけが残されている。

確かに清水は自己紹介でヒーローになりたいと言ったし、困った人を助けるのは当然のことだ。

しかしいくらヒーローと言っても、人間であることに変わりはない。

人間である以上、感情があるわけで。

はっきり言ってしまえば何であんな奴らのために仕事を増やさなければいけないのか、という怒りが彼女の脳内をぐるぐると回っていた。


「……はぁ、自己紹介の仕方間違えたな。今年から中学生なんだからちゃんとやろうと思ったんだけど」


 ゴミ出しに仲良く行く女子たちを見送りながら、誰に言うでもなく清水は呟く。

いつまでも幻想に逃げているなんて、やっぱり馬鹿馬鹿しいのだろうか。

人は色んなものを学び、それらを取捨選択して成長していくのだとどこかで聞いた。

大人になるっていうのは、何か大事なものを捨てていくことなのか。

もしそうなのだとしたらそんなものはクソ食らえと言いたい。


「そんな事を思ったところで、仕方ないよなぁ……」


 結局、世の中は多い方が正しい。

だから私の事を可笑しいと思う奴らが正常で、私は異常なのだ。

少数派はそうやってつまはじきにされて一人になっていく。

ほんっと、世の中ってクソだ。


「んっ、んん。そこな美少女よ。何を悩んでいるのか」


 咳払いの後に放たれたその言葉は、一瞬本当に天からの声だと思った。

だけどその声は、清水の頭よりも低い所から発されたらしい。

振り返って見下げた先にいたのは、前髪で若干目元が隠れた少年だった。

多分学校生活でもあんまり目立たずに窓際で外を眺めているタイプなのだろう。

いやそれよりも、と清水は思った。

コイツ、今私の事を美少女と言ったのか?


