エキストラエピソード 妖精と王女のバスタイムトーク

●妖精プティン視点のショートストーリー

ep-2 深夜、王宮……寝台にて

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330648520597886/episodes/16817330652344972211

の直前、タルト王女私室での話です。




「ほら、おいでなさい、プティン」


 王女の私室。琺瑯ほうろうの浴槽に胸まで漬かると、タルト王女はボクに向かい手を広げた。


「姫様」


 飛んで浴槽に体を沈めると、姫様の胸の谷間に位置取る。柔らかくて温かい。すべすべだ。


「やっぱここだよねー」


 ボクは思わず、溜息をついた。


「ブッシュとお風呂にすると、こうやってもごつごつしてるからさ。寛げないよっ」

「仕方ないでしょ。殿方なのですから」

「まあねー。胸がない分、ヘンなところが出っ張ってるし」

「まあ」


 姫様がくすくす笑うと、胸が揺れた。やっぱり姫様のこの定位置、天国だよね。両方の胸が浮力で張るから変な話、肘置きみたいになるし。


「ブッシュって、鈍いよねー。お風呂でせっかくボクが姫様に体を貸したのに、気づかなかったじゃない」

「そうね。ブッシュ様ったら、プティンがわたくしの声色を使ってると、怒ってらしたし。ふふっ……。かわいらしい御方」

「ねえねえ、どうだった姫様。男とキスしたの初めてでしょ。ねえねえ」

「そうねえ……」


 首を傾げた。


「わたくしも、殿方に抱き着いて首に接吻とか始めてだかったら、どきどきしちゃったわ」

「あっちのほうの触り心地もわかったでしょ」

「プティンったら、お風呂で触ってたものね。洗うんだーとか言い張って」

「一瞬で剥がされちゃったけどさ」

「うふふ……。殿方の体が不思議な触り心地なのは、わかったわ」

「いつの日か姫様も、直接知るようになるよ」

「そうね……」


 遠い目をした。しばらく黙っている。


「でもずっと先だわ。わたくしが結婚するのは」


 ほっと息を吐いた。


「わたくしの婚姻より、もっとブッシュ様の話をしましょう。ブッシュ様は救国の英雄よ。今日、守護神様の再起動に成功して、魔王の手先ランスロット卿も倒したのだから」

「まさかティラミスが守護神だったなんてね。ボク、驚いちゃったよ」

「本当にね」


 姫様は、ほっと息を吐いた。


「でも良かったわ。守護神様は、これまでも王国を守護してくれると言って下さったし」

「王様も大喜びだったよねー、晩餐会のとき」

「お父様ったら、すっかり酔っ払ってしまわれて、ブッシュ様、お困りになっていたわ」くすくす


「王様、昔よりお酒に弱くなったよね」

「そうね。まつりごとは激務だもの。体を擦り減らすのは仕方ないのかもね」

「王子も王妃もいないから、公務は王様と姫様に集中するしね」

「ええ……。なんとかご負担を軽くしてあげたいわ」


 姫様を産んだときに、王妃様は亡くなった。その話をすると王様は嫌がるんで詳しくは知らないけど、出血のためと言われてるんだよ。そのとき、ボクも生まれたんだ。姫様と魂を共有する、ソウルメイトとして。


 ボクは妖精。姫様と同時に生まれたのには理由があるんだよ。無聊ぶりょうをかこつ姫様を慰め、万一のときにその身を護るだけじゃない。ボクにはもうひとつの任務があるんだ。姫様すら知らない。


「近々、ブルトン公国から使者が来るんでしょ、姫様」


 注意深く、ボクは話題を変えた。


「ええ。あそこは最近力を付けてきた国だし、同盟国でもある。お父様の力になるような話だといいわね」

「だといいねー。向こうは大陸の端で貿易が盛んだし、きっとこっちの権威が欲しいんだよ」

「そうかしら」

「そうそう」


 体を捻るとボクは、王女の左胸に顎と腕を乗せた。柔らかいよー。……はあー天国。いい匂いするし。


「財布が一杯になったら、次は頭が寂しくなるんだよ」

「権威の王冠か……。ウチは歴史だけは長いものね」

「だねー」

「それよりプティン、ブッシュ様のことをもっと教えて。その……戦いのときとか」

「戦い……最後のだよね」

「ええ。わたくしの祈りが届いて良かったわ。だってあのとき、お亡くなりになりそうだったんでしょ」

「姫様の助力の件は、王様やみんなには内緒だったもんね。あの場にいたボクたちだけの秘密。だって……」

「そうね」


 姫様は、浴槽を隠す衝立の向こうに一瞬、視線を置いた。ここは完全プライベートの居室兼寝室だから、侍女もいない。入浴中や就寝中は、警護の兵ですら遠慮して廊下の端まで下がるから。それでも一応、警戒したんだよ。姫様は慎重だからね。


