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 三年になってからは、志望する大学を変えたおかげでひたすら受験勉強に追われた。他のことを何も考えなくて済むくらいには勉強ばかりの毎日が続いた。


 Aの訃報を耳にしたのは、そんな生活からようやく抜け出した大学一年の初夏だった。


一度も喋ったことがないような高校の同級生で同じ大学に進んだ奴がいて、そいつが急に声をかけてきたかと思ったら、いきなり、「A、死んだらしいぜ」と。それでそいつは、Aが僕宛てに書いたという手紙を差し出してきた。葬式は身内だけで行われたらしい。


 受け取った手紙は、その日のうちに部屋の抽斗へしまい込んだ。勿論、中身は気になったが、すぐに開けることは躊躇われた。喧嘩をした翌日の朝、教室で顔を合わせたときの居心地の悪い気まずさが蘇ったからだ。意地を張って「おはよう」すら言えなかったあの日から、僕は、何も変わっていなかった。


 その年の夏は暑かった。

 雨の少ない梅雨が明ける前夜には大きな雷鳴が一晩中聞こえていたが、翌日からはそれが夢だったみたいに空は晴れ渡った。蝉が早朝から喚き散らし、日中の気温は三十度を優に超えるようになった七月の終盤、日が暮れてからもなかなか気温の下がらない夜に僕は眠れなくなった。


 カーテンと窓を開けてベッドに横になり、冴えた目で真っ暗な部屋の中をぼんやりと見つめる。網戸から吹き込んでくるのは微風だけで、しかも生ぬるい。じっとしているだけなのに汗が滲む。蒸した熱帯夜は息をするだけで気が滅入った。腹の底の辺りで熱せられた澱のような何かが渦を巻き、呼吸に混じってそれが喉から這い出てくる。


 Aが死んだ。

 自分の声に出して、初めてそれが本当になった気がした。自殺だったらしい。


 

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