第102話 船出の時間
パタグレアの土を踏んで早五日。楽しい時間ほど早く過ぎ去るのは真実だと実感できた旅だった。
(元々は
遺言と遺品を受け取り、墓参りも済ませた。
過去を捨て去ってこそ前に進めるものとばかり思っていた。
「イヤじゃああぁ~!
「ごめんね。なるべく早くまた会いに来るから」
澪にすがりつき泣きじゃくる、かつての想い人の孫娘を前に、献慈は人が結ぶの縁の強さと尊さを知る。
――嬉しかったんだ。すべての縁がつながっている気がして――。
(お父さんが言ってた気持ち、今ならわかる気がする)
港まで送り出しに来てくれたのは、ラリッサだけではなかった。
「リッサちゃん、その辺にしときや。澪ちゃんもみんなも困っとるわ」
「そやなぁ。あない率先して泣かれたらアネキかて泣くに泣かれへ……んごほっ!」
「こっちのことは任せておきな。マシャド家の嬢ちゃんもなかなか見込みがありそうだし、折を見てアタシが稽古つけといてやるよ」
「老師も物好きですなぁ。せやったらワシらも晴れて独り立ち――」
「馬鹿言うんじゃないよ。アンタたち兄弟の修業はまだ半分もいいとこだ。次までにしっかり鍛えておくんだね」
ユェンは献慈たちそっちのけで、
名残惜しいが、船出の時間は刻々と迫っている。
「皆さんには本当にお世話になりました。ラリッサもどうか元気で」
深くお辞儀をした頭を上げたその時、黒服の男たちが早足でユェンのもとへ詰め寄せて来た。
「
「あぁ、取材とやらの続きだね。まったく面倒なこった」
弟子たちを残し去りゆくユェンたち一団の中に、献慈は見憶えのある顔を発見する。
「……ん? あれっ!? あの人!」
パタグレア到着初日、路地で待ち伏せていた男だ。
――ぐ……ユ、ァンの、弟子……か……。
あの後、馬車でユェン邸まで連れ去られたはず。
「記者さんのこと言うとるんか?」と、永年。
「記者……?」
「あの後から老師に密着取材中や。おとついの新聞にインタビュー第一弾載ってんけど、読んでへんかったか?」
「『近いうち新聞に載る』って、そういう……!?」
驚きやら安心やらで、献慈の身体からどっと力が抜ける。
「ガハハ! ちぃとビックリさしてもうたみたいやな!」
高らかに笑う長兄の両脇を、永和と永定が固めた。
「ま、そういうわけで献坊、今度会う時はワレがもっと成長してボクらんことビックリさしてくれや」
「何上手いこと言うとんねん。……澪ちゃんもや、またウチの胸貸したるさけ」
はなむけの言葉も実に彼ららしい。
「『また』って何!? 『また』って! あなたってすぐそういうこと言う!」
慌てふためく澪の姿も見納めとでも言いたげに、ラリッサは潤んだ目を細めた。
「絶対……また一緒遊ぼな?」
「……うん。絶対だ」
献慈は――そしてきっと澪も――遠くない未来を思い描きながら、力強くうなずいてみせた。
* * *
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