エキストラエピソード 猫探偵マカロン 中
「猫かあ……」
期待に満ち満ちた悪ガキふたりの視線を浴びながら、俺は考えた。
「どこにいると思う」
「そうね……」
ノエルは、唇に指を当て、天井を見た。
「普通に家出とか。……盛りがつくと、異性を求めてうろつくのが普通だし」
「サカリってなあに、パパ」
「さ、寂しくなるんだよ。恋人が欲しくて」
とりあえず、嘘はついてない。ごまかしてはいるが。
「ぷぷっ」
プティンが噴き出した。
「ブッシュったら、焦っちゃってさ」
「ならお前はどう思うんだよ、プティン」
「ねずみでも追っかけてるうちに天井裏に行っちゃって、下りられなくなったとか」
「それならご家族の方が、すぐに気がつくと思います」
まことにもっともな指摘を、ティラミスがする。
「なら外で決まりだな。おいハックルにビックル」
「ビックルにハックルだよ」
「なんだ順番があるのか」
「オレのほうが長男だからな」
「どうでもいいだろ、双子なんだから。……とにかく、その猫の行きそうな場所に心当たりあるか」
「とっくに探した」
そりゃそうだ。
「それでもどこかあるよね、パパ。どこかあるんじゃないかな。その猫さんが気に入っていたとことか」
「ヴァンは、よく村外れの荒野に行ってたよ。子猫のときにそこで拾われたからさ」
「きっと、生き別れになったママが恋しいんだよ。……そうだよね、パパ」
「そうだな、マカロン」
頭を撫でてやった。マカロンは二度とそんな辛い目に遭わせないからな、パパ。
「でもそんな場所、オレが最初に捜したし……」
ビックルは困り顔だ。
「あっビックル、あそこはまだ捜してないぞ。荒れ野の外れにあるボロ家」
「あそこ……幽霊が出るからなあ……」
ビックルは唸った。
「ヴァンだって、幽霊怖いから行かないだろ」
「なんかいわくのある家なのか」
「元々住んでいた人が、火事を出して死んじゃったんだって。オレ達が生まれるずっと前だけど」
「それでそのまま放置されてるんだ。でも夜な夜な幽霊が出るって話」
「だから村の人は誰も近づかない」
「オレ達だけだな、度胸試しの冒険で近づいたのは」
胸を張ると、ハックルは鼻水を拭った。
「おう、なんたって五十メートルまで近づいたからなっ」
いやそれ、近づいたって言うんかお前……。
「決まりだねっ」
俺の膝から、マカロンが飛び降りた。
「その家を探検してみようよ、パパ」
「えっ……」
ビックルとハックルが顔を見合わせた。
「幽霊が怖くないんか、お前。野っ原の噛みつきバッタより、よっぽどおっかねえぞ」
●
「パパ、きっとあれだよ……」
俺に肩車されたマカロンが、前方を指差した。前方数十メートル先で、草がこんもり盛り上がっている。ところどころ黒焦げの板が覗いている。長い放置で、廃屋が草に埋もれたのだろう。
「こ、こんなに近づいて大丈夫かな」
「も、もう戻ったほうが」
悪ガキふたりは、もうビビってるわ。俺の腰に、しがみついてやがる。
「よしマカロン、行ってみよう」
村外れの荒れ野は、ガチの荒れ野だった。首まである雑草が生い茂り、獣道を外すと歩くのに苦労するくらい。草を掻き分けるようにして、俺達は進み始めた。
「ブッシュさん、こちらです」
ティラミスが、獣道を先導する。
一応、ノエルだけは食堂で留守番してもらった。そう時間は取らないつもりだが、ご主人が戻ってきて無人だと心配するだろうからな。
「どうだプティン、猫の匂いがするか」
「はあ? ボク、犬じゃないし」
胸から俺を見上げると、むくれてみせた。
「でもお前、ダンジョンだとモンスターの気配に敏感じゃないか」
