エキストラエピソード 猫探偵マカロン 上

●今後の予定

ショートストーリー「猫探偵マカロン」、本日2/4および2/5、2/6に上中下の三話にて公開。

2/7に、いよいよ第二部「王女の婚約者」編(仮題)連載開始!

ご期待下さい!





「さて……」


 宿屋から眩しい街路に出ると、俺は伸びをひとつした。


「なんとか終わったな」

「はい、ブッシュさん」

「パパママ、あたし甘いものが食べたい」

「マカロン……」


 しゃがみ込むと、ティラミスがマカロンに視線の高さを合わせた。


「今さっき、朝ご飯を頂いたばかりでしょう」

「だって……お腹減ったもん」

「マカロンちゃんは育ち盛りだものね……」


 ノエルが、ほっと息を吐いた。


「少し寄り道してもいいんじゃない、ブッシュ」

「それはそうだが……」


 王都近在の村で、タルト王女に頼まれた調査案件を昨日なんとか終えたところだ。後は王宮に戻り報告すれば、クエスト完了となる。


「報告もあるしなあ……」

「ぷぷっ」


 俺の胸に潜り込んでいた妖精プッシュが、手を口に当てた。


「ブッシュったら、一刻も早く姫様に会いたいんでしょ。半月も離れてないのに、もうこれだよっ」

「違うし」


 てか、みんなの前で余計なこと言うなし。誤解されるわ。俺と姫は、別に恋人同士ってわけじゃないしな。


「んならいいわ、そこに村の食堂がある。あそこで黒蜜ところてんでも食うか」

「ところ……なあに?」

「あーいや、気にすんな」


 いかん。前世発言が出たわ。


「なんかクリーム盛り盛りケーキとかあるだろ」

「わーいっ」


 俺の腹に、マカロンが抱き着いてきた。もう大喜びだ。


「パパ、大好き」

「仕方ないわね」


 溜息をつくと、ティラミスは立ち上がった。


「それならブッシュさん……」


 じっと俺を見る。


「あの……私も頂いていいでしょうか」


 期待に満ち満ちた瞳だ。


「もちろんさ」


 ティラミスが感情を表情に出すのは珍しい。やっぱ女子だな。神様みたいなもんなのに、甘味の魔力には勝てないのか……。


「えーとボク――」

「安心しろプティン、お前も一緒だ。もちろんノエルも。みんなでスイーツを楽しもうじゃないか」

「やったねっ」


 大喜びのプティンを撫でながら店に入った。


「いらっしゃい」


 田舎だけに、テーブル四つ程度の小さな店。奥のテーブルで子供をあやしていた若夫婦と思しきふたりが、俺達を見て立ち上がった。客は誰も居ない。


「四名様……に、これは珍しい」

「妖精様ですね。……こちらに」


 窓際のいい席に案内された。


「ご注文は」


 盆を持った奥さんだ。貧しい身なりだが、それなりに清潔に気を遣っていて、なかなか好感度高い。


「なにか甘いもの、ありますか。それ五人前」


 正確には四人+妖精で、プティンは一人前は食べ切らないだろうが、まあ誰か食うだろ。なんなら俺の分だって、半分くらいはマカロンに奪われるだろうし。


「そうですね……」


 少し考えた。


山桃やまももの濃厚蜂蜜がけ、とかどうです。村の名物ですよ」

「そうそう」


 ご主人が説明を引き継いだ。


「山桃はさっぱり清涼な味わいで香りが最高。それに合わせる蜂蜜は、村外れの湖のほとりにしか生えない淡雪草あわゆきそうの蜜でして、これが極めて濃厚。なにしろねっとりで、匙からなかなか垂れないくらい。淡雪なんて名前からは信じられないほど香りと甘味が強くて、もうひとくち含むだけで、幸せの香りと甘味が口いっぱい――」

