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八月に入って三度目の月曜、日付が変わる前に僕はベランダへと続く掃き出し窓を開けた。途端、夜とは思えないほどに熱を帯びた空気が、ずるずるとよじ登るようにして全身に纏わりつく。無造作に脱ぎ捨てたサンダルは片方がひっくり返ったままになっていて、その横には、真似をするみたいに裏返しになった蝉の死骸が転がっていた。
生き物が死ぬ瞬間を、僕は見たことがない。道の真ん中で倒れている野良猫、原型がわからなくなるまで潰された昆虫、ニュース画面越しに死んでいく他人、棺に入った親戚、喧嘩をしたまま知らぬ間に命を絶った友達。
そういう出来事そのものに、哀しいという感情に、実感が伴っていない。なにかが生まれることや、なにかが死んでしまうことが、いつでも自分とは関係のない場所で行われている。
それが時々、どうにも許せなくなる。
「……」
ベランダの真ん中に安い皿を置いて、その上に松明を何本か組んだ。ライターなんてほとんど使ったことがなかったせいで、最初は手こずったけれど、一度火が点いてしまうと松明はたちまち赤い炎を出す。足元で死んでいた蝉のことを思い出し、一緒に燃やしてやることにした。
Aからの手紙を火の中へ放り込む。
渡せもしないのに書いてしまったA宛ての手紙も、続けて放り込んだ。
紙は一瞬のうちに溶けていった。人間もこんな風に燃えてしまうのだろうか。そんなことを考えてしまう。僕はこれで、Aを弔ったことになるのだろうか。その答えはこんなことをする前から判っているような気もしていた。
火が弱まり始めても、僕の顔は変わらずに火照っていた。
A、僕は。
嫉妬していた。
僕はお前の「神様」に、嫉妬していた。
なんで、僕では駄目だったのだろう。Aに頼られ、支えになるようなものに、僕はどうやったってなれなかったのだろうか。
Aが「神様」だと呼んだそれが、僕の名前ではないこと。
それが僕の最も許せなかったことでもあり、すべての答えでもあるのだと思った。
なかなか消えない小さな火を、最後はコップに汲んだ水道水で消した。汚れた水に浮いた燃えかすを、僕は一晩中眺めていた。
『A』完 文月螢
A 文月 螢 @ruta_404
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