第七章
第93.5話 揺れるブランコ
一路パタグレアへ。思い悩んでいたのが嘘のような目まぐるしい展開だ。
その日のうちに皆への報告と相談、翌日には旅支度を進め、出発は翌々日と相なった。
月を跨いで暦は十月・
柔らかな朝日に照らされたゆめみかんの庭先に
旧都に残る仲間たちの見送りを受けながら。
「ライナーさん、改めて感謝します」
「いいのですよ。僕が持っていても仕方のないものですし」
封筒にはライナーから譲り受けたチケットが入っている。以前にナコイの福引きで当選した、イムガイ・パタグレア間の往復乗船券および宿泊券だ。
「そうそう。ここはウチらに任せて、ミオ姉たちはゆっくり婚前旅行楽しんで来なって」
「婚っ……!? あ、遊びに行くんじゃないんだからねっ!」
「わかってるって。そんな焦んなくて大丈夫だからさ」
この一件に皆を巻き込んだのはカミーユである。ジェスロを驚かせるためだけにシルフィードを床下に潜ませていたというのが何とも彼女らしい。
ヨハネスの足取りはいまだ不明なままだ。幕府は隠密を放って各地の港を張らせているが、目撃情報は無し。島内で活動中の烈士からも、組合へ有力な手がかりは届いていない。
「半月もやり過ごすだけの土地勘はあるのでござろう」
「人さらいの一件で慎重になっているのかもしれません」
紅葉模様の小袖を着た
最後にやって来たのはジオゴだ。
「どのみち今日明日で作戦開始たぁなるまぁで」
託された手紙にはマシャド家の家紋――二丁斧の刻印で封蝋が施されていた。
数分後、献慈は港へ向かって飛んでいた。
「大丈夫ですか、献慈さん。揺れませんか?」
頭上では絵馬が黒翼を悠然と羽ばたかせていた。装着したロープには献慈の座るブランコの板と、念のため命綱もつながれている。
とはいえ、宙を漕ぐばかりの両足はまるで心許ない。
「(下を向くから怖いんだ……うん。上を見よ――)ぅあぁっ!!」
急停止。激しく揺れるブランコ、必死にしがみつく献慈。
浴びせられる怒声。
「コレェ! こっちゃ覗ぐんでねっ!」
「断じてそんなつもりは……ってか、澪姉のほう乗せてけばよかったんじゃ……」
「そうも思いましたが澪さんは何というか、重量的に――はぅあっ!!」
「なるほど。たしかに俺のほうがだいぶ軽い――」
背後から突如、強烈な威圧感が押し寄せてきた。
振り返らずともわかる。無憂の吊り下げたブランコに乗って、澪が追いついて来たのだ。
「私の重量が何ですって?」
「――あがっ!! え、えっと……に、荷物っ! そっち、まとめて持ってもらってるからさ! お、重くないかな~、っていう」
献慈のでまかせは、無憂の恵まれた体格を前に愚問でしかない。
「某ならば問題ござらん。して絵馬、こんな場所で立ち往生とは鳥にでも邪魔をされたか?」
「いやァ、さすけねさすけね! 日ぃ暮れっぢまうがら、早ぐ行ぐべハァ!」
無憂の心配を尻目に、絵馬は急発進する。澪の視界から一刻も早く逃れようとする意思がひしひしと感じられた。
「(まだ朝っぱらなんだけどな……)ところで絵馬たちはこの後どうする予定?」
「この後? そうですね……モダンなお洋服選びも楽しいのですが、近頃流行りの
「うん、言い方が悪かった。どのぐらい人里に滞在するのかなって思ってさ。あんまり長いこと天狗の里に帰らないのも何だろうし」
言い改めるも、その答えは常人の予想からは逸脱していた。
「調査の件でしたらご心配なく。軽く十年ほどで済ませるつもりですよ」
「長ッ! 人間目線だと〝十年ひと昔〟って、わりと軽くないからね。ファッションとか街並みとか結構変わっちゃうと思うよ?」
「何とっ!? まったく、無憂の言うことはいいかげんですね。これは計画を練り直さねばなりません」
愚痴を並べつつ、絵馬は翼を広げ滑空してゆく。
目指す先はもうすぐだった。
「見て見て! 海だよ!」
澪のはしゃぐ声を聞いて、おそるおそる視線を下げる。
船着き場に浮かぶ最新鋭の高速船を見つけ、献慈はようやく余裕の鼻歌を歌い出す。
「♪~ハーゥリンザースカーイ イッスクリーミンアゥトゥフラーイ」
徒歩ならば数時間はかかる道のりをひとっ飛び、やって来たのはグ・フォザラ港であった。
* * *
お話のつづき
【本編】第94話 流れ落つる水簾
https://kakuyomu.jp/works/16817139558812462217/episodes/16817330651055182472
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