第98話 仲良し空間

 上品なマホガニー製のトレイを手に、垂れ耳な犬人ガルー族のメイドが円卓へとやって来る。


「こちらのティーセットは陶磁器で名高い帝国・ニーダーティース州カンタン産の逸品、使用茶葉は公国産の香り高き灰色印グレイシールにございまぁす」


 愛嬌を振りまきながら、小柄なメイドは紅茶の注がれたカップをけんみお、そしてラリッサの前にも置いた。

 なお、実際に茶を注いでいるのは執事のハーディである。


「馨様がお気に入りでいらした香りです。存分にご堪能ください」

「まずはストレートでお召し上がりいただいてぇ、後ほどお菓子をご用意しますのでぇ、ロイヤルミルクティーとご一緒にご賞味くださぁい」


 子犬のようにまとわりついてくるメイドを、ラリッサが素っ気なく突き放す。


「こんなぁ邪魔じゃけぇ、早よ仕事に戻りんさいよー」

「はぁい。どんなお客さまなのかぁ、気になって見に来ただけなんでぇ、すぐに戻りまぁす」

(自由だなぁ……放し飼いなのかなぁ!?)


 端から給仕担当ですらなかった犬っ娘メイドを、献慈はツッコミをぐっと堪えながら送り出した。

 入れ違いに彼女の同僚――先ほどの大柄なメイドが入室する。


「お菓子をお持ちいたしました」


 熊っ娘メイドが押して来たワゴンには、一口サイズのお菓子が複数の皿にうず高く盛られていた。


「ヒトデまんじゅう、ぶち美味しいけぇね。ようけ食べんさい」


 誰より率先してラリッサがまんじゅうを振る舞う。その名に違わず五角形のヒトデを模した、カステラ生地の焼き菓子である。


「何だろ……どっかで見たような……(修学旅行先とかで)」

「左様でございますか。このヒトデまんじゅうは馨様の着想を元に作り上げたお菓子でして、現在はここエイラズーの名産品として好評を博しております」


 ハーディは誇らしげに語った。


(真田さん……何やってんの……?)

「ママが会社起こして全国に広めたんよ。今ちょうど海外展開ねろうてリュゴーの方まで営業行きよるけぇ、家にはおらんけど」


 ラリッサは社長令嬢であることをサラリと告白した。道理でこの立派なお屋敷の様相である。


「そうですか。てっきり道場のほうが賑わっているものとばかり……」

「道場なー、お兄ぃが会計士じゃけぇ、そっち任せとるんよ。うちはうちで来年、大学卒業したら本格的にパパの跡継ぐつもり。烈士なるん夢じゃったけぇね」


 言われて、彼女の中指にも『星辰戒指リング・オブ・スター』がさりげなく光っていたことに気づく。


「へぇ……(情報量多い家族だな)ラリッサさんも烈士だってさ、澪姉」

「そうなんだー……もぐもぐ……だからこんなに美味しいんだねー」


 話を振るも、澪はヒトデまんじゅうをむさぼるのに夢中であった。


(全然聞いてない……)

「ほうなんよー。うちのオススメはなー、こっちの新商品でなー……」

「ホントだぁ! お茶とぴったり合う!」

(……って、何か話通じてるし!)


 早くも意気投合した娘たちは周囲を置き去りに仲良し空間を展開していた。


(会いに来たの俺なのに……淋しい)


 取り残された献慈は、苦し紛れに執事へ泣きついた。


「ハーディさん、ところで先ほどの件ですが……」


 馨より託されたみおつくし天玲てんれいの扱いについてだ。保管用の白鞘のままでは実戦にそぐわない。


「仰せの件でしたら安仁あにぼうに任せるといたしましょう」

「安仁ノ房? ですか」

「はい。澪標を生み出した刀工・天玲が籍を置く工房にございます。そこでおお曽根そね様に合わせたこしらえを新調されるがよろしいかと存じます」


 いずれ刀を譲渡することを見越して予算まで確保済みだという。献慈たちの滞在期間内には、実用的にも見栄え的にも充分な代物が完成するはずだ。


「何から何まで、本当に恐縮です」

「とんでもございません。貴方様は大奥様のふるきご友人であり、ラリッサお嬢様のご友人でもあるのですから」


 執事に続けて主人までもがダメ押しを図る。


「ほうね。ふたりともうちの友だちじゃけぇ、明日一緒に遊び行くって今澪ちゃんと話しよったところよ」

(もうそんな段階!?)


 どうやら献慈はギャルの対人能力を見誤っていたようだ。




  *




 路面鉄道の駅にほど近い、エイラズーの繁華街にいる。

 大小さまざまな商店が軒を連ねた、雑然としているが活気のある街並みだ。


「この辺にあるって言ってたよね」

「あっ。あれじゃない?」


 けんたちも今日は手ぶらでのお出かけだ。職人たちも羨むみおの差料・千夜ちようず平州ただくに安仁あにぼうへ、せめてもの対価にと預けてある。


「本当だ。たしかに目立つよなぁ」


 侍の格好をした鬼人の銅像が立っていた。足元のプレートに説明がある。


「献慈、読んでみて?」


 男の名は〝剣鬼〟ごんだいら聖光あきみつ。パタグレア共和国独立前後の動乱の中、魔物の襲撃から多くの人々を守った極星烈士である。

 イムガイに対するパタグレアの国民感情が良好なのは、同国出身であるこの人物の存在によるところが大きいのだという。


「――ってか澪姉、知ってるでしょ? すごく有名な剣豪らしいし」

「えへへ。たまには献慈に観光案内してもらおうかなって思っただけ」

「案内ならもうすぐ地元っ子が来てくれるから……」


 献慈の言葉どおり、数分と経たぬうちに待ち人が駆けつけて来る。


「献慈く~ん、澪ちゃ~ん」ラリッサだ。「ふたりともはぁ来とってじゃ」

「初めての場所だし、早めに出て来たの」

「ほうね。……あ、師匠。おつかれさまでっす!」


 ラリッサは銅像に向かってウインクしてみせた。


「『師匠』?」

「うん。じぃじとばぁばの師匠」


 権平聖光はパタグレアの地に巳九尼みくに流剣術を伝えた立役者でもある。長命な鬼人族ゆえ今なお現役であり、武の頂きを極めんと果てなき修業の旅を続けているらしい。


「まーそれはええけ、早よ出発しようかね。待っとる間ヒマじゃったろ?」

「そんなことないよ。献慈とお話してたから」

「むー。ふたりとも仲ええんじゃもん。けるわぁ」


 ラリッサはふくれっ面で澪に腕組みを迫る。


「ははっ、俺も妬けちゃうなぁ」

「もぉ~、からかわないでよ」

「献慈くん早速ノリようなって嬉し~。うちら服屋さん見るん後でええけ、まずは献慈くんが行きたぁとこ言って?」

「俺は……そうだな……」

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