第一章

第21.5話 とてシャン揃い

 かしわの背中を見送って間もなくのこと。


 小気味良い下駄の音に紛れて、女子たちの楽しげなおしゃべりの声が近づいてくる。

 けんの手前で、その足音と話し声とがぴたりと止んだ。


「お待たせ」


 呼びかけるのは今夜の主役たるみおであった。周りには三人の友人――さと寿麻すまあけ――と、おまけにカガまでを引き連れている。


「澪姉……と、皆さんもお揃いで」


 思い思いの浴衣に身を包んだ五輪の花々はそれぞれ清楚に、可憐に、あでやかに咲き誇っている。


「こんばんは。昼間の弾き語り、とても印象的でしたよ」

「だな。ヘタウマっつーのか? ああいうの」

「うんうん。味があるって感じ~?」


(もうやめてくれぇ……)


 綻ぶやたちまち移ろう花あれば、夜風に煽られかぐわしく匂い立つ花もある。


「私は良かったと思うけどなー。ギターは」


 今宵十九を迎えた澪の晴れ姿。結い上げた黒髪に櫛かんざし、手にした巾着袋もすこぶる様になっている。


(すごく綺麗だ――なんて、いきなり言ったらキモがられるよな)


 視線を泳がせる献慈の頭蓋を、上から低音女声アルトの響きが震わせる。


「どうしたんだい? とてシャン揃いで目移りしちまったかい?」


 言いつつ、カガ璃は自分も乙女たちの輪にちゃっかり加わっている。


「そ、そういうわけでは……」

「ははぁん、本命はとっくに決まってるってわけだねぇ。ケンちゃんはどの娘がお好みなんだい?」

「いやっ、それは、その……」


 言い淀む献慈の態度がさらなる苦境を招く。


「んだよ、煮え切らねーヤツだなー。はっきりしろよなー」


 苛立ちに顔をしかめた明子が、献慈へと詰め寄った。日頃から当たりの強い娘だが、そのナチュラルな威圧感は晴れの日にあっても健在だ。


(田舎のギャルはヤンキー成分の含有率高め……)

「あ? 何見てんだコラ」

(答え合わせ早っ!)

「それよか、ウチらに御子封じのことずっと黙ってやがったの、許せねーよなぁ?」


 明子の意見に賛同するのは千里たちだ。


「澪さんとはもう話がついていますけど、献慈さんにも出発前にけじめをつけてもらわないといけませんね」

「うんうん。けじめっていったらアレしかないよね――はっきよ~い!」


 寿麻がうちわを手に行司の真似事をし始める。


「え? え!?」


 唐突な流れに面食らう献慈を、明子のタックルが急襲した。あれよという間に組みつかれたその耳元で、


「おい……もしアイツのこと裏切ったら、二度と家の敷居跨がせねーかんな」


 囁かれた言葉の重さとは逆に、献慈の体は軽々と宙を舞っていた。


(すくい投……げええぇ――――っ!?)

「ちょっとぉ!! やりすぎだからぁっ!!」


 すかさず澪がキャッチしてくれなければ、砂利の上に叩きつけられていたところだ。


「わーりぃ! 思ったより軽かったからさ」


 悪びれた様子で駆け寄る明子に、


「それは私と比較して、ってこと?」


 澪は二人分の恨みがこもった鋭い視線を送る。


「被害妄想だっつの。ったく、ちょっと待ってな」明子は最寄りの屋台でリンゴ飴を一つ買い、「驚かせちまったお詫びにこれやるよ」こちらへ差し出す。

「しょうがないなぁ……あぐあぐ」

「オメーが食うのかよ!」

「あ、違った? ごめん、食べかけだけど」


 澪から手渡された歯形付きリンゴ飴を、献慈はまじまじと見つめた後、


「…………。せっかくだし澪姉が食べなよ」

「いいの? ありがとう!」

(ヘタレた……)


