第101.5話 かわいいよ
雀荘をあとにしながら、
「んあ~……もうそろそろ来とる頃かもしらんな」
「待ち合わせ場所、あっちでよかったっけ?」
「おぅ。しっかし献坊が麻雀知っとって助かったで。ええ時間潰しなったわ。ルールどこで憶えたん?」
連れ立って歩く、献慈の歩みが自然と緩みだす。
「(ゲーセンの脱衣麻雀とかどう説明すれば……)まぁ、いろいろと……」
「何やワレ、まだ緊張しとるんか? たしかに店員のネーチャン、二人とも
小突かれた勢いで、献慈は近くの露店に突っ込んでいきそうになる。
「べ、べつにそういうわけじゃ……俺は
「わーとるて、冗談や。何しろ今からカノジョの晴れ姿、お出迎えするんやしな」
献慈を追って永定も広場の脇へ寄る。ちょうどアクセサリーなどを売る露店の真ん前だ。
「付き合い出して初めての約束だし、やっぱ守らないと」
「かぁ~っ、お熱いこっちゃで。何やったらワレも対抗してオシャレ決め込んでみるんはどないや? 例えばこうゆう……おっちゃん、コレいくら?」
ディスプレイに飾られた適当な伊達眼鏡を、永定は露天商の言い値で購入する。
「羽振りいいなぁ。麻雀勝ち越したせい?」
「まぁな。アネキさえおらんかったらボクかてそこそこ――お、噂をすればや」
眼鏡越しに見返す永定の視線が不意に横へ逸れた。
つられて献慈も後ろを振り向く。女子組の到着だ。
「二人とも、お待たせ~」
先頭を切ってやって来るのはラリッサ。その真後ろに身を隠す長身の影を、
「ほれ、しゃんとしぃ」
「献慈……私、変じゃない……?」
さりげなく着けたヘアピンが、普段は前髪に隠れた額をさらけ出させていた。
袖なしのロングワンピース、花柄を散りばめた寒色系のパステルカラーが涼しげな風合いを演出している。サンダルを履いた足元も、ペディキュアとの色合わせまでが抜かりない。
「ぜっ、ぜんぜん! すっごく……か、かわいいよ」
澪の新鮮な一面を目の当たりに、献慈は頬が緩むのを抑えられなかった。
「そ、そんなの初めて言われたかも……」
広めの肩幅を気にしてか、身をすぼめる仕草がいじらしい。
どぎまぎする献慈の背中を、永定がポンポンと叩く。
コーディネートに一役買ったラリッサも誇らしげだ。
そんな中ただ一人、永和だけが不満をにじませている。
「はぁー……無難すぎて
直ちに澪が食ってかかる。
「あんなお尻丸出しの穿けるわけないじゃない!」
(丸出しいぃィ――ッ!? き、気になる……)
妄想爆発寸前の献慈へ、ラリッサから声がかかった。
「献慈くんは何しよったん? ついでに永定くんも」
「ワシゃついでかい! まぁ見てみ。けっこうシャレとるやろ?」
永定は買ったばかりの伊達眼鏡を掛け、したり顔でポーズを取る。
その感想は――彼の姉に譲るとしよう。
「自分……ほんまメガネ似合わんよな。知性のカケラも感じひんわ」
「ほっとけや! ちゅうかカケラぐらいあるやろ! いや、カケラって何や! ぎょうさんあるっちゅうねん、知性ェ!」
「(痴性なら……)いや、うん」
献慈は控えめに反応するも、絡まれるのは避けられない。
「おぅ、何やその目ェ! せやったら献坊、ワレがかけてみぃ」
「ん……メガネとか久々だなぁ(っても伊達だけど)」
渡された眼鏡を献慈が何気なく装着するや、
「はぅわぁああぁ~っ!!」
冷水を浴びせかけられたかのような声を上げたのは、澪であった。
「え? えっ? な、何か俺、おかしかった?」
「ち、ちちち、違ぁうのぉ……おかしいとかじゃ、なっ、くて……」
(と言いつつ後ずさりするのはなぜ……?)
戸惑う献慈を置いて、澪はラリッサに何事か耳打ちしている。
「んっ? なになに……献慈くん、普段は可愛いげなけど? メガネ掛けよると? ぶちカッコよう見えるけ、ギャップでときめいて……」
「いちいち復唱しなくていいからぁ!」
面と向かって容姿を褒められるのは献慈には初めての経験だ。しかもその相手が澪だというのがどうにも気恥ずかしく、身の置き所がない。
「あの……永定くん、これ――」
献慈は眼鏡を返そうとするも、拒まれる。
「ええわソレ、献坊にやるわ。人の目の前でノロケくさりよって……アホらし」
「(すねちゃった……)そ、そう……ありがと」
断るのも余計に面倒な気がして、有り難く受け取ることにした。
一方、永和は熱狂する澪を不思議そうに見澄ましていた。
「澪ちゃんもえらい変わりようやね。初めは献ちゃんこと『弟分』やとかごまかしとったん嘘みたいやわ」
「あ、あれはその……あの時はまだ、献慈の気持ちとか知らなかったから……」
「ほー。勝ち目ない勝負はせぇへんっちゅうわけや。ほんまコスい女やわぁ」
「あなたに言われたくない! 当てつけのために献慈に、さ……触らせたり(小声)……とかしたくせにぃ!」
澪は顔を真っ赤に噛みつかんばかりである。もはやこの構図も馴染んで久しいが、ここでフォローどころか、さらなる火種を投入するのが永和らしい。
「まーたその話かいな。もしかしてアンタ、ほんまは自分が触りたかったんとちゃうん?」
「え……えぇっ!? な、なな、何でそうなるのォーッ!?」
「何でて……えらいこだわりよるさけ、てっきりウチのカラダ狙とるんかと――」
「ねぇねぇ、二人で何の話しよるん?」
ラリッサが割って入ったことが、さらなる混乱の引き金となる。
「ちょうどよかったわ。リッサちゃん、この辺に休憩できる場所知らん?」
「きゅ……そ、そこまで本格的なのはっ! 求めっ……」
「う、うち、そーゆー経験とかないし……でも待って。サークルの子話しとったん思い出すけぇ、たしか……」
「リッサも真面目に答えなくていいからぁ!」
女子三人寄れば大狂乱の渦が巻く。怖気づく献慈の足は自然と後ずさりを始めていた。
「お……女の子は過激な話が好きだよね……」
だが、同意を求めたはずの男子が、必ずしも味方とは限らないのである。
「何を言うとんねん! ボクらに比べたら大したことないやろ!」
「えっ!?」
「出会うたその日に組んずほぐれつ、挙げ句の果てに自分、プロポーズまでかましよったん忘れたんか?」
「何で張り合おうとしてんの!? ってか、後半は誤解――」
献慈は永定の暴走を制しようとするも、時すでに遅し。
「献慈……その話、もうちょっと詳しく聞かせてくれる……?」
引きつった微笑を引っ提げて迫り来る澪の影に、単なる嫉妬とは別種の仄暗い情念を感じたのは、はたして献慈の錯覚であろうか。
「ですから、その……誤解……」
反論の声も虚しくかき消される。
「新しい弟増えるんかー。兄やんに報告せなあかんなぁ」
「休憩できるとこ、教えちゃったほうがええ?」
永和とラリッサまでが加わり、退路を断たれた献慈に残された道はただ一つ。
「うん! そうだね! 落ち着けるとこ行ってみんなで話し合おっか!」
やけっぱちである。
* * *
お話のつづき
【本編】第102話 船出の時間
https://kakuyomu.jp/works/16817139558812462217/episodes/16817330651272414343
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