エキストラエピソード 猫探偵マカロン 下

「戦闘フォーメーションっ!」


 俺の言葉で、パーティーが動いた。


 前衛は俺とマカロン。ティラミスはその後ろで、悪ガキふたりをしっかり抱いている。妖精プティンはもちろん俺の胸だ。


「抜剣っ」


 マカロンと俺が剣を抜く。


「ひいーっ」

「ほ、本物の剣だっ」


 背後でガキの悲鳴がしたが、それどころじゃない。


「なーん……」


 猫の声がすると、奥の陰からなにかが現れた。真っ黒の闇。ぼんやり人の形をしていて、胸に三毛猫を抱いている。なかなかの美猫びびょうだ。


「霊だよっ!」


 プティンが叫ぶ。


「でも……悪霊じゃない。彷徨える魂だよこれ、ブッシュ」

「なんだ、それ」


 注意深く剣で牽制しながら、横のマカロンを窺った。まっすぐ霊を見て、マカロンの剣はわずかな揺れもない。


 凄い……。子供の腕力では、あの剣でもかなり重いのに。おまけに恐怖に震えもしていない。俺が命じれば、命を捨てても敵に襲いかかるだろう。


「彷徨える魂というのは、成仏できない霊のことだよ、ブッシュ」

「いえ」


 ティラミスが割り込んできた。


「この魂は少し違う。……なにか、ブッシュさんに近いものを感じます」


 俺の後ろに悪ガキを隠すと、一歩進み出た。


「魂が苦しくて辛いのね……。だから迷い猫を抱いている。束の間、安心できるから」

「ぼくは……」


 もやもや揺らぐ影から、男の声が聞こえた。


「ここがどこだかわからない。……覚えているのは、小説。読んでいたんだ。『遙かなるアルカディア』を」


 えっ!? それ、転生の瞬間、俺が読んでたゲーム小説じゃん。


 てことは、こいつ……。


「あんた」


 俺は剣を収めた。それどころじゃない。こいつも転生者だ、おそらく。俺と同じで、ゲーム小説「遙かなるアルカディア」世界に転生してきた。……ということは、俺が転生した理由とかがわかるかもしれない。


「なにがあったんだ。あんたも小説を読んでたんだな。あのゲームの」

「パパ……」


 不思議そうに、マカロンが俺を見つめた。剣を収めた俺を見て、自分も剣先を下げている。


「わからない……」


 霊体が答えた。


「ただ、闇の通路を抜けた。脇に何人かいたんだ。男も女も。だけどすっと、なにか奪われるような感覚がして、力が抜けた。見ると、みんな姿が消えて真っ黒になってた。……ただひとりを除いて」

