第99話 ギッタギタにブチまわしちゃるけぇの!
三人が最初に立ち寄ったのは、ラリッサ行きつけの〝
「本屋さんかぁ。私こっちの文字読めないけど」
「そこは
「任されます」
本棚を見回しながら、
「この辺は写真集のコーナーだね」
「ほらぁ、献慈の好きそうなの置いてあるよ~」
「へー。献慈くんって、こーゆうの好みなん?」
「うっ……ひ、否定はしないけど」
広い店内を奥まで進んで行く。
「漫画こっちの方あるけぇ、来てみんさいよ」
「ホントだ……あっ! 見て、イムガイ版もあるよ」
「さすがに値段は倍以上するなぁ」
関係も良好な両国のこと、物資の輸出入はあらゆる分野において盛んだ。
「献慈くんは漫画好き? 日本じゃともっと種類あって流行っとる聞いたけど」
「漫画なら友だちとよく借し借りを……」
予期せず
「友だち? もしかしてばぁばも知っとる人?」
「はい、
通路に棒立ちはほかの客にも迷惑だ。
「立ち話とかいけんね。たちまち買い物済まそうかいね」
各自好きな本を買うが、ラリッサの会計というところでレジが混み合う。献慈と
「新刊の発売日かぁ。急にお客さん増えるわけだ」
「都会だと入荷早くていいなー。ワツリ村なんか入荷待つより街まで買いに行ったほうが早いぐらいだし」
「
「そうだよ。あの人、発売前日にナコイまで先乗りしたり――あっ?」
真向かいにある美容室から、見知った姉弟が出て来た。
言わずもがな、
「おぅ、献坊やないかい。連日デートとはええご身分やな」
「デートってわけじゃ……永定くんこそ、何かいつもよりおめかししてる?」
「今日は……何っちゅうか、野暮用や」
姉を横目に見つつ、永定は答えた。
「野暮用?」
「ボクは付き添いや。ぶっちゃけウチのアネキ別嬪やん? 一人で街歩かしたら男どもがアホほど寄って来るよって、横におったらなあかんくてや」
誇らしげに胸を張る永定を、姉は冷ややかに見つめる。
「要するに虫除けみたいなもんやね」
「そうそう……って、誰が蚊取り線香やねん!」
息の合ったやり取りとは反対に、顔かたちは似ていない孟姉弟。なるほどナンパ除けとしてはお手軽かつ適任である。
「言うてへん言うてへん。にしてもアンタらとはよう会うなぁ。こっちにはいつまでおるん?」
普段にも増しておしゃれにキメた永和は、これまた自信たっぷりの眼差しを澪に送る。
「いつだっていいでしょ」
「つれないなぁ。あん時のことまだ怒っとるん?」
「当たり前じゃない。私にイジワルするのはともかく、献慈のこと挑発のダシに使ったりしてさ」
口を尖らせる澪に対し、永和は余裕の薄ら笑いを浮かべる。
「何笑ってるの?」
「いや、可愛ええなぁ思うて」
「ちょっ……!? こっちは真剣に話してるんですけど!?」
「ウチもわりかし真剣やで?」
永和の真意はともかく、献慈にとって大好きな澪を目の前でやり込められるのは面白くはない。
「君のお姉さんもなかなか手強いよね……」
「何やぁ、今さらアネキに文句たれんなや。がっつりチチ触りよってからに……仕返しや!」
一方、永定にとっても姉は絶対であった。なぜその代償がおさわりになるのかは謎だが。
「お、俺の胸触ってどうするんだよ!?」
「どうもせぇへん……ちゅかワレ、ガタイ良うなって――」
奇しくも二人の絵面は、傍から見ればカツアゲの現場そのものである。
そう、場所とタイミングが悪すぎたのだ。
「くぉのチンピラがあぁッ!! 献慈くんに何しょんならァ――ッ!!」
ちょうど本屋から出て来たラリッサが、鬼の形相でこちらへ突撃。
「――ぐぇっ!?」
永定は脳天にムーンサルトの急降下を喰らう。
「あ――――ッ!!」
献慈が足元を見やると、
頭の上にはサンダルの靴跡。
「何やこれ……献坊ォ、説明して?」
差し当たって永定は無事であった。砂化した地面に埋没することで衝撃を緩和していたのだ。
「おどりゃあ黙っちょれぇあ!!」
ラリッサは噛みつかんばかりに永定を罵倒したかと思えば、
「献慈くん、どこもケガとかしとらん?」
優しげな表情で献慈の身を案ずる。
「お、俺は、その……」
「こがぁに怯えちゃって、ほんま怖かったんじゃね? 安心しんさいや――こんならぁ、今からギッタギタにブチまわしちゃるけぇの!」
「あのォ……ボク、すでにブチまわされとる気ぃすんねんけど……」
力なくツッコむ永定を無視し、ラリッサが対峙するのは彼の姉である。
「よくも弟のドタマ足蹴にしてくれたわいなぁ……」
ラリッサは直ちにバックフリップでこれを回避する。
「くっ……!」
「ほー。左手の
永和はベルトに見立てた九節鞭を元どおり装着する。これで一旦矛を収めたかに思えたが、澪が黙ってはいなかった。
「ちょっと、永和! いきなり暗器は卑怯でしょ!?」
「そら心外やわ。点穴突いて無傷で終わらそ思うただけやのに」
親しげに話す両者を前に、今度はラリッサが驚く番である。
「え……!? もしかして、あんたたち知り合いなん!?」
「ごめん。先に言うべきとは思ったんだけど……」
献慈が答えるを待たず、ラリッサは大きくうなだれる。
「いけん……うち、やらかしてもうた……」
「ほんまやねぇ。誰彼構わんとケンカ売るなんぞ、マシャド家のお嬢ちゃんにあるまじき失態や」
「え……? うちのこと知って……?」
永和はさらりと自分の目的を明かした。
「親御さんに老師づてで依頼されてん。『娘が今後烈士としてやっていけるかどうか試してほしい』てな。今からお家訪ねるつもりやってんけど、そっちから来てくれたんなら話が早いわ」
「ママの仕業じゃ……パパはうちのこと応援してくれちょるけぇ」
「お父ちゃんの期待に応えたいねやったら、お嬢ちゃんの実力のほど見してもらうしかないなぁ? こっちも武器は使わんといたるさけ」
「……上等じゃ。そっちがそのつもりならステゴロで勝負しちゃる!」
対するラリッサも重心を落とし、前後左右に絶え間なくステップを踏み始める。
その独特で異彩を放つ挙動を、献慈は格闘ゲームで見た憶えがあった。カポエイラの基本動作・ジンガである。
「(似ている……)あの動きは――」
「舞闘術、やな」
足元で
「知ってるの? 永定くん」
「正式には『カリオン舞闘術』。その起源は今を遡ること四百年前、パタグレアの地に集った獣人たちの長きに渡る交流の中で……うんぬんかんぬん」
「へぇ、なるほど…………じゃなくて! ケンカ始まってるんだけど! 止めなくていいの!?」
献慈の心配も虚しく、すでに戦いの火蓋は切って落とされていた。
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