「それとこれとは別だよ、もうっ」
俺の胸を、どんと叩く。
「パパ下ろして、あたしが探検する」
もうボロ屋のすぐ脇だ。草いきれに紛れ、焼けて腐った木材の、
「パパも行く。いいかマカロン、床に気をつけろよ。腐ってると踏み抜くからな」
「わかったよパパ。あたし注意するね」
「おいビックルハックル、お前らはどうする。外で待ってるか」
「べ、別にビビってねえし。行くし。取り残されると怖いからじゃねえし」
「オレも行くし……おっさんの後ろから」
「テ、ティラミスさん……手を握ってくれよ」
「はいどうぞ」
「触れ合ったからといって、オレに惚れるんじゃねえぞ」
はあ、勝手にしろ。お前らまだオムツ取れて間がないだろ。
「よしマカロン、進め」
「うん、パパ」
崩れた木材や床を突き破った草。足場の悪い床を、マカロンはゆっくり歩き始めた。床板を鳴らしながら。
窓はほぼ完全に草に埋もれており中は暗いが、天井の穴から覗く太陽で、かろうじて内部の様子はわかる。
「ブッシュさん、二階は崩れています」
「そうだな、ティラミス」
どうやら二階建てだったようだが、一階天井はほとんど崩れ落ちており、二階の上の屋根が見えている。階段は完全に焼け落ちており、そちらには進めない。
「マカロン、注意しろよ」
「わかってるよ、パパ」
「どうだ、猫の気配はあるか」
「ない」
首を振ると、俺を振り返る。
「でも、この先に階段があるよ、パパ。地下室があるみたい」
「行けそうか」
「うん。石でできてる」
石段なら、踏み外して落下とかはなさそうだ。
「地下に向かって呼んでみろ。名前は……えーと……」
「ヴァンだよ、おっさん。もう忘れたのかよ」
「頼りねえなあ」
馬鹿にされたわ。いやお前ら、腰引けててティラミスの手を握り締めてるのに、なに言ってんだと。
「ヴァーン、いるの」
マカロンの呼び掛けに、返事はない。
「もう一度」
「ヴァーン……」
――なーん……――
「今の、猫だよね、パパ」
「もう一度だ」
「ヴァーン」
――なーんご――
「ヴァンだ」
ハックルは嬉しそうな声だ。
「あいつ、地下を冒険してたんか。さすがはオレ様の手下猫。度胸があるわ」
いやお前ら、手下が猫しかいないとか、なかなかの「勇者」だわ。
「よし進め、マカロン。苔が生えてると階段が滑るから、ゆっくりとな」
「始祖のダンジョンの階段と同じだね、パパ」
「そういうことだ」
全員、階段下まで進んだ。
「地下はさすがに真っ暗だな」
「ど、どうすんだよ、おっさん」
「一歩も進めないぞ。怖くて」
「マカロン、トーチ魔法だ」
「わかった」
マカロンの手のひらに人魂のような灯りが生じると、頭の上まで飛んで静止した。
さすが後の勇者というか、マカロンは調理炎とかトーチ魔法とか、初期の魔法がすでに使えるまでになっている。
「えっ……」
ビックルが絶句した。
「お、お前、魔法使えるの? オレの村で魔法使えるの、診療所のハゲと分校の先生しかいないのに」
居ないところでハゲ扱いされてて気の毒だ。
「オレやビックルと同じくらいの歳なのに……。なにお前、天才かよ」
ハックルも目を見張っている。そりゃあな、マカロンは特別な存在だし。
「呼んでみろ、マカロン」
「ヴァーン」
「なーん……」
すぐ近くだ。
「気をつけてブッシュっ!」
妖精プティンが俺の胸を叩いた。
「いきなり霊体の気配がした。悪霊だったら取り殺されるよっ」
●明日、「猫探偵マカロン」完結。引き続き本編第二部「王女の婚約者」編、連載開始!
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