第4話 コイツら、マジか?


 本物の悪党から見れば、小悪党などはちょうどいいカモである。


 相手が十六、七の小娘ならなおさらだ。


 金融屋のゾッドは、まさしくその『本物の悪党』であった。


 そして、往々にして悪党は魅力的だからタチが悪い。


 男のクセに髪を伸ばしているがしくなく、妖しげな色気があり、細身のスタイルの中にもたくましさがある。


 彼自身、自分の魅力には冷淡に自覚的で、さらに魅了された相手はこちらを『イイ人』と思い込むらしいこともわかっていた。


 そう思わせればカタにハメるのも簡単である。


 あのクズ女たち……女勇者パーティの件も、いつもやっている簡単な仕事のうちのひとつだ。


 かねてよりあの美少女三人に目をつけていたゾッドは、彼女らが銀行からカネを借りられなくなるタイミングを見計らって接触した。


 少しやさしくしてみせると、すぐに信用して甘えだすものだからケッサクだ。


 どんなに高い金利でもどんどんカネを借りに来るので、きもちよくポンポン貸してやる。


 もちろんその後、骨までしゃぶるためだ。


 骨のしゃぶり方はいろいろあるし、その“いろいろ”を実行する能力が彼にはあったから。



 ◇



「な、なによ、急に! 今までお金返せなんて言って来なかったクセに」


 激高するフレアを見て、ゾッドは『やれやれ』と心でため息をついた。


「別にこっちとしては説明してやる必要はないんだがな。法令順守コンプライアンスが俺のモットーだからね。明示しておくよ」


 そして、ゾッドは長髪をかきあげると、クズ女たち……女勇者パーティに『現実』を説明してやった。


 今日、女勇者パーティの債権が不渡りを出していたこと。


 そうなれば今までの借金は一気に回収せざるをえないこと。


 そして、その手段はひとつ。


 彼女らの肉体を『娼館』へ売るしかないこと……


「そんな。ゾッド……どうして」


「言っただろう? キミたちにはそれだけの価値がある。その価値を回収しに来たのさ」


 そう。


 ゾッドは彼女たちの実力を正確に把握していた。


 S級はおろかA級クエストをこなすのも到底無理。


 プライドだけ高い、勘違い女たち。


 最初からカネが返ってこないことなどわかっていた。


 それでも少女たちは秀麗な顔だちと、若く健康的な肉体を持っている。


 そんな三人の美少女冒険者は資産家界隈でも人気があり、娼館に売れば数億ゴールドの『価値』になるはずだ。


「ウソでしょ? ゾッド。ねえ!」


「俺はウソをつかないよ。法令順守コンプライアンスがモットーだからね」


 美しい顔で、葉巻に火をつけるゾッド。


「ただ、別に本当のことも言わないだけさ」


「ふ……ふざけないで!」


「ククク、ふざけているのはそっちだろう。一体何千万ゴールド貸したと思っているんだ?」


「ちょっ、離しなさいよ!」


 ゾッドの拘束魔法が、すでに女勇者フレアを捕えていた。


 魔力の鎖が、美少女(商品)に傷をつけないギリギリの力でその手足を締め付けている。


 そう、ゾッドはちゃんと強い。


 B級冒険者相手ならなんなく圧倒するだけの力を持っていた。


 事実上A級に達しないフレアたちに勝てる相手ではない。


 さらに、宿の外には彼の部下が10人あまり待機し、牢馬車を三台用意しているのだ。


「離せ! この……離せっていってるでしょ!」


「ちくしょう、どうしてオレたちがこんな目に……」


「ヤバぁ……ちょーありえんしー」


 こうして三人の美少女の肉体はゾッドの拘束魔法の手中にある。


 悪は急げ。


 とっとと牢馬車へ積み、お得意先の娼館へ売ってしまおう。


(ククク……こんなクズ女どもでも、毎晩キモおやじの脂肪に組敷かれていれば少しはしおらしくなるだろうさ)


 そう思った時である。


「あの、ごめんくださいませ」


 宿の部屋に、銀メガネにタイトスカートの若い女があらわれたのは。


「なんだ? あんた」


わたくし、セリステと申します。銀行の者ですわ」


 そう言ってメガネを正してゾッドを見つめる女。


「失礼しますが、彼女らへは銀行も融資いたしておりますの。勝手に連れていかれては困りますわね」


「チッ、銀行か」


 ゾッドは舌打ちをする。


 が、すぐにアタッシュケースを開いて言った。


「ふん、銀行もこのクズ女たちには手を焼いているだろう? どうだ? 俺が銀行の持っているコイツらの不良債権を5割引で買ってやってもいいぞ」


「そうですわね……」


 と、セリステは考える様子。


 5割引とは言え、銀行からすれば返って来る見込みのない不良債権だ。


 銀行には娘を娼館に売るようなノウハウはないだろうし、半分でも返ってくれば御の字じゃないか。


 悪くない話のはずである。


「ちょっと! あんた助けなさいよ! 銀行の人間でしょ!」


「勘違いしてもらっては困りますわ。銀行は慈善事業ではございませんの。しかし……」


 セリステはまたメガネを正すと、今度はフレアへ冷たい視線を送った。


「しかし条件によってはお助けできるかもしれませんわね」


「条件?」


「ええ。あなたたちのことをよく調べると、今ガゼルダで活躍している魔法剣士カイト様がかつて所属していたことがわかりましたの。そうですわよね?」


「カイトならたしかに一年ほど前までいたけれど……それが?」


「そのカイト様を再びパーティに呼び戻すことができれば、助かるだけのお金をお貸しいたしますわ」


(ふっ……)


 それを聞いてゾッドは鼻で笑った。


 魔法剣士カイトと言えばガゼルダでもトップクラスと名高い冒険者である。


 確かに彼が加われば女勇者パーティはS級に上がり、すべての借金を返すことができるだろう。


 でも、そんな名高い男がこんなクズ女たちのパーティに加わるとは到底思えない。


 非現実的だ。


「え……そんなことでいいの?」


 だが、フレアは意外にも拍子抜けしたような顔で答える。


「ふふーん、なら楽勝よ。アイツはアタシが言えばなんでも言うことを聞くの」


「おまけにオレが二、三発殴っとけばすぐだな」


「助かったあ。ちょービビったしーw」


 女勇者たちに弛緩した空気が流れる。


(コイツら、マジか?)


 ゾッドの葉巻からポロっと灰がこぼれた。

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