第5話
月が、出ていた。
東の空から登りつつある半月は、
「儂の明日の出立までには間に合うのだろうな。必要な金だ」
蓬髪を粗く括った浪士が詰め寄っているのは、その宿の手代だった。
「無理です。これまでにも用立てしてまいりましたが、うちの番頭がもう出せないと申しております」
「江戸で必要な金だ。世の中を変えるための金だ。何としても用意してもらわなければならん」
かちゃり、と鳴る音は浪士が刀を持ち上げた音だった。
「そうは申しましても、近頃の羽代では攘夷を口にするだけでお縄に掛けられます。なんといって工面すれば良いものか、番頭だけでなく主も揃って、お断り申せと」
畳に額を擦りつける音さえ聞こえそうな詫びの言葉に、浪士は納得した様子を微塵も見せず、ばかりか次第に激昂の度を強めていく。
「藩の役人に己の生き様を縛られ、税を搾り取られるこの世の在り方を変えるのだ。
浪士は片膝を立てて語気粗く手代を詰める。
「結構なお考えでございます。確かにそのお話を伺った御礼と申しまして金子をお支払いいたしましたが、それから後の度重なるご無心は手前どもには謂れのないこと。浅井宿場の世話人からは疑いの目を向けられております」
「大いなる思想の前に、僅かばかりの金銭も出せぬのか」
「大変申し訳ございません。宿代は頂きませんので、夜が明けましたら早々にご出立ください」
ふん、と大きく鼻から息を出し、浪士はどっかりと座り直した。その様子に安心したか、
「では手前はこれで失礼いたします」
手代はそそくさと立ち上がり、座敷の出口へと向かった。
「月が」
座敷から廊下に出た手代の背に浪人が声を掛ける。
手代が振り返ると浪士は立ち上がるところだった。
その背後に開いた窓から半月が覗く。白い光が座敷に落ちた。
「月が、出ているな」
次の瞬間、浪士は手代の体を袈裟懸けに切り裂いた。
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