第2話 あんたでしょう

 女勇者パーティは、いつもベッドが三つの宿を取る。


 その三つのベッドには、フレア、ベラ、ノーラが寝て、カイトは床に丸まって眠るのだ。


『まさか、アンタ仲間に床で寝ろって言うんじゃないわよね?』


 そんなふうに言われたのはいつだったろうか。


 それ以降、カイトが床で眠るのは規定事項となった。


 彼は三人の美少女たちが眠るベッドの足元の床で、疲れた身体を横たえる。


 そして、一度眠れば決して物音を立ててはならなかった。


 ジッとして寝がえりを打つこともできない。


 もし少しでも音を立てようものなら、フレアに怒鳴られ、最悪ベラから折檻を受けることになる。


 トイレに起きることもできなかったから、真夜中に尿意を感じればそのまま眠れずに朝まで起きているハメになった。


 そして、夜が明けた。


「ない! ないわ!」


 そんな叫び声で、目が覚める。


 すると、フレアがベッドの上で自分の荷物をひっくり返しているのが見えた。


「どうしたんだ?」


「めっちゃヤバそうじゃーん?」


 ベラとノーラも不思議そうに起きだす。


「ないのよ! アタシのパンツが一枚……盗まれたんだわ!」


「なんだって!」


 それを聞いたカイトも立ち上がり、仲間のパンツを盗んだ下着ドロボーに対して怒りをあらわにした。


「許せない! すぐに町の自警団に届けないと」


 と言うのだが、美少女三人はピキ……と固まって、一斉にカイトの顔を見る。


「……その必要はないわ。犯人はわかっているから」


 すると女勇者フレアはひとさし指をビシッとこちらへ向けて言った。


「あんたでしょう。私のパンツ盗んだの」


「……へ?」


 意味がわからず固まってしまうが、しだいに疑いの重大性に気づく。


「ち、違う! 僕がフレアに……仲間にそんなことするわけないだろ?」


「えー、マジー? チョーきもいんですけどぉ」


「まさかそこまでクズだったとはな」


 聖女のノーラと女戦士のベラも決定的に敵意を向け始めた。


「違うって言ってるだろ!! 信じてくれよ、仲間だろ」


「ぷっ(笑)何が仲間よ」


 フレアはあざけるように笑うと、胸を張って続ける。


「仲間っていうのはね、対等な関係の者どうしのことを言うの。あんたみたいなパシリ、最初から仲間なわけがないでしょう?」


「パ、パシリ……」


「なによ? うっとおしいわね! これ以上口答えするなら罪人として城へ突き出すわよ。それがイヤならとっとと私の目の前から去りなさい」


「……うっ」


 カイトはなんとか無実を晴らそうと頭を巡らせる。


 だが、美少女三人のこちらを生ゴミでも見るかのような視線の圧で、もう何を言ってもくつがえらないことを悟った。


「……わかったよ」


 そう言って背を向ける。


「僕はパーティを去る。それでいいんだろ?」


「ちょっと待ちなさい!」


 ところが、宿の部屋を出ていこうとすると、フレアは制止する。


 やはり引き止めてくれるのかと思って振り返るが……


「なにそのまま出ていこうとしているの? お金と装備とアイテム、全部置いていきなさいよ」


「な、なんで? これは僕の分け前……」


「言ったでしょう? 仲間って言うのは対等な関係の者のことを言うの」


「そうそう。仲間でもねえヤツに分け前なんてあるわけねえよなぁ」


「あははは! ヤバぁ。お金もアイテムもなくちゃ死んじゃうねーwww」


「っ……」


「なによその目。下着ドロボーのクズのくせに……こっち見んじゃないわよ!」


 フレアはそう言ってカイトの頭をバシン!と思い切り殴った。


「うう、痛い……」


「ふんッ、気持ちわるいんだから。あんたのアイテム・ストレージの中も全部出しなさい。それで二度とアタシの前に姿をあらわさないでよね!」


 こうしてカイトは決定的にパーティから追放されたのであった。



 ◇



 女勇者パーティが泊まっていた宿を出ると、カイトは町を出て、森を行った。


「うーうーうー(泣)」


 涙が止まらない。


 けっきょく装備も、アイテムも、お金も、すべて取り上げられてしまった。


 でも、それよりも……


 仲間に信じてもらえなかった。


ーー仲間っていうのはね、対等な関係の者どうしのことを言うのーー


 そして、これまで「仲間」と言ってくれていたのは全部ウソで、やっぱりパシリとしか思われていなかったこと。


 そのことが悔しくて、悲しくて、涙が止まらない。


「きゃああ!」


 しかしそんな時。


 森の向こうで絹を切り裂くような悲鳴があがる。


 涙は止まっていた。


 非常事態は人を瞬間非情にさせる。


 カイトは悲鳴の方へ走っていった。


「どうしたんですか?」


 しばらく行くと横転している馬車があり、そばに商人風の男たちと町娘風の女性、おじいさんとおばあさんが数人倒れていた。


「ううう、痛てえ……」


「……まさかブリザード・ドラゴンがあらわれるなんて」


 ブリザード・ドラゴン?


