第13話
修之輔が率いる馬廻り組に徒士はない。馬の速足で夕方前には竜景寺に到着し、そこで陣を布いている番方の山崎と合流した。
「番方のすべては動かせなくても大砲隊は出してほしい」
挨拶もそこそこに切り出した修之輔の要求に、山崎もすぐに応えた。
「どこに出す」
「薩摩浪士に占拠された村の後方に山がある。そこに三門」
「ならばアームストロング砲一門と、四斤山砲二門だ」
「いつ動かせる」
「移動は目立たぬ夜の内に、だが測量が必要だ」
山崎は懐から地図を取り出し、直ぐに矢立てを取った。
「どこに置く」
山崎に聞かれ、修之輔は地図に描かれた山の中腹を示した。山崎はすぐにその場所に墨を置いていく。
「弾道は」
「上から落とす」
「分かった」
山崎が片手を上げると周囲の人群れから一人、こちらに向かって小走りにやってきた。
「測量を出せ。今すぐだ」
山崎の手短な指示を聞き、地図を受け取ったその歩兵はすぐにその場を去った。
「秋生、他には」
「地図をもう一枚。あとは中で話そう」
頷いた山崎は、修之輔を竜景寺内に設けられた本陣の中へと案内した。どれだけ戦略を共有できるかが薩摩浪士討伐の鍵だった。漏洩を警戒し、詰めは修之輔と山崎の二人のみで行う。最終的な戦略の綿密な確認を終えると既に日は暮れていた。
今夜の下弦の月は丑の刻に東から昇る。
修之輔は、馬廻り組の部下と明日動かす番方の兵士に仮眠をとるように命じ、自分も僅かな時間を休息に充てた。
攻略の対象である占拠された村への行軍は、山の端から月が登ってすぐに開始された。馬は人より目が敏い。か細い月明かりの下、まずは大砲が馬に牽かれて山に向かい、次いで物音を立てぬように気を付けながら馬廻り組と歩兵小隊が移動を開始した。
夜明け前、あと四半里を残して到着した村の入り口は木戸もなく、ただ土盛に石が置かれてそれがしるしとなっていた。村の通りにはところどころ土塁が築かれ、即席の山城のような有様が、明るむ空の下、次第に明らかになってきた。
誰も、何も、物音を発しない緊張した時間が流れていく。
日輪が東の空に伸ばした一条の光。次の瞬間、修之輔の背後で山崎が旗を振った。その旗を合図に、どぉん、どぉん、と地を震わす大砲の音が辺りに響き、大砲の弾丸が空を切る音を立てて村の中央付近を爆撃した。
ドォンという腹の底に響く爆発音が、修之輔たち馬廻り組の突撃の合図だった。大砲の砲撃によって巻き上げられた土煙、爆風によって破壊された木片が巻き上がって地に落ちる前に、騎馬兵二十騎が村の中に突入した。
密集して疾走する馬群は蹄鉄で障害物を踏み砕き、その馬上、左右両列の騎兵からスペンサー騎兵銃による銃撃が帯のように民家に撃ち込まれる。板壁の隙間から様子を探っていたものは軒並み数発の銃弾を食らい、表に出て抗戦する前に三人ほどが倒れた。
それでも流石、勇猛に刀を抜いて反撃に出る数名の人影を確認し、修之輔は空に向けて一度、銃弾を発射した。
「全員、退避!」
その指示を聞き、馬廻り組は直ぐに馬首を返して村の入り口に向けて疾走する。その背後、刀を振りかざして追いすがろうとする薩摩兵の目前に、大砲の砲撃が炸裂した。
地面に叩きつけられる木片、土くれ、そして人であったもの。
その着弾から間を置かず、歩兵隊から弾の充填された新たな銃を受け取りった馬廻り組は、再度、村の中に突入した。
今度は四人一組で移動しながらの銃撃である。隙のない銃撃は薩摩兵の接近を許さず、一人、また一人と倒れていく。
「うおおおお!」
それでも雄たけびを上げながら土嚢の影から飛び出し、奇襲をかける気概はさすがの薩摩藩士だった。その正面に立つ騎馬は、だが、身じろぎもせずに立ち止まった。
薩摩浪士が渾身の力を込めて刀を振り下ろそうとして腕を高く持ち上げ。
その背後から、別の四人組の銃が一斉に銃撃を浴びせた。爆ぜた肉片が散らばり、浪士は地に倒れる。
直ぐに旗が上がり馬廻り組の騎馬が退避した直後に、また大砲の砲撃が地面を抉った。土嚢が弾かれ、積まれた木材は折られて人の隠れ場所が無くなる。