「それ下さい」


 聞き終わる前に、ノエルが高らかに宣言した。どうしようかブッシュ――とか、相談は全くない。まあこんな説明受けたら、そらそうなるわな。


「んじゃあそうすっか。みんないいだろ」


 もちろん全員頷く。


「ただ、時間が掛かります。養蜂ようほうの巣箱から、ふたりで蜜を採ってきますので」

「へえ、珍しいですね」

「この蜜、巣箱から分離した瞬間が最高なんですよ。もちろん採取後も長く食べられますが、ウチでは新鮮なものをお出ししています」

「一時間ほど掛かりますが……」


 奥さんは、申し訳無さそうな顔だ。


「いいよーそれで」


 プティンはもう、よだれを垂らさんばかり。


「それより、ふたりとも店を空けて、大丈夫ですか」

「どうせこの時間は、お客さん来ないですし。わははっ」


 ご主人が、豪快に笑い飛ばした。


「ありがとうございます」


 奥さんが深々と頭を下げる。


「あとひとつだけ。その間、子供を見ていてもらえますでしょうか」

「あのふたりですね。いいっすよ」


 見た感じ、マカロンと同じくらい――つまり幼稚園なら年長組といったところ。男の子で、顔もそっくりだ。


「双子なんですね」

「はい。ビックルとハックルです。……ほらふたりとも、ご挨拶は?」

「お兄さん、こんにちは」

「僕たちのこと、よろしくお願いします」


 ふたりとも、膝に手を置いたまま、頭を下げる。


「いい子ですね……。しっかりしてるわ」

「では、しばらくお待ち下さい」


 夫婦は出ていった。


 ……と、入り口をじっと見つめていたビックルとハックルが、すっと立った。ばたばたと、俺達のテーブルまで駆けてくる。


「うおーっ、すげーっ」

「オレ、妖精とか初めて見た」


 手を伸ばし、プティンを握ろうとする。


「ブッシュ……」


 テーブルから飛び立ったプティンは、俺の胸に潜り込んだ。奥深くまで。


「勘弁してやってくれ。握ったら潰れちゃうからな」

「けっ。なんだケチ」

「そうだそうだ。妖精なんて、バッタと同じだろ」


 あら……。こいつら、親が居たときとだいぶ違うな。どんだけ猫、被ってたんだよ。


「おい、お前」


 ビックルが……多分ビックルだよな……、マカロンの前でそっくり返った。


「なんで剣なんか下げてるんだよ」

「マカロンちゃんはね、冒険者なのよ」

「へえーっ」


 ノエルが説明すると、無遠慮にじろじろマカロンを眺め回す。


「ならマカロンお前、オレ達の手下にしてやる」

「そうそう。オレとビックルの手下。……弟子でもいいぞ。今からバッタ退治に行こう」

「……パパ」


 困ったように、マカロンが見上げてきた。


「マカロンは誰の手下でもないぞ。俺達と冒険者パーティーを組んでるからな」

「なんだ、偉そうにコイツ」


 俺、こいつ扱いか……。


「パパは救国の英雄なんだよ。英雄ブッシュ」

「はあ? そんな奴、知らんし」

「あれ、誰かがその噂はしてたな。……お前、ニセモノだろ」

「違うもんっ。パパは世界一だもんっ」

「まあまあ、落ち着けマカロン」


 膝の上に座らせて、抱っこしてやる。


 そりゃあな。この世界に写真も放送もないしな。俺が本人である証拠なんかない。


 それにお触れなんて原始的手段で情報を流すんだから、世界の隅々まで広がるのに時間も掛かるし、途中で話が変形しても不思議じゃあない。


 まあ俺はそのほうがありがたい。別にちやほやされたいわけじゃないし。


「おい、おっさん」


 ハックルは俺を睨んだ。てか鼻垂れてるけどな。


「おっさんが冒険者だってんなら、証拠を見せろ」

「証拠?」

「ああそうさ。実は二日前から飼い猫が居なくなっててさ。父ちゃんも母ちゃんも心配してるんだ」

「母ちゃんなんか夜、泣いてるからな」

「だからおっさん、猫、見つけてくれよ。そうしたら冒険者だって、信じてやるからさ」

「猫……ねえ」


 俺、なんだか楽しくなってきたわ。あの「始祖のダンジョン」で生きる死ぬしてた恐怖のクエストに比べたら、悪ガキ相手のクエストとか暇潰しみたいなもんじゃん。


「パパ……」


 首を捻って、マカロンが俺を見た。


「捜してみようよ。あたしも手伝うから」

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