 この辺りには出現するはずがない魔物だった。


 そういうレアケースは早く対処しないと被害が広がってしまう。


「魔物はどこに?」


 と尋ねるが、馬車の人々はケガに苦しんでいたり、気が動転していたりしてまともに答えられない様子だ。


 先に回復してあげないと。


「痛てえ、痛てえよお……って、あれ? 痛くない」


「あら、本当!?」


「ワシなんぞ頭髪も復活したぞい! ラッキー!」


 回復が済むと、みな落ち着いてきたようだ。


「それでブリザード・ドラゴンはどこに?」


「あっちだ。今護衛の冒険者たちが戦ってくれている」


「そうですか。ありがとうございます!」


 礼を言うと、そちらへ駆けて行く。


 ギャオオオオ……!!


 ブリザード・ドラゴンは、あたりの木々をなぎ倒しながら二人の冒険者と対峙していた。


 冒険者は、剣を持った男がひとり、弓を持った男がひとりである。


「くっ、なんて野郎だ」


「……ここまでか」


 二人とも熟練の冒険者に見えたが、敵はブリザード・ドラゴン。


 相手が悪い。


 剣の男は頭から血を流し、弓の男は脚をやられている様子である。


「伏せて!」


 カイトがとっさにそう叫ぶと、二人はさすがに冒険者で瞬時に身をかがめた。


 同時に、ブリザード・ドラゴンの口から『凍えるブレス』が放射され、彼らの後ろの木が一瞬のうちに氷り、砕けた。


「う、危ないところだった」


「なんだお前は?」


 二人はこちらの存在に気づいて尋ねるが、今はそれに答えている場合ではない。


 ギャオオオ!


 ブリザード・ドラゴンが二発目のブレスを吐き出そうとしている。


「不死鳥の業火!」


 カイトは右手をかざし、炎属性の魔法を放った。


 ゴオオオオオオオオ!!!!!


 不死鳥型の炎は螺旋らせんを描き、凍えるブレスをかき消すと、そのままブリザード・ドラゴンの巨体を巻き込み、燃え盛った!


「すいません。これ、貸してください」


「あ、おい!」


 空手だったカイトは男の剣を拝借し、燃えるドラゴンへ飛びかかった。


(とどめだ……ッ!)


 剣はドラゴンの喉元を一閃。


 通常であれば鋼より硬いドラゴンの皮膚も、氷属性の魔物に対して火属性の魔法を浴びせていたからその硬度が低下しているのである。


 ギャアアアアアス……


 やがて炎が消えると、ブリザード・ドラゴンは丸焦げで横たわっていたのであった。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「おかげで助かりました!」


 戦闘が終わると、馬車の人々が駆け寄り、カイトを取り囲んだ。


「ええと……その……」


 そんな経験は初めてだった。


 これまでクエストが終わると称えられるのはフレアたちで、その間にカイトは先に彼女らのご飯を作ったり、掃除や洗濯をしていたのだから。


 別に感謝されるために人を助けるわけじゃないけど、「ありがとう」という言葉はやっぱり心に染みた。


「おーい、あんた。助かったぜ!」


 そこで剣使いと弓使いの二人が駆け寄って来て、カイトの手をギュッと握って言う。


「危ないところだった。キミがいなければやられていたよ」


「それにあんたみたいな強い男に会えるなんて光栄だぜ。一体何者なんだ?」


「ええと、僕。カイトっていいます。一応冒険者をしていて……」


「冒険者? 失礼だが、その割には界隈で聞いたことがない名だな。まだ駆け出しなのかい?」


「ええ、まあ……そんなところです」


 女勇者パーティに所属していたことは言わない方がよい気がして、言葉を濁した。


「どちらにせよすばらしい才能に違いないけどな」


「ああ。ドラゴンを一瞬でほふる剣と魔法、毛根すら再生する回復魔法……キミならきっと冒険者として成功するよ」


「……成功?」


 成功という言葉を、知らなかったわけではない。


 しかし、自分とその言葉との関係について考えたことがなかったカイトは少し困惑してしまった。


「ちょっと、旦那だんな旦那だんな!」


 そんな時、馬車引きのおやじが割って来て言う。


「我々はちょうどガゼルダへ行くところなんですがね。御用がなければ一緒に乗っていかれませんか?」


「そりゃあいい!」


「ガゼルダならキミの力も思う存分発揮できるだろう」


 冒険者ふたりもそう勧める。


 ガゼルダはここから100里ほど東の、冒険と商業が発達した魔法の街だ。


 もともとフレアたちから離れようと思って森を進んでいたわけで、ちょうどいいとは思うが……


「すいません。そうしたいのは山々なんですけど、僕、お金持っていないんです」


「なにをおっしゃいます!? カネなんざいらねえんですよ」


 と、馬丁のおやじ。


「え、それじゃ悪いし……」


「旦那のような強えお方が乗ってくだされば安心なんです。カネならこちらが払わなきゃいけねえくらいですよ」


 そこまで言うならということで、馬車に乗せてもらうことにした。


 ヒヒーン……!


 馬車は直り、出発する。


 車両の人々はみなカイトを歓迎し、いろいろな話をしてくれた。


 商人に街娘、老夫婦や冒険者……


 人からひとりの人間として接してもらえることが、こんなにも楽しいことだとは知らなかった。


 気づけば空は青く、心はスッとんでいる。


「さようなら、フレア」


 カイトは来た道を振り返り、そうつぶやいた。


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