第101話 賑やかな休日

 公園から程近いクレープ屋台へと集う。ラリッサいわく、エイラズーでは知る人ぞ知る名物スポットらしい。


「こないな店よう知っとったなぁ。さすがは地元の子やわ」

「値段とか気にせんで、好きなもん頼んでええけぇね」

「それじゃお言葉に甘えて~」


 みおを皮切りに皆それぞれメニューを注文する。タピオカ粉を使用したモチモチ食感のクレープが勢揃いだ。


「見て見て、パパイヤだって。けんのは?」

「俺はアサイーだよ」

「ボクのはミックスベリーやで。こんなんぜったい美味いやつやん?」


 これ見よがしにクレープを差し出す、ヨンティンの体勢が何かを誘っていた。


「どれ、見してみぃ……」むしゃっ。「……なるほど、こら美味いわ」

「ほうなん? ……」ぱくっ。「……うわっ、ほんまじゃ。ぶち美味しい!」

「私もー……」がぶり。「……ふぁっ、本当。甘~い」

「何をみんな普通に食うてんねんな! ボクの分うなってまうがな! おい、献坊ォ!」

「永定くん、かわいそう」

「うん、ありがと――ちゃうくてや! ワレは食わへんのかい! 優しなぁ!?」


 お約束の展開。なお永定のクレープは改めて注文し直された。




 女子たちはアイスティー、男子はアイスコーヒーを手にテラス席へと移る。

 全員が着席したところで、ラリッサが幾度目かの謝罪の言葉を発した。


「改めて言わしてもらうけど、ほんまゴメンな。話も聞かんと姐さんにはケンカ売ってもうたし、いきなり弟くんのドたま踏んづけてもうたし」

「もうええて。キミみたいな可愛い子ちゃんに踏まれてん、ちょっとしたプレイやと思えば逆に嬉し……い……あれ?」


 だらしない笑みを晒す永定に、女性陣の冷たい視線が突き刺さる。


「ふつうに気持ち悪い」と、澪。

「あー、うん……」露骨に目を逸らすラリッサ。

「自分そういうとこやぞ? あぁ?」


 永和ヨンホァに至っては実力行使だ。


「ふぐぅ……っ!!」


 鋭い指先を脇腹に受けたヨンティンは木偶人形と化し椅子にもたれかかる。


(すまない、永定くん……俺の話術じゃフォロー不可能だ……)


