20:*新世代 完結

 逸見大尉は圧力を受けている。昇進しろと言われている。

 勉強は苦手ではないが作戦行動期間が長くて感覚が鈍っている。ふと思えば掛け算って紙に書く時どうやるんだっけ? と思考が止まる程度には。

 少佐以上の別部署の上官に話を聞こうにも、前線から離れられない立場の少女兵用の幹部上級課程など”上も困ってるんじゃないか?”と言われ”幹部レンジャーやるの?”と逆に質問される。

 復興が進む渡島大島の難波基地で、生き残った部下と補充兵の面倒を見ながらとりあえずこれを覚えろ、と送られて来たテキストを読み込む日が続いている。

 義仲曹長にも昇進圧力が掛かっているが”勉強しません! 漢字読めないし!”と開き直っている。雑事を以前と変わらずこなしていて部隊運営は順調。因みに彼女は報告書等を堂々とひらがなと絵だけで書く。

 休日となっても逸見大尉は義手義足義顎の異様な風体で復興中の町に繰り出して遊ぶようなこともする気が起きず、気晴らしと言えば少女隊候補生の教育施設を訪問するぐらい。

「あ、あーたんだ!」

「来たぞ」

 見た目恐ろしい逸見大尉に懐く子供は走って寄り、そうではない子供は距離を取り、泣いて逃げることもある。評価は極端。

「この前のコロッケね、ガリガリに固かったよ!」

「ガリガリ? サクサクじゃなくて」

「ガリガリ、めっちゃかったいの」

「トコちゃんの揚げ物全部かったいの! あと何言ってるかわっかんない!」

「そう。美味しい?」

「めっちゃおいしい!」

「前のとこの飯、うんこ!」

「ちんこ!」

「そう」

 昔は溢れかえる程にいた特定出生児達、今は極端に減ってきてそろそろ地球産まれは最後の世代となりつつある。施設が復興途中で難波基地では大勢を受け入れられないとしても未だに30人に満たず学校1クラス程度。逸見大尉が幼かった頃のように雑魚寝の大部屋に毛布だけ渡されて窒息しそうな程に放り込まれていた時代とは変わった。被害が風化しつつあるということで喜ばしい傾向であるが、同種族の衰退のようにも感じられれば一言で済まない想いがある。

「面白い物を持ってきた」

「なにー!?」

 渡島大島基地にて内職で作られた特定出生児用の、魔力込めても壊れづらい玩具である。単純なけん玉、お手玉、積み木、ボールなどだが異界素材で作られていて破壊困難。

「なにこれ!」

「どうやんの!?」

「ちょっと待て……」

 逸見大尉はけん玉を手にして、困る。ちょっと器用な技でも見せて子供の喝采でも受けようと下心を出したのが失敗。この手の古典的な玩具ですら幼少時に触る機会すらなかった。何か誤