第5話 お願い!


 カイトは一年でまた強くなった。


 無実の罪でパーティを追い出されてから、それまですべてだった『仲間』がいなくなり、心はからっぽだった。


 ただし、からっぽのぶん、安心して日々を送ることができる。


 この世界にポツンとただひとりでも、冒険クエストさえ成功していればカネは入り、みんな親切にしてくれた。


 そして、ガゼルダの街は冒険に集中するのに適した街である。


 経済は活発で、森林や鉱山の持ち主も多く、ただし魔物が多くてクエストには事欠かない。


 強くなるための情報も、武器も、防具も、アイテムも、商人たちの日々の努力によって市場にあふれていた。


 それらを手に入れるのにシガラミは必要はない。


 ただカネさえあれば『消費』することができるのである。


 そう。


 心がからっぽでも……いや、からっぽであればあるほどむしろ強くなる場所を『都市』というのだ。


「あれ! もしかしてS級冒険者のカイトさんですか!」


「ドラゴン・キラーのカイトさんですよね!」


 ある日、カイトが宿のプールサイドで陽を浴びていると、水着姿の男女が彼を取り囲んだ。


 ドラゴン・キラーというのは、ドラゴン種の討伐を得意とするところから来たカイトの二つ名である。


「……そうですけど?」


「サインください!」


「握手してくださーい!」


「あ、はい。どうぞ」


「キャー! ありがとうございます!!」


 サインと握手をしてやると彼らは去っていく。


(やれやれ……)


 と、ため息をついた。


 でも、これくらいでいい。


 人と深く付き合ってはいけない。


 だからと言って一人は寂しいから、距離を保って、そこそこの人間関係を生活の中に組み入れればよいのだ。


 冒険さえ成功していれば、うまくいくはず。


 少なくとも、心穏やかに暮らしていくことができる。


 カイトはそう自分に言い聞かせて、プールを出ると、冒険者ギルドへ向かった。


「こんにちは。ボブさん」


「カイト様! ああ、ちょうどよかった」


 ギルドへ着くと、いつも担当してくれるボブがそんなふうに声を上げる。


「クエストですか?」


「あ、いや。それも頼みたいんですけどね。カイト様にお客さんがいらしているんですよ」


「客?」


 そう聞き返した時だ。


「カイト!」


 あの怒鳴り声がして振り向くと、そこには旅人風の服で短いスカートに太ももをギラつかせながら、ツンっと胸を張る美少女が仁王立におうだちしていたのだった。


「フ、フレア……」


 心臓がバクンと音を上げ、指先が震える。


 後ろには女戦士のベラと聖女のノーラもニヤニヤとして立っていた。


 さらにその後ろには、見慣れない長髪の男と、銀メガネの女が冷めた顔をしてこちらを見つめていたが、何か関係があるのだろうか?


「聞いたわよ? アンタ、ずいぶん活躍しているらしいじゃない」


 その整った顔立ちがぶつかりそうになるくらいグイっと詰め寄ってくるフレア。


「へえ、けっこうイイよろいを装備しているのね。ひょっとして……調子に乗ってる?」


「べ、別に。そんなこと……」


 追放されてからもう一年がたつというのに、カイトはすでにフレアの圧に心が折れかかっていた。


「そ、そ、それより、な、何の用?」


「ふふーん。喜びなさい。アンタ、アタシのパーティに戻って来ていいわよ」


「……ッ!」


 腹に、黒いもやのようなものが湧く。


「ど、どうして、二度と姿を見せるなって言ったのに」


「ああ、あれね。アタシのパンツのことだけど、盗まれたっていうのが勘違いだったのよ」


「勘違い?」


「そう。ノーラの荷物にまぎれていてね。だから許してあげるの。さっさと荷物をまとめてついてきなさい。いいわね?」


 また黒いもやが湧いた。


 なんだ、コレ。


「ほら。なにボサっとしているのよ。キビキビ動く!」


 と言ってフレアがカイトの頭を叩きかけたが……ふいにその腕がピタリと止まる。


 気づけば、カイトはその女の腕をつかんでいた。


「い……嫌だ……」


「はぁ?」


「嫌だ! なに様のつもりだ! 戦いのダメージで立てなくなっているのに無理やりご飯作らされたり、怒鳴られたり、殴られたり、気持ち悪いって言われたり……毎晩、宿では僕だけ床で寝てた。仲間のためと思って我慢していたけど、しまいには一方的に決めつけて下着ドロボー扱いだ。それで勘違いだから許してだって? ふざけるな! お前のパーティになんか二度と戻るか!!」