 献慈は自分の存在感を消し去ることでその場を乗り切った。


「澪ちゃん、コイツの分は没収や」

「任せてっ……はぐはぐ」


 頼み直したばかりの永定のクレープは即刻、澪の胃袋に収まった。


「このアホはほっとくとして……リッサちゃん。さっきの勝負やけど、ほんまは合格も不合格もないねん」

「ママの依頼のこと?」


 いわく、ラリッサは烈士としての晴れ姿を見せる前に、仲の良かった祖母を亡くしてしまった。

 普段は気丈に振る舞ってはいるが、その心残りが落とす小さな影を、母は感じ取っていたのだ。


「要するに依頼は建前みたいなもんや。下手に慰めるより直接気合い入れたったほうが効くやろ、っちゅうこっちゃ」

「ほうね……すっかり見抜かれとった」


 ラリッサの指先がテーブルの水滴を当てどなくなぞっている。そっと紙ナプキンを差し出す永和の面差しがいつになく優しげに見えた。


「どうやら要らん心配やったみたいやね」

「ううん、ありがとう。献慈くんたち来てくれるまでヘコんどったんはほんまじゃけ。ママだけじゃのうて、ここにおるみんなのおかげで元気なれたん、ぶち感謝しとる」


 てらいなく言い切るラリッサを、おずおずと窺う者が約一名。


「そ……それはボクも含まれますかいや……?」

「もちろん!」


 屈託のない返事に、永定はたちまち色めき立つ。


「ラリッサちゃん……キミ、天使や! 大天使パラディデルの生まれ変わりや!」

「永定くん大袈裟な。女の子にウザいとか絡みづらいとか言われん?」

「うん! よう言われるわ!」


 ラリッサの無慈悲な笑顔に、永定は涙目の笑顔で応える。これはこれで噛み合っているのは皮肉であろう。

 傍で見守る姉にしてみれば案外、理想的な形なのかもしれないが。


「何やウチ、リッサちゃんとは仲良うできそうな気するわ。そういえばアンタ、烈士始めてどんくらいなん?」

「夏休みに五等まで上げたったけぇ、三ヵ月ぐらいね。本格的に活動するんは大学卒業してから思うちょる」

「そら早いなぁ。澪ちゃんもやけど、有望な新星ばっかしや。ウチらもうかうかしてられへん」


 烈士の世界にはズブの素人から腕自慢まで、日々さまざまな人間が飛び込んで来る。中でも出世の早い新人は「新星」と称され、皆から一目置かれることになるのだ。


「ほんまやで」と、永定。「そういやイムガイ行った時、超新星の噂立っとったなぁ。ボクらは会えずじまいやったけど……献坊らは何か聞いてへんか?」


 「超新星」とはその名のとおり規格外の新星で、いずれは上級烈士にも届くであろうポテンシャルの持ち主をいう。


「超新星? 俺は知らないなぁ。澪姉は?」

「う~ん……案外、私のことだったりして~?」


 半分はお茶目であろうが、大した自信である。


「そんなわけあるかいや」


 さっそく永和にツッコまれた。


「むぅっ……」

「アンタ烈士なったばっかしやろ。噂聞いた時期が合わへんのよ」

「そっか……つまり私の実力については認める、と」

「老師が目ぇ掛けるぐらいや。見込み充分やろ。そっからさらに上行けるかどうかはウチゃ知らんけど」

「あなたさぁ、ほんっと素直に認めたがらないよね?」


 ライバル同士睨み合う横で、新たな挑戦者・ラリッサもそわそわと腰を浮かせている。


「なぁなぁ、もっと鍛えたらうちも上行けるかな?」

「リッサちゃんやったら行けるんとちゃう? 誰かさんとちごうて性根も真っ直ぐやしな」

「何であなたはそう一言多いかなぁ~!?」


 事あるごとにいがみ合う澪・永和組の様相に、献慈は気が気でない。


「永定くん、俺たちいつまであの二人のこと放っておけばいい……?」

「んー……もしかするとアネキ、澪さんのこと気に入っとんかもしらんで」

「そうなの?」


 半信半疑の献慈に、永定は胸を張って答える。


「アネキへそ曲がりやからなぁ。好きな相手にようあない態度取りよんねん。ボクん対する扱い見ればわかるやろ?」

「えっ? う、うん……そうかも?」

「何で疑問形やねん! 愛情表現! ボクは愛されとる!」


 声を荒げる永定。当然その行為は姉を呼び寄せる引き金となるわけで、


「自分やかましねん」


 手元にあったクレープをすぐさま口に突っ込まれる結果となった。


「あいおぉ(愛情)……ほぉへん(表現)……」

「そ、そうだね……」


 同意してやることだけがせめてもの助けであると信じて。

 縮こまる男子たちをよそに、永和は平然と話を進める。


「さ、食べ終わったらリッサちゃん、服屋行こか。おべべ台無しにしてもうたん弁償したらなあかんし」

「弁償とかはべつにええけど……せっかくじゃし澪ちゃんも一緒に来ん? 永和姐さんにコーディネートしてもらおうや」

「えー、やだ。変なの着させられそうだし」

「何のこっちゃ? 詳しゅう聞かしてーな」


 活気づく女子が止まらぬ限り、賑やかな休日は終わらない。




  *  *  *




次話へのつなぎ


【番外編】第101.5話 かわいいよ

https://kakuyomu.jp/works/16817330648524007296/episodes/16817330651267341171

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