「ただひとりだと」

「ああ、そいつの姿は大きくなった。体が膨らみ、醜い姿に――あうっ!」


 叫ぶと、影が揺れた。


「苦しい……苦しい。ぼくは成功しなかったんだ。だからもう消してくれ。頼む」

「ブッシュさん……」


 ティラミスが、俺の腕をそっと取った。


「この方を救いましょう」

「どうやって」

「マカロン……」

「ママ」

「あなたには世界を救う力がある。彷徨える魂だって救えるはずです」

「……ママ」

「剣であの魂を突いてあげなさい。苦しみを終わらせると、強く願いながら」

「でも悪い人でもないし……。パパ……」


 困ったように、俺を見上げてきた。


「ママの言うとおりにしなさい、マカロン」


 ティラミスはそもそも神体だ。おそらく、俺の感知できないことすら理解できている。


「お前は罪のない人を倒すのではない。苦しむ魂を救ってやるんだからな」

「う……ん。わかったよ、パパ」


 剣を上げると、マカロンは瞳を閉じた。なにか口の中で呟いている。


 ……と、マカロンの剣が微かに光を帯びた。白銀に。


「見ろっ。剣が……」


 ビックルだかハックルだかは、呆然とした声だ。


「おじさん、痛かったらごめんね」


 目を開けたマカロンは、剣をゆっくり霊体に差し込んだ。刺すというより、注意深く採血するナースのように。


「……っ」


 影が震えた。


「ああ……」


 ほっとしたような声だ。


「救われる……ぼくは……」

「なーん……」


 影から離れ、猫がすとっと地に下りた。


 影が小さくなった。マカロンの剣を中心に、渦を巻くようにして。


「ありがとう……」


 声はどんどん小さくなった。


「あいつには……気を……つけろ」


 それだけ言い残すと、影は消えた。完全に。今まで影がいたところを見上げると、なーんと、猫が鳴いた。それからマカロンの脚に、体をすりすりと擦り付ける。


「いい子だね」


 マカロンが猫を抱き上げた。


「わあ、舐めちゃダメだよ。くすぐったい」

「おい、凄いなお前」


 ハックルが駆け寄ってきた。


「魔法は使えるし、剣で霊を成仏させるとか」

「よし決めた」


 ビックルは鼻息が荒い。


「オレとハックル、お前の弟子になる。オレ達は冒険の旅に出るんだっ」


         ●


 もちろん、両親がそんな戯言たわごとを認めてくれるはずもない。例によって父親母親の前でだけはいい子になったビックルハックルは、諄々じゅんじゅんさとされて、涙目になった。


「でもよかったじゃない。ヴァンは戻ってきたし、お友達もできて」


 母親は、ふたりの頭を撫でた。


「そうだぞ。マカロンちゃん……だっけ、またこの村に来たら、絶対寄ってくれよな」

「うんおじさん、あたしそうする」


 匙でスイーツをぱくぱく口に運びながら、マカロンはごきげんだ。ティラミスやノエルも口数少な。「山桃やまももの濃厚蜂蜜がけ」を、せっせとやっつけている。あープティンも自分の分にかぶりついてるぞ。


「ヴァンまで見つけて頂き、ありがとうございました」

「いえ、いいんですよ」


 三毛猫ヴァンは、飼い主を差し置いてマカロンの膝に乗り、目を閉じてごろごろ言っている。


「この子は優しい猫ですね」


 ティラミスが微笑んだ。


「彷徨える魂に寄り添い、慰めてあげていましたよ」

「どんなところにも、冒険はあるのねー」


 ひとり留守番したノエルは、感慨深げだ。


「私もその場に居たかったな」

「安心しろ、ノエル。冒険はいくらでもある」

「そうよねブッシュ。特に……ブッシュと一緒にいれば」


 きゅっと、俺の手を握ってきた。


「これからもよろしくね」

「おう」


 わいわい楽しんでいるみんなを見ながら、俺の心はあの魂に飛んでいた。あれは言わば、転生に失敗した「俺」だ。ひとつ間違えば、俺もああなっていたに違いない。


 あいつと俺、なにが違っていたのかはよくわからん。でもなんらかの理由があって、俺はここにいる。せっかく生かされた命だ。きちんとマカロンを育てないとな。


 俺は、改めて決意した。




●明日2/7、本編第二部「王女の婚約者」編、連載開始!

ある日、王宮に呼び出されたブッシュは、とてつもない任務を命じられる。タルト王女のために引き受けるが、はるばる遠国まで赴いたブッシュ一家を待っていたのは、

謎に満ちた陰謀だった……。

第一話「秘密の任務」、お楽しみにー!



●業務連絡

現在、並行して「即死モブ転生」連載中です。こちらもぜひフォローの上、お読み下さい。冒頭が面白かったら星評価をぜひお願いします。


「即死モブ転生」は星7000近い人気作。現在第三部まで完結して第四部を公開中と、読み応えもたっぷり。本作に比べ大人なラブコメ要素も強いので、ラブコメ好きの方もご満足頂けるかなと思います。


即死モブ転生からの成り上がり ――バグ技&底辺社畜力でひっそり生きてたら、主人公のハーレム要員がなぜか全員ついてきたんだが。主人公はしっかり王道歩んで魔王倒せよ。こっちはまったり気ままに暮らすから

https://kakuyomu.jp/works/16816927860525904739

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る