第100話 往来のド真ん中

 先手を打ったのは永和ヨンホァだ。


「珍し武術使いよるんやねぇ。せっかくやし、じっくり堪能さしてもらおか」


 円を描く足運びで接近、小手調べとばかりに横殴りの掌を打ち込むが、まさかの大技によるカウンターが待っていた。


「お断りじゃあぁっ!」


 ラリッサは素早く体を入れ替え、側宙からの浴びせ蹴りで迎え撃つ。

 両者はぎりぎりで互いの攻撃をかいくぐり、無傷のまま位置を入れ替え終えたかに見えた。


「ふふ……技も大胆ならカラダも大胆っちゅうわけやね」


 ほくそ笑む永和の指先に、引きちぎられた布の切れ端がはためく。

 してやられたラリッサだがこちらも堂々、


「あいにくただの鳩胸じゃけぇ、あんたとちごうての!」


 ダメージ加工させられたシャツの胸元を物ともせず、永和の言葉を突っぱねる。

 仕切り直しからジンガと走圏、間合いを計りながら蹴りと掌打の応酬が始まった。


「いいぞー、リッサぁー! ガツンとやっちまえ~!」

みお姉ぇえええ――!! 騒ぎを大きくしないでぇえええ――!!)


 今一度確認しておくが、ここは往来のド真ん中である。


「何だ何だ? またケンカか?」

「どうしよう。警察呼ぶ?」


 案の定、騒ぎを聞きつけた通行人たちが異常に気づき始めていた。


(警察!? でも二人を放っておくわけには……)

「ボクに任しとけや」


 いつしか復帰していた永定が、収納袋から民族楽器を取り出す。


「え? 何をする気――」

「こっちならいけるやろ」


 永定はタンバリンパンデイロけんに押しつけ、自分は慣れた調子で弓付き瓢箪ビリンバウを叩き始める。


「い、いきなりこんなの渡されても……」

「オロオロすな! 歌ぉてごまかせぇ!」

(ごまかす……そうか!)


 永定の意図を察した献慈は腹を決めた。


「♪~ホーゥリレァーン ホゥリラァン……イゾ!」


 オフビートを維持しつつ、献慈がそれっぽく歌い出すや否や、


「楽しそう! 私もまぜて!」

「ええで。澪さんはコイツやな」

「わぁい」


 太鼓アタバキを渡された澪は、上機嫌で献慈たちの演奏へ加わるのだった。

 斯くして周囲の反応は――。


「……何だ。試合ジョーゴか」

「ふーん。聴き慣れない拍子トーキだな」

「本当。どこの団体だろ?」


 カムフラージュには成功したものの、ギャラリーはかえって増えてしまった。

 これにはさしもの永和も困惑顔だ。


「何しとんねん、あいつら……」


 手数に勝る永和だが有効打には恵まれない。

 側転に倒立、背向け――カリオン舞闘術の型破りな動きはカウンターを警戒させつつ、急所を巧みに遠ざける体勢をも兼ねていたからだ。


「よそ見しんさんなや!」


 尻尾を有する獣人のバランス感覚をヒトの身で再現するのは、ラリッサ持ち前の強靭な体幹あってこそだ。

 さらにはもう一つ、ラリッサは余人に真似できぬ能力を秘していた。


「大振りがすぎんで、嬢ちゃん」


 永和は側面から接近を仕掛ける。蹴り技の間合いの内側へ入り込まれれば、ラリッサも不得手な手技で応じざるをえない。

 牽制の掌打ガロパンチ――誰もがそう思った。


「〈翠星氷霜波ジェアダ・エステラ〉!!」


 衝撃波が、ラリッサの手のひらから炸裂する。細かな氷粒が煙となって弾け飛び――止んだ。

 不敵に微笑む永和の横髪が霜に染まっていた。


「ほー、〝それ〟が嬢ちゃんの隠し玉っちゅうわけや」

「ばぁばから受け継いだ〝異能ちから〟……じゃったんけど、な」


 力なく垂れ下がるラリッサの腕を見れば、点穴を封じられているのは明らかだ。


「そろそろ止める準備するべきかも」


 太鼓を打つ合間から澪がつぶやく。実際、偽装し続けるには戦いが白熱しすぎている。


「せやな。長引くだけアネキが有利んなる。ラリッサちゃんが勝負急いだんは正解やってんけどな」


 弟の視線の先で、姉の表情も勝利を確信していた。


「残念やわぁ。もうちょい遊びたかってんけどなぁ」

「何を抜かしょんなら……望みどおり遊んぢゃるわい!!」


 前蹴り、蹴り上げの連撃は空を切る。ならば、とラリッサは一旦身を退こうとするも、


「そら最初に見てん」


 後方へ宙返りを打つ瞬間、死角を狙った永和のつま先が肩口に蹴り込まれる。ラリッサの、残されたもう片方の腕までもが無力化されていた。


「……クッ……」

「さて、嬢ちゃんの今の実力は充分わかった……そろそろ潮時ちゃうかな?」

「……たしかに引き際は大事よね」

「せやったら……」

「わかっとるよ――」


 ままならぬ両腕を顧みず、踏み出した足が宙へ駆け上がる。これ見よがしとも思える大振りな後ろ回し蹴りは、


「――『足を使え』ってことよね!?」


 特大の氷霜波を爆発させ、辺り一面を真っ白に染め上げた。




  *




「派手に飛ばしてくれよったなぁ、嬢ちゃん」


 体中に付いた霜を払い落としながら、永和ヨンホァはラリッサを一睨みした。


「ごめんな。足から出すん初めてじゃったけぇ、加減がわからんくて」

「けど、ええ目眩ましになったわ。……全員揃っとるな?」


 大立ち回りの現場から離脱した五人は、別区画にある公園の片隅で合流を果たしていた。

 ヨンティンの手引きで、澪と献慈もこの場に無事たどり着いている。


「おぅ、バッチシや。悪いけど献坊、二人の傷治したってくれ」

「ついでに永定くんもね――〈ペインキル・リマスター〉」


 献慈は周囲の仲間にまとめて治癒の念を送る。リヴァーサイドでの出来事を境に、直接触れずとも治せるようになったのは大きな成長だ。


「それで、リッサは合格なの? イジワルしないで早く教えてあげたら?」

「澪ちゃんはせっかちやなぁ。どっか落ち着いた場所で話さしてもらいたいとこやねんけど……」


 声を上げたのはラリッサだった。


「ほんなら今からうちに埋め合わせさせて? 勘違いでみんなには迷惑かけてもうたけぇ」

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