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プロローグ


 宮殿を覆う炎は天に届くほどに立ち上っていた。


 周辺では身体が黒く染まった人間だった者たちがゆらゆらと歩きまわってる。


 それはまさに群れのようだった。


 その群れの中を容赦なく剣を振るい、騎士の一団が王宮に突き進んでいく。


 彼らは、反乱を起こした軍の一団であった。


 少し前までは王に忠誠を近い、命を賭けて王を守っていた。


 だが、今は真逆の行動をしている。


 アヴァール・シェベルノヴァ王はかつては賢王と呼ばれたが、ある時から変わった。


 今は狂王と呼ばれ、暴挙を限りを尽くしていた。


 国中に、全身が黒くなり死に至る”黒死病”が蔓延し、疲弊した。


 そしてついに忠誠を誓ったはずの近衛騎士団にも見限られ、反乱を起こされた。


 


 いたるところで爆発が起き、王宮は半壊していく。


 それは暴挙の限りを尽くしていた王の最後であった。


 今、圧政と疫病の地獄が終わりが迎えようとしていた……。




 


 燃え盛る王宮をはるか遠くの丘から見守る騎士の一団がいた。


 未限られた狂王にも忠誠を尽くす者たちも僅かに残っていた。


 賢王と呼ばれた時代を忘れられない者たちだ。


 彼らは、反乱軍から逃れ、辛くも王宮から脱出していた。


 手負いではあるが屈強な騎士たちが幼い子どもを取り巻いている。


 幼い子は、燃え続ける王宮を空虚な瞳で見つめ続けていた。


 いつまでも、いつまでも……





第1話


 そして10年後……




 時が経ち、葉を失っていた木々が夏を迎えたかのように王国は復興していた。


 何故か狂王の死と共に”黒死病”も収まり、側近であり、反乱の首謀者でもあったヴォロンテ・コンステラシオンが新しい王となっていた。


 かつての繁栄ほどではないものの、ヴォロンテ・コンステラシオン王の采配もあってか、人も土地も癒えつつあった。




 だが、周囲を囲む国々では不穏な政治情勢が続いていた。


 特に海を隔てた隣国で、かつては戦をしたこともある帝国は、遠く北方皇国との緊張状態にあり、有事に備えた戦力増強の為に王国に同盟を迫り続けている。


 もし、同盟が成立するならばいずれ起こるであろう北方皇国との戦争に巻き込まれる事は必至であろう。


 だがしかし、ついに王国は帝国の要請を断る事ができなくなっていた。


 そしてそれは王国の美しき王女ヴィエルジュ・コンステラシオンの大きな悩みでもあった……





「私は断固拒否いたしますわ! 婚約なんてごめんです!」




 ヴィエルジュの声が王宮に響く。


 娘の猛抗議にコンステラシオン王は頭を抱えるが娘であるヴィエルジュの怒りは収まる様子はない。




「ヴィエルジュ、帝国からの要請をもう、これ以上引き伸ばす事はできないのだよ。わかってくれないか」


「同盟をしたいならすればよいではありませんか! でもそれが何故、私との婚約となるのです。それは私には関係ありません!」


「関係はある。あちらからの申し出なのだ。同盟をより強固にしたいというのが帝国からの要望だ」


「だから! それが何故婚約となるのですかと言っているのですか!」


「それは、王国の王女なのだから……」


「では、今日限りで王女は辞めます!」




 王はさらに頭を抱える。


 こうなった時のヴィエルジュへの説得は難しい。ならばあとは話を強引に推し進めるしかない。ヴィエルジュの意思は無視してでも。




「どにかく、決まったことだ。いいか、お前には婚約披露宴までのあいだ新しい直属護衛をつける」


「必要ありません! だって私は、婚約などいたしませんので!」


 そう言って王の間から出ようと踵を返し扉に向かおうとしたときだった。


 ヴィエルジュは、前から来る誰かに思い切りぶつかりひっくり返ってしまう。


「失礼」


 相手はそう言って、転んだヴィエルジュにそっと手を伸ばした。




「どこに目をつけているので……あっ?」




 ヴィエルジュを顔を上げると美形の剣士が彼女を見つめていた。


 プラチナブロンドの長い髪を後ろに束ね、ヴィエルジュを見つめる瞳は透き通るように青い。少し気になるのは左目には眼帯をしていることだったが、それを補って余りあるほどに剣士の顔立ちは美しかった。




「ああ丁度いいところに来た。新しい近衛隊長でお前の直属護衛になるエトワル・ブレイヤードだ」




 エトワルはヴィエルジュを引張り起こした。


 白い手袋越しだが細い指だなとヴィエルジュは思った。


 ヴィエルジュがぎこちなく立ち上がると、逆にエトワルはその場に跪いた。




「はじめまして、ヴィエルジュ様。この度、近衛隊長とヴィエルジュ様の直属護衛を拝命致しましたエトワル・ブレイヤードと申します」




 その時、ヴィエルジュは生まれてから一番の心臓の高鳴りを感じていた。


 そう、それは初めての恋だった。



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④灰色の騎士と黒死の姫 ジップ @zip7894

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