 そのままくれてやった。素直に喜びをあらわにする澪の笑顔が眩しい。

 揉め事も一段落すると、カガ璃が手鳴らしで皆の注意を引いた。


「さぁさ、いつまでもこんなとこ突っ立ってないで、さっさと屋台巡りに出かけようじゃないか。何でも、ケンちゃんは澪ちゃんからおねだりされてるんだったっけ?」


 いかにも誤解を招きそうな言い様に反応して、


「あらまぁ」

「おねだり~!」


 千里と寿麻が囃し立てるので、献慈は直ちに付け加えた。


「た、誕生日のプレゼントを、ですけどね」


 折しも各地から行商人たちが集まって来ている。夜店には普段村で目にすることのない品々も数多く並んでいるはずだ。


「何でもいいから、さっさと行こーぜ」

「ふぉーらねー……シャクシャク」

「……コイツが食い終わったらな」


 明子の言葉に、澪以外の全員がうなずいた。




 斯くして総勢六名、祭りの中をそぞろ歩く。

 先頭を行くは、小柄な寿麻をぬいぐるみのごとく抱え上げた澪である。


「ね~、そろそろ離してよ~」

「ダーメ。今のうちに寿麻成分を補給しておかないとだし……ん~」


 頬ずり深呼吸するほくほく顔の澪に対して、


「ふぇ~ん、暑苦しいよ~」


 手足をじたばたさせる寿麻の表情からは迷惑ぶりがあふれ出ていた。

 二人の後ろには千里と明子がいる。


「あなたは澪成分、補給しなくて平気?」

「あーしはべつに。アイツとは連日り合ってたからな」

「まあ! 仲がよろしいとは存じておりましたが、そんな頻繁にヤり……」

「オメーが言うと意味深に聞こえんだろーが!」


 かしましき娘たちの殿しんがりを務めるのはカガ璃だ。


「若いコたちは賑やかだねぇ。ところでケンちゃんは話に混ざらないのかい?」

「俺は……邪魔すると悪いので……」


 女子グループの輪の中に溶け込み、平然とおしゃべりする――純朴な少年にとってハードルの高い要求だ。


「何言ってんだい。こんな日ぐらいは楽しく……ホラ、あっちの射的なんかどうだい? みんなで勝負といこうじゃないか」

「え? 射的って弓矢……うぁっ! ちょっ……」


 議論する間もなく、献慈は腰を掴まれ軽々と運ばれて行くのだった。




 その後もくじ引きや金魚すくいなど、定番の屋台を皆で遊んで回った。


「勝負は引き分けかよ。一匹ずつとかシマらねーなー」

「すねないの。それじゃ約束どおり寿麻にあげるね」

「わ~い。せっかくだし名前付けようよ~。千里ちゃん、何がいいかな~?」

「それでは……こちらの更紗が『ケン』、出目金は『ゴン』でいかかでしょう?」

「アハハ! だってさ、ケンちゃん」

「まぁ……いいんじゃないでしょうか……」


 針金の取っ手を付けた空き缶の中で、二匹の金魚が窮屈そうに泳いでいる。

 旅が終わり、村に帰ってきた頃にはどれほど大きくなっていることだろう。


(――なんて考えるのは気が早すぎるな。柏木さんにだって言われたじゃないか)


 献慈が顔を上げると、ちょうど澪と目が合った。


「献慈、さっきからあんまり喋ってないけど、楽しくない?」

「そんなことないよ。ただ……」


 返すそばから、カガ璃が茶々を入れる。


「きっと見とれちゃってるのさ。ねぇ?」

「いや……まぁ、その、皆さんとても素敵な浴衣だなー……なんちゃって」


 献慈がお茶を濁すなり、娘たちが一斉に頭を抱えだす。


「そうじゃねーだろ……」


 明子のつぶやきがなぜだか耳に突き刺さる。


(……あれっ? やっぱり『なんちゃって』はマズかったか……!?)

「献慈」


 澪が、神妙な面持ちで献慈の手を握ってきた。


「……! な、何?」

「そろそろお願い。ほら、あっちのお店見てみようよ」


 答えを待たずして、澪は献慈をぐいぐいと引っ張っていく。


「おねだりターイ……ムガッ!?」


 ここぞとばかりに茶化そうとする寿麻の口を、明子が後ろから塞いだ。


「邪魔したらめっ、ですよ」


 釘を刺す千里の声を背中越しに聞きながら、献慈は澪とともに出店の前までやって来る。


「どれが似合いそう?」


 多種多様な根付が所狭しと並べられていた。動物や草花をモチーフとした飾りから幾何学的な文様まで、目移りを誘うラインナップだ。


 それはまったくの直感だった。


「……これがいい」


 献慈は店主に代金を払い、根付を澪へ手渡す。


「ちょっと子どもっぽいかな……?」

「……ううん、ありがと。大事にするね」


 提灯の明かりに照らされた澪の瞳が、琥珀のようにきらきらと輝いて見えた。




  *  *  *




お話のつづき


【本編】第22話 ひまわり

https://kakuyomu.jp/works/16817139558812462217/episodes/16817139558982409331

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