第3話 勘違い


「やれやれ、邪魔なヤツがいなくなってせいせいするわね」


 女勇者フレアは機嫌よくベッドを跳ねた。


「でもよ。パシリがいなくなってこれからちょっと不便かもしれねえぜ?」


「大丈夫よ。そのつど召し使いを雇えばいいわ。あんなのの代わり、いくらでもいるんだから」


 つくりだけは綺麗な顔を枕にうずめて答えるフレア。


「それよりアタシのパンツを盗むヤツなんて最低でしょ?」


「たしかに、これ以上一緒にいられても気持ち悪いだけだぜ」


「でしょ、でしょ? あのパンツ、お気に入りだったのに」


 そんなふうにフレアとベラが言い合っている時だ。


「あっ……」


 聖女のノーラが小さく声をあげた。


「どうしたの? ノーラ」


「……これ」


 ノーラは少しだけバツが悪そうに、自分の荷物からイチゴ柄のパンティを取り出した。


「それ、アタシのパンツ……」


「ごめーん。私の荷物の中に混じってたみたい」


 三人の美少女は顔を見合わせて数秒黙る。


「ま、いいんじゃねえか? どっかで死んでるだろ」


「そうね。どうせいてもいなくても一緒なヤツだし」


「あはははは! ヤバぁ!(笑)」


 彼女らはそう笑って、カイトについて考えるのをヤメた。


 しかし、考えておくべきだったのだ。


 そもそも、それまでの女勇者パーティの功績のほとんどはカイトの力によるもので、この美少女3人にはほぼなんの力もなかったのである。


 それでも地元の村で子供カースト下位だったカイトを支配してきた彼女らにとって、『パシリの力は自分の力より遥かに下』という固い思い込みがあった。


 よって、パシリの力が上がれば、まるで自分の力も上がっているかのように錯覚していたのである。


 さらに、カイトがこなしたクエストの成果によって称賛を浴びてきたのは、いつも見た目の優れた女子三人だったのだから、なおさらだ。


 錯覚の上に成り立った高い自己評価。


 それを別名『勘違い』という。



 ◇



 ――1年後。


「フレアさん、困りますよ。またクエスト失敗じゃないですか」


「うるさいわね」


 ギルド職員の責めに、フレアは苛立って答えた。


「アタシだって人間なの。人間なら誰だって失敗はあるでしょう?」


「そうは言いますけどね。前のケロベロス討伐も、その前のキングオーク討伐も失敗しているじゃないですか。それで莫大な損害が発生しているんですよ」


「なによ。ちゃんと賠償金は払っているでしょ」


 魔物による被害で人は苦しむのに、カネさえ払っていればいいだろうというその態度はさすがである。


 ちなみに、G級~B級クエスト(全体の95%)には失敗による賠償金などはないが、A級、S級クエストには社会的な責任が重いものが多く、高い褒賞金の一方で賠償金も設定されているのだった。


「当ギルドが言いたいのはですね。もう少しクエストのランクを落とした方がよいのでは、ということですよ。一年前にすでにパーティのランクがA級にあがっていたからといって、A級クエストばかり選ぶことはないんですよ?」


 ギルド職員は暗に『あんたらにA級クエストは無理だ』と言いたい様子だったが、フレアは耳をかさない。


「ふざけないで。アタシたちは女勇者パーティなのよ? 今さらB級クエストなんて、ダサくてやってらんないわ」


 虚栄、それも大きな行動原理ではあるが……


 フレアがA級クエストにこだわるのは他にも理由があった。


 それは、A級クエストの失敗で発生した賠償金のためにした借金を、B級クエストの褒賞金で返すとなると何年かかるか知れないからである。


 逆にA級クエストをどんどん成功させていき、S級にあがれば多少の負債など何の問題もないはずだった。


 なにしろS級はA級のさらに何倍もの褒賞金が設定されているのだから。


「私は女勇者フレアよ? 今はちょっと運が向いていないけれど……風向きが変わればすぐにS級で活躍するようになるわ!」


「まあ、そこまでおっしゃるならご紹介いたしますがね。先に今回の迷宮ミノタウロス攻略失敗の賠償金を支払ってもらってからになりますよ」


「……わかっているわよ」


 そう。


 A級以上のクエストの紹介を受けられるのは、失敗したクエストの賠償金を支払ってからとなる。


「すぐにお金持って戻ってくるから。クエスト用意しておきなさい!」


 フレアは受付のテーブルをバン!っと叩いてギルドを出た。


(腹立つー! それもこれも、ぜんぶアイツの……カイトのせいだわ)


 どうしてカイトのせいになるのか意味不明であるのは置いておいて、フレアたちはこれまでもクエストを失敗するたびにカネを用意せねばならなかったわけだ。


 どうやって?


 最初は銀行が喜んで貸してくれた。


 銀行は女勇者パーティがやがてS級にあがるものだと見込んでいたからだ。


 しかし、彼女らのメッキが剥がれていくと、もう銀行は貸さなくなる。


 そんな時だった。


 彼女らの元にひとりの若き紳士風の男があらわれたのは。


 彼はゾッドという金融業者で、金利は多少高いものの、言えば言うだけすぐに貸してくれた。


「俺はね。『投資』しているのさ。キミたちにはそれだけの価値があるから」


 そう言って長髪をかきあげて葉巻へ火をつける姿はサマになっていた。


 長い手足に、高級そうなスーツ、涼しげな目元。


(うふふ、やっぱりわかる人にはわかるんだわ。アタシたちがS級に上がるってことを)


 度重なるクエストの失敗でさすがに自信を失いつつあったフレアも、この魅力的な男性に価値を見いだされてそんなふうに思った。


「ただいまー!」


 さて、冒険者ギルドから宿に帰って来たフレアは、着替えをして、ゾッドにカネを借りにいこうと考えている。


「やあ。フレア」


「あらゾッド! ちょうどよかったわ!」


 しかし、折よく彼がフレアたちの宿泊している宿を訪れていたので、出かける必要はなくなった。


「またお金を貸してほしいの。ほんの2千万ゴールドよ。いいわよね?」


 そう言うと、いつものゾッドならアタッシュケースの中からゴールド札の束をレンガのようにガツンガツン積んでくれたのだが……


「残念だけど、今日はカネを貸しに来たんじゃなくてね。返してもらいに来たんだよ」


「は?」


 胸がトクンと鼓動を早める。


「な、なによ、急に! 今までお金返せなんて言って来なかったクセに」


「フレアぁ……ヤバイよお」


「オレたち、娼館に売られちまうらしいぜ」


 聖女のノーラと女戦士のベラが部屋のすみでガタガタと震えているのを見て、フレアも血の気がサッと引いていくのを感じた。



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