3

 

 日付が変わったころ、隠れているわけでもないのに、何故か音を出さないようにして抽斗を開ける。真っ白な封筒は息を潜めるようにして僕を待ち構えていた。


 それを手に取ってベッドに戻り、中身を見るまでにもずいぶん時間がかかった気がする。


 封筒には糊もテープも貼られていなかった。あまりに簡単に封が開いたことに驚いた僕は意味もなく一度元に戻して、それからまた開いた。手紙は全部で四枚。暗闇に慣れた目と月明りを頼りに、僕はそれを読んだ。


 四枚の便箋を簡潔に言い表すとするならば、遺書という言葉が最も近かったのかもしれない。ただ、僕は誰かの遺書を読んだことなどなかったし、Aからの手紙を本当にそう呼ぶのが正しいのかは今になっても疑問に思う。


 一枚目には僕へのお礼や謝罪が綴られていた。高校に入学して間もなく僕とAが出会ったときのことや、それから一緒に居るようになったこと。それから、喧嘩をして以来、話さなくなったこと。僕の気を悪くした、とAの文字は謝った。


 そして二枚目以降はすべて、「神様」について書かれていた。でも、あの夜に何度も何度も読み返したけれど、僕にはその意味がほとんど解らなかった。結局僕は、Aの言っていた神様というものを最後まで理解することができなかったのだ。


 それどころか僕は手紙を読みながら、高校時代に感じた苛立ちを思い出していた。Aが神様と口に出すたびに沸き上がった、心臓を逆なでされるような感覚。


 僕はいったい、何に腹を立てていたのだろう。

 そんなことも解らないまま僕はそれをAに投げつけ、そのまま逃げた。二度と会えなくなったAの手紙に返事をすることはもう出来ないし、それどころか僕はきっと、墓参りにだって行かないだろう。悼む気持ちがないわけではないが、Aの墓石と向き合うことでそれが伝わるなんていう想像もできなかった。

 あるいはこれも、僕が神様というやつを信じられないせいなのだろうか。


 思い返してみれば、なにも僕は昔から神様を嫌っていたわけではない。かといって熱心に信仰していたわけでもなく、一言でいえば「無関心」だった。日常的にそれを意識しているわけではなく、なにか運が絡むような出来事があったときに少し祈ってみたことはあっても、そのおかげで物事が上手くいくだなんて本気で信じたことなんか、一度だってなかった。


 それなのに、Aは。


 心臓から指先にそんな感情が流れ出し、冷や汗が滲む。僕はAのことが羨ましかったのだろうか。「神様」なんていう、僕からすればいかにも胡散臭くて、曖昧で、信じられないものを、Aは心の底から信じていた。崇拝していた神様というのがどんな姿で、Aにとってどんな意味を持っていたのか。Aはその神様のことをなんて呼んでいたのか。僕に宛てた手紙に、長々と、事細かに書けるほどの熱意を持って。


 

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