「そりゃあ美少女は私ですけど」


 自慢じゃないが、清水はルックスには自信を持っていた。

何せ母が美人だ。少し、いや大分性格は悪いがそこは遺伝しなくてよかった。

茶色い短髪にすらりとした足、二重の瞼に少し垂れ気味で横長の瞳。

もしここにスカウトがいるのならば、きっと二度見するだろう。

そしてこう言うのだ。アイドルになってみませんか、と。

話がそれた。この際そんな事はどうでもいいのだ。

そのみょうちきりんな話し方が頭に引っかかった。


「っていうか、何その喋り方」


「いや、清水さんはヒーロー願望が強いみたいだからこう言った方がいいのかと。……ごめん、もし迷惑ならやめる」


 少年はおどおどとした様子で話し始める。

視線を合わせようとするも、ひたすら彼は視線を外すばかりだ。

何だ、結局こいつも自分の事を馬鹿にしたいわけか。

清水は悟られぬよう、心の中で肩を落とす。

仕方ない、こういうのに付き合ってやるのもヒーローとしての役目だ。


「別にそういうわけじゃないけど。あー何て名前だっけ。く、く……」


黒田くろだ


 あまり目立った自己紹介をしていなかったから記憶から薄れていたが、思い出した。

彼の名前は黒田。下の名前は覚えていない。


「そうそう黒田君! で、何か用?」


「もし余計なお世話だったら申し訳ないんだけど、何だか一人で悩んでいるように見えたから……」


 ははーん、さてはこいつ私に気があるな。

だってわざわざ話しかけてくるってもうそういう事でしょ。

清水は無駄にプライドが高い、ゆえにそう曲解した。


「それに……このキーホルダー」


 黒田が指さす先には、清水のカバンがあった。

まだ新品で汚れの少ないその取っ手には、今放送している戦隊もののグッズが取り付けてある。

海鮮戦隊ウミレンジャー。

日本の水産業を守るため、悪の組織「魚団うおだん」と戦うヒーローたちのお話だ。

あんまり視聴率は高くないらしいが、キャラの属性がマイナーすぎるという理由で一部のコアなファンからは人気らしい。

ちなみに今清水がカバンにつけているのはウミレンジャーのリーダー的存在、カニレッドだ。

武器は見ての通り、両手にあるデカいハサミだ。

……え、ダサいって?そのダサさがいいんじゃん、分かってないなぁ(清水談)。


「え、分かんのー!? マジで周りにこういうの話せる相手いなかったからさ! いやーそういうの分かる人が居てくれて嬉しいわー!」


 清水がぱぁっと表情を輝かせる。

女子にこういう話はしづらかったから普通の話題で避けていたが、やっぱり同志がいるというのは嬉しい。

清水はさっきとは違う、期待の眼差しで黒田の事を見つめていた。

うん、彼とは仲良くなれそうな気がする。

こう歯車ががっちり合うような。


「う、うん。俺も毎週、楽しみにしてるから」


 たどたどしく、それでいて恥ずかしそうに頬を掻きながら黒田が答える。


「それじゃあさそれじゃあさ、どのキャラクターが一番好き? あ、待った! せーので言おう、何か私達気が合う気がするからさ! じゃあ行くよ、せーのっ!」


「ジョーズ軍曹ぐんそう!」


「カニレッド! ……って、ん?」


 ―――噛み合っていたはずの歯車が、外れる音がした。


「え、ジョーズ軍曹って……え? あの、敵キャラの?」


 ジョーズ軍曹とは、悪の組織「魚団」に所属するキャラクターである。

分かりやすく言えば中ボス的存在、そこそこ存在感はあるけど目立つ程じゃない。

見た目はホオジロザメを二足歩行にして、ベレー帽をかぶせ、眼帯を付けた感じ。

キモ可愛いという話をネットで聞いた事はあるけど、実際に好きな人がいたとは。


「いや~ジョーズ軍曹はカッコいいんだよ! 無茶を言う上司ととにかく戦いたがりな部下の間で苦しみながら、それでも野心を捨てずに懸命に頑張る姿! あれは考えさせられるものがあるよ!」


 半ば興奮気味に語る黒田をよそに、清水は若干引いていた。


「いや、でもだって敵キャラだし」


「何を言うか! 敵キャラが魅力的な作品は名作なんだぞ! あの目は彼の苦労とか葛藤をたたえたものなんだよ!」


「真っ黒じゃん。終始真っ黒だよあの目は。もう手遅れなくらい濁りきってるよ」


「それにジョーズ軍曹は敵味方問わず紳士的だし! さっきのセリフもそれをもじったんだけど……」


「分っかるかぁそんなもん!!」


 清水の虚しい絶叫が教室中、いや廊下にまでに響いた。

そうして彼女は膝から綺麗に崩れ落ちた。

酷いよ。だってこんなのって、あんまりじゃないか。


「何だよぉ……せっかく同志に遭えたと思ったのに……」


 完全に意気消沈した清水。

それに少しあたふたした様子を見せた黒田だったが、何か意を決したようにぽつりぽつりと話し始めた。


「……この前清水さんはヒーローになりたいって言ってたよね。俺はさ、その逆で、幼い頃からなぜか悪役に対して憧れやすくってさ。何て言えば伝わるんだろ、ずっと高い目標を持っているのがカッコいいっていうのかな」


「そうかそうか、つまり君は私に成敗されたいわけだな」


「全然伝わってない!? ……けどさ、そういうのがあってもいいと思うんだ。それにほら、こういう状況を言い表すなら……ごほん、良き宿敵ともと出会えた、っていう考え方もあるでしょ?」


「……それって、第三話のジョーズ軍曹のセリフ?」


「うん、似てた?」


 それにしても、悪役志望がヒーロー願望を持つ少女にすり寄ってくるのはどうなのだろうか。

しかもこうして落ち込んでいる自分の事を励まそうとしているわけだし。

そう思うと清水からは笑いが込み上げてきた。


「……ぷっ、ふふふっ、似てない! 変なの! 」


「変なのっ!?」


 ショックを受ける黒田を眺めながら、清水は思った。

いつか二人の道が両極に分かたれるとしても今は同じ道を歩んでいる。

だったらまぁ、今だけでも仲良くするのはアリか。

どうせ世界の危機とか特別な力なんてこの世にはありはしないのだから。


「うん、でもこれからよろしく、黒田君!」


「えっ、あっ、うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


 清水が差し出した手を黒田がおずおずと握る。

こうして、一見相反するはずの二人の奇妙な日常が始まった。


 















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