公園

1gami

明るい公園

 暗い夜道を街灯に導かれるようにただ歩く。街灯に照らされた私の影は小さくて腰が曲がっていた。そんな私は今日の出来事を思い出し溜息をついた。言えど特別何かがあったわけではない。むしろ毎日が同じことの繰り返しに思えてしょうがなかった。誰でも出来るような数字の打ち込み。成功しなさそうなイベント書類のファイリング。ほぼ恫喝に近いような上司の怒鳴り声。同僚たちの陰口と不吉な笑い声。振り返るたびどうしてこの職場を選んでしまったのかと、後悔する。今にも退職届をたたきつけてやりたいが、そんな勇気はなく。あるのは不安と反抗心で、むしゃくしゃした気持ちが私をより一層悩ませた。手元には仕事鞄とコンビニ弁当の、いかにもなところで働いてるOLのものしか持ち合わせていなかった。学生の時はこうなるなんて思いもしなかった。学生の頃の私は色んな人に囲まれていた。大学生のころ就職のことにあまり真剣になれず、友や彼氏といる時間を優先してしまった。あの頃は毎日遊んでいた。たくさんの思い出が失敗した理由を示唆する。今や友から連絡はなく、彼氏は遠くの企業に行きだんだんとお互い無関心になっていった。私はいつから孤独になったのだろう。そんな事を考えてると、異様にむしゃくしゃして居ても立っても居られず、私は強く地面を蹴り、走ることにした。

 私はいつもの自分に反抗するように自宅には遠回りな、街灯もない小道を進むことにした。流れる景色がいつもとは違くてとても鮮やかに見える。古い家屋、がたがたの石の階段。さび付いたガードレールそんだけのことで楽しくなる。いつもより自然な空気。車が通ることはほぼなく音が繊細に聞こえる。服がこすれる音、ビニール袋がくしゃくしゃと騒ぐ音。どれも聞き覚えのあるのに新鮮に感じていた。少しの物足りなさを感じながらも、十分と思い家に帰ろうと思った矢先、小さな公園を見つける。公園と言えど遊具はブランコしかなく、孤独の電灯に照らされたそのブランコは赤くさび付いていて、その公園は誰も来ていない暗い商店街のような雰囲気を醸し出していた。正直不気味なのだが、私だけの場所という高揚感が私を引き留める。ギコギコと音を立てるブランコに乗る。電灯に照らされ、できた私の影が心なしか輝いて見えた。段々と気分もよくなり食事を取ることにした。袋から取り出した弁当はライトアップされていておいしそうに見えた。弁当は添加物で加工された普通の味で少し肩を落とし上を見上げたが、天に見える星が輝いていて、そんなことは気にならなかった。夜景の綺麗な公園で気分も高まり食べ進めるとすると「あの…」とか細く小さな虫のような声が後ろからした。私は少し驚きながら、振り返ると若くて小柄な小汚い男が腹を抑えていて話しかけてきた。「それ、もらえませんか…」男は私のコンビニ弁当を指さしながら物欲しそうな顔で聞く。私は人に話かけられた事に戸惑いがらもうっすらと理解した。無精ひげがはえ、服もうっすらと汚いこの男はホームレスで私の弁当を貪りにきたのだと。

 少し沈黙が訪れたあと女は何かを閃いたよう笑顔を作り「いいよ」と同意し弁当を差し出す。男は嬉しそうに感謝を述べて手を伸ばしたが、女が弁当をひっこめて話始める。「私がこれをあげる代わりにやりたいことがあるの。」男はなんでも聞くと示唆するようにうなづく。ふふっと笑い「じゃあ今からするから座っててね」男は言うとおりにし、あぐらをかいて座る。男は少し疑問に思いつつも目の前の食の為ならお構いなしだった。「じゃあいくよせーのっ」女が合図を言うと同時に女はご機嫌な顔をしながら右足を後ろに下げ、男の右頬へつま先をこすり上げるようにけり上げる。男は左へ倒れうずくまり、口から唾液をたらしながら、ぼやけた空が目に映る。女は爆笑し蹴る前よりも屈託の笑みを浮かべて、「ハハハっ、毎日蹴られてくれるならあげてもいいよ」とまだ脳が揺れてうなだれている男に聞いた。男は苦しそうな顔をし、迷いながらも同意した。

 あの夜から何週間経った後、私は毎日帰るのが楽しくなっていた。私が我慢していたこと、私が欲していたものが、あれで満たされる。それにあれは私を欲していた。正確には私の持っている弁当だが、その私への求めが私の価値を高めているようで気分が良かった。頬を腫らしがら毎日蹴られに来るのが、滑稽で楽しみでしょうがなかった。私が社会人になってから失ってしまったこと。それをあれで気づいた。あれが私を望むことで私は私を肯定できる。それにあれを蹴った時の爽快感が仕事での疲れを吹き飛ばしてくれる。私は社会の底辺ではないのだと再確認できる。誰かを蹴れて安心できる。帰り道はあれのことを必然的に考えていた。あの日、あれの飛び方が面白かったとか。地面に落として食べさせるのが楽しかったとか。何度思い出してみても、私じゃないみたいで少し可笑しいと思いながらもとても面白かった。

 私はいつものように公園に入り、電灯で照らされているさび付いたブランコに座ってあれを待つ。今日の不満をぶつけれるのを楽しみながら星空を見上げあれを待つ。が暫く経っても男は来ず、私は小さな怒りと空腹で食事を取ることにした。少し寂しさを感じながら、封を開けて、箸を割る。一口食べると弁当が美味しくないことに気づいた。もう一口食べ上を見ると今日は曇り空で星が見えてなかったことに気づく。もう一口食べると電灯で出来た影はいつもと同じと分かる。食べ進めようと箸を口へ運ぼうとするも落としてしまい、私は蓋を閉じて汚いブランコを離れ帰ることにした。

 その日から暫く経っても私は公園に行くことはなかった。私は新鮮に見えていた小道を通るのが面倒に感じ、舗装された綺麗な歩道を通ることにした。コンビニ弁当も買うのが段々と嫌になった。今日は少し先の牛丼チェーン店に入ることにした。街灯に照らされた私の影が曲がっていてるように思い無様で仕方なかった。遠くに見える住宅の光も、空を飛ぶ鳥もそれら一つ一つは特別ではないのに羨ましく思ってしまう。あの時の私は特別になれているような気がしていた。昔のように溜息をつきながら歩いている。影が前から後ろへ前から後ろへ。下を向いて進んでいるとガラスから漏れた光が私を照らし、店前についたのだと気づく。混んでいないかを確認するために窓ガラスから中を覗く。幸い客はあまり来ておらずカウンターが4脚ほど空いていた。良かったと安堵しながら、扉に手をかけ顔を見上げると店員に見覚えのある顔が一人いた。ホームレスの彼がだった。体が一瞬固まり伸ばしていた手の力がぬけ自分の横に戻ってくる。窓ガラスごし彼がとても鮮明に見えて、あの電灯に照らされた彼とは大違いのように思う。彼が輝かしく見えた反対に、窓に反射しているうつむいてしまった私はその店に入ることはできず、自宅に向かって何事もなかったかのように歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

公園 1gami @1_gami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