「なッ……なな……」


 涙や鼻や唾の吹き出るのもおかまいなしに心の黒いもやをいっせいに吐き出してやると、フレアは顔を真っ赤にして、肩をワナワナと震わせていた。


「おい! カイトお前、調子に乗ってんじゃねえぞ! オラ!」


 そこで女戦士のベラが進み出て、肩を殴りつけてくる。


 ブン……!


 しかし、スローすぎて、おどろくほど簡単にけられてしまった。


「てめ、けんじゃねえ! この! この!」


 ビキニアーマーの乳房をぶるんぶるん揺らしながら、二度、三度と空振るベラ。


(どうしてこんなパンチをけずに喰らっていたんだろう?)


 今となってはそれが不思議でたまらなかった。


 一方、怒りをためていたフレアが地の底から出すような声で言う。


「アンタ……自分の立場ってものがわかっていないようね!」


「そりゃお前だ」


 そこでフレアを制したのは、それまで控えていた長髪の男だった。


 長い手足に高級なスーツ、男の視点でも魅力的に思われる男である。


「ゾッド……邪魔しないで!」


「もういいだろう。やっぱりあのカイトさんがお前らのようなクズ女のところに戻って来るわけがないんだ」


「ええ。残念ですが、銀行としても助けて差し上げることはできませんわね」


 銀メガネの女もタイトスカートをパツンと張りつつそんなことを言う。


「あきらめろ。お前ら三人、まとめて『娼館』で面倒見てもらえ」


「しょ、娼館……?」


 長髪の男のあまりの言葉に、カイトは思わず反応してしまう。


 それがある種のスキだったのだろうか。


 フレアは目をギラつかせて叫んだ。


「そ……そうなの! アタシたち、この男に売られていくところなのよ!」


 そして、華やかな目鼻立ちに豊な頬の美少女は、涙をぽろぽろと流して続ける。


「お願い! あなたが戻ってきてくれないと私たち娼館堕ちしちゃうの! 戻って来て! 仲間でしょう?」


「仲間……」


 呆然とするカイトの足元にすがりつくフレア。


「オ、オレも悪かった! 殴ったり、蹴ったりして悪かった! 何度でも謝るし、何でもする。娼館はイヤなんだ。たすけてくれ。仲間だろ?」


「ウチも笑ってるだけでゴメン! ちょーヤバイくらい反省してるから。娼館はイヤなの。フレアやベラが無茶いったらウチだけでもカイトの味方になるよ。仲間だもん」


 ベラとノーラは土下座してそうまくしたてる。


「仲間、か」


 シーン、と静まり返った冒険者ギルドに、カイトのつぶやきだけが響いた。


 その場の全員がこのスペクタクルな感情劇に注目し、彼がどう答えるかかたずをのんで見守っている。


「フレア……」


「な、なあに?」


「たしか、仲間っていうのは対等な関係の者どうしのことを言うんだよね?」


「……!」


「僕とキミらは仲間じゃない。仲間じゃなかったんだ……」


 カイトがそう言って背を向けると、その場の人々はワッ!と歓声をあげた。



 ◇ ◆ ◇



 ……娼館堕ち。


 その現実が確定し、聖女ノーラは泣き崩れてしまった。


「ちょっと、やめなさいよ! 離せー!!」


「ちくしょう、ふざけんな!」


 暴れ出したフレアとベラは優先的に外の牢馬車に詰め込まれていったが、やがてひとり残されていたノーラのところにもゾッドがやって来る。


 が、その時。


「ノーラ。泣かないで」


 カイトがそう引き止める。


「僕は戻らないし、キミたちのことは憎んでいる。でも、娼館に堕ちてもらいたいとは思わない」


 そう言って彼は、法衣の中の手にひとつの鉱石を握らせた。


 ノーラはハッとして手の鉱石を見る。


「これって、アダマンタイト……」


 このサイズなら時価2億ゴールドは下らないだろう。


「じゃあね、ノーラ」


 そう言ってカイトは去って行ってしまった。


(ごめんね、ごめんね、カイト……私ずっと見ていたのに、フレアたちが怖くて、バカなふりして笑っているだけしかできなかったの。ごめんね)