 それくらいじゃないと、王族は危険なんだ。地位だけじゃなく、文字通り命の危険があったりとか……。王宮内部にだって、いくらでも陰謀はあるからね。ひとりっ子で跡目争いがないだけ、まだマシだよ。


「姫様の生涯一度の護りを受けて、ブッシュ達三人は黄泉の旅路から戻ってきた。寸前でね。……神殺しの剣傷は、救いようがなかったんだ。もうほとんど死んでいたからね」

「良かった……ブッシュ様」


 ボクの頭に、ぽつんと熱い液体が落ちてきた。


「泣いちゃダメだよ、姫様。大丈夫。ブッシュは生き返った。姫様の力があったからこそ、勝てたんだよ」

「ごめんなさい。わたくし……」


 指で涙を拭った。


「ブッシュ様のことを考えると、なんだかわたくしじゃなくなるみたい……」

「その気持ち、ブッシュにはっきり伝えたほうがいいよ、姫様」

「そうかしら……その……ご迷惑ではないかしら」


 眉を寄せて、脇の壁に目をやった。


「だってブッシュ、王族の姫がみそぎを捧げる意味、あんまりわかってないもん。戦いの戦略とかは凄いんだけど、意外に間抜けだよ」

「ふふっ」


 ようやく姫様が微笑んで、ボクは安心したんだ。


「そんなことを言ってはいけませんよ」

「それよりさ、姫様の一世一代の決断を、受け止めさせないとダメだよ」

「でも……ブッシュ様には奥方がいらっしゃるし」


 迷ったような瞳で、頬に手を当てた。


「それは姫様も知ってるでしょ。マカロンは、ブッシュとティラミスの間に生まれたわけじゃないよ。言ってみればティラミスの連れ子だし。そもそもティラミス自体、奥さんどころか、恋人でもないよ。マカロンを育てるためのパパママだからね」

「頭ではわかっているんだけれど、わたくし……」

「あーもう」


 ボクは飛び上がった。姫様の首を抱き、耳打ちする。


「姫様が手を出さないなら、ボクがブッシュを襲っちゃうぞ。ボクだってブッシュのこと、嫌いなわけじゃないからねっ」

「えっ……」


 姫様は絶句したよ。姫様の目の前に移動すると、ここぞとばかり、ボクは攻め立てたんだ。


「ボクは毎晩、ブッシュと同じ寝台だよ。それに比べ、姫様が逢引するチャンスなんて、ブッシュが王宮に泊まっている今晩しかないよ。……姫様とどっちが有利か、よく考えたほうがいいんじゃないかな」

「あなた妖精じゃない」


 呆れたようにボクを見る。


「へへーっ。そこは大丈夫。だってボク、等身大になれるもん。ボクだって、かわいい女子だよ。寝台でボクが裸になって迫ったらブッシュ、我慢できるかな。……男なんて、ちょろいもんだよ」

「ダメよプティン」


 姫様、慌てたような早口だね。


「それだけは止めてちょうだい。ブッシュ様は、わたくしの想い人だもの」

「ほら認めた」


 ブッシュだけでなく、姫様もちょろいね。へへっ。


「ボクだってそろそろ我慢できない。姫様が先にしないなら……」


 嘘だけど。


「ダメよ、ダメっ」


 姫様焦ってるじゃん。ウケるー。


「わ、わかったわ」


 姫様が立ち上がると、お湯がざばっと揺れた。きれいな裸から、湯気が立ったよ。背丈より長いタオルを体にかけて。


「もう休みましょう。寝台に横になってわたくし、少し考えてみるから。ブッシュ様と一緒になれる方法を……」

「へへっ。姫様ったらそわそわしちゃってさ。でも……もう少し後のほうがいいよ。王宮が寝静まった頃なら、誰にも邪魔されず、ブッシュが寝てる客間まで行けるからね」

「もうっ。意地悪プティン」


 ボクを摘むと、自分の左胸に導く。


「あなたの場所はここよ。ちゃんと掴まって寝なさいね。いつものように」

「はーいっ」


 元気よく返事してあげたんだ。


 ……けど、ボクにはわかったよ。姫様が今晩、ブッシュの部屋に忍んでいくって。自分の気持ちを伝えに。だってボクは、姫様のソウルメイトだからね。姫様が幸せになれるよう、ボクが導いてあげるのさ。

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