村の後方の山から発射される大砲の正確な着弾は、昨日、山崎の指示で直ちに行われた測量と、夜を徹しての軌道計算に拠るものだった。砲弾の金属片が降り注ぐ中、馬廻り組は銃撃を続ける。
蹄に付けられた蹄鉄は、馬が戦場を駆けることを可能にし、また馬自体を兵器とした。馬鎧を付けた二十頭の馬が、間隙無く並走して地に伏せる人も瓦礫も踏みつぶしていく。
骨が砕ける音なのか、木が爆ぜ散る音なのか、猛る馬群に巻き込まれれば人の体はひとたまりもない。地に叩きつけられ、内臓を潰され、血を吐いて呻く者達を修之輔たちは馬上から斬り殺していく。
「正面から戦うな。敵を引き付け、その背中から三人以上で斬りかかれ」
事前に修之輔が与えた指示通り、馬廻り組の騎馬兵は決して単独では行動せずに三人以上が組になって一人一人を確実に屠っていく。
やがて後方歩兵隊から火矢が放たれて、民家が燃え出した。
「これで、殲滅する」
最後の突入を前に、修之輔は部下たちにそう伝えた。
どおん、という何度目かの轟音とともに撃ち込まれた砲弾が燃え上がる民家の柱を砕き、村の家屋が皆、崩れ落ちていく。
火の粉の舞い散る中、これまでと同様にスペンサー騎兵銃による掃射を行った後は、村の中に生きる者がいる気配は皆無になった。
地には腕なのか足なのか判然としない身体の一部が転がり、血と泥が交じり合い、木片に肉や腸がこびり付いて火に炙られている。
修之輔は破壊されつくした村の入り口まで戻り、歩兵隊に命じた。
「歩兵隊、突入せよ」
辺りは火に包まれ、木が燃える臭い、土が燃える臭いに混じり、言いようのない焦げ臭さが充満している。山崎が思わず目の前に漂ってきた白い煙を手で払いながら、馬上の修之輔に確認をした。
「秋生、本当に必要なのか。これ以上はやり過ぎではないのか」
「歩兵隊には人を斬ったことが無い者が多いのだろう。貴重な経験になる」
山崎は下を向き、固く目を閉じてから何かを振り切るかのように勢いよく顔を上げた。
「歩兵隊、突入! 死体であろうとなかろうと、すべてに自分の刀で止めをさして来い!」
馬廻り組による総攻撃は一刻ほどで終了した。地を這う白煙は空に上ることなく、秋の気配漂う青く澄んだ朝の空には、真白な下弦の月が浮かんでいた。
暴動は、それを扇動していた薩摩浪士の全滅と巻き込まれた農民数名の犠牲、ならびに羽代方は馬廻り組と歩兵に受傷者が出て終わった。馬廻り組の戦功は羽代城下にも直ぐに広まり、下り藤に違い鷹の羽の旗印、馬具の紋どころを見て畏怖を覚えるようになったのは農民だけでなく、羽代藩士の中でも増加した。
翌日、暴動を鎮圧したことの褒賞するから、と、修之輔が弘紀に呼ばれたのは羽代城の天守跡に立つ観月楼だった。
観月楼の座敷からは羽代湾を眼下に一望できる。秋の陽を受けて穏やかに打ち寄せる波を見ながら、弘紀は修之輔に話しかけた。
「武家による領地の支配を前提とした公武合体も思ったより順調に進んでいるようです。島津公の本心はともかく、我ら武家が各々の領地をしっかりと守っていればこそ、朝廷も徳川公を蔑ろにはできないでしょう」
「我らが守っていれば」
「はい。武家の他に誰が、民や土地を治める術を持っているというのでしょうか」
弘紀は憂いが微塵もない闊達な笑顔で修之輔を見上げてきた。修之輔は弘紀のそんな表情を見るのが随分と久しぶりのように思えた。
この地の領主を拝命して以降、朝永氏にとって長年の懸案だった竜景寺を完全に掌握し、羽代の領内はこれまでになく安定していた。
「長崎だけでなく横浜の商館にも茶を売ることができそうなので、しばらくそちらに集中できそうです」
羽代湾の浜の奥には実りの時期を迎えた水田が広がり、海風にそよぐ稲穂がまるで金の波のように田を揺らしていた。
薩摩浪士殲滅の余韻冷めやらぬ慶応三年十月十五日早朝、大阪からの早馬が羽代城に飛び込んできた。
「昨日十四日、将軍様は大阪に在勤する諸藩の代表を集めて大政奉還の決意を告げられ、本日、帝に建白書を出されるとのことです……!」
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