 ノーラは救われたという安堵と、カイトに対する罪の意識と、彼の許容心に、また大粒の涙を流す。


 そして、彼のように心やさしい人になりたかったと、心底思った。


「ふーん、よかったじゃないか」


 が、そんな時、ゾッドの声にびくんと肩が跳ねる。


「ゾ、ゾッドさん。こ、これで私たち、助かるんだよね?」


「私?」


 ゾッドは意味深げに尋ねると、葉巻に火をつけて続けた。


「それはキミがもらったモノだろう? あのふたりは別に助けなくてもいいんじゃないかな?」


「え……」


「そのアダマンタイトの塊を売れば、確かに三人とも助かる。しかしね、もしここでそれを俺へ売れば、キミは助かった上で5千万ゴールドほど手に入れることができるぜ?」


 そう言って、彼はアタッシュケースから札束のレンガを五つ取り出し、床に並べた。


「でも、それじゃあ……」


「それじゃあフレアとベラは娼館堕ちだけど、何か問題ある? ああ、『仲間』なんだもんな。いいさ。良心がとがめるというのならあっちの銀行女のところへそいつを持って行けばいい。その代わりコイツは無しだ」


 ゾッドは床の五千万のうち、まず一千万をアタッシュケースにしまった。


「ま、待って!」


「なんだよ? 俺はモタモタしているヤツが嫌いでね。そうだ。十数えるごとに一千万減らしていくことにしよう。十、九、八、七……」


「ヤメて! 卑怯だよ、そんなの……」


「……六、五、四」


 その金が減らされていくと、まるでこの身を切り裂かれるような気がした。


「ヤメて、お願いだから……」


 とうとうノーラはアダマンタイトの塊をゾッドの手に渡してしまう。


「おや? いいのかい?」


「いい……わけがないよね」


 と言いながら、床のカネを拾う聖女。


「ククク、確かに。キミの言う通りだ。いいわけがない、か。ククク……あははははは!!」


 まるで悪魔……


(あ、私もか)


 そう心でつぶやきながら、ノーラは金を抱えてひとりその場を去っていった。


 後ろに二台の牢馬車が走っていく音を聞きながら……



 ◇ ◆ ◇



 カイトはその日もクエストを終えると、宿のプールサイドで陽を浴びていた。


「フレアたち、元気かなあ」


 先日の女勇者パーティとの衝突は、ネガティブで、マイナスで、なんのプラス要素もないものではあったが、彼の心を強く燃え上がらせたことは間違いなかった。


 彼女らよりよほど強い魔物を倒しても、莫大な報奨金を手に入れても、あれほどの感情は起こらない。


 フレアとの『戦い』は、からっぽの彼の心にしばらくの充足を与えたのである。


 でも、街の暮らしはそんな刹那的な充足を少しずつこぼしていき、また自分が透明でからっぽになって行くのがわかった。


 本当の『仲間』が欲しい。


 ネガティブな充足ではなくて、道徳に擁護された、心の底からの充足を得るために……


「太陽が、いっぱいだ」


 しかし、プールサイドの陽射しはあまりに眩しく、膨大で、氾濫していて、気が遠くなるばかりだった。



【おわり】



最後までご覧いただきありがとうございます!

いかがだったでしょうか?

今回は簡潔な展開を目指したのですが、需要があれば長編版も書くかもしれません。

また、次回作もよろしくお願いいたします!

(黒おーじ)

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仲間でしょ?とパワハラする女勇者に無実の罪で追放されたけど、むしろ解放されて今ではS級冒険者です~お願い!あなたが戻ってきてくれないと私たち娼館堕ちしちゃうの……と後から懇願してももう遅い~ 黒おーじ@育成スキル・書籍コミック発売中 @kuro_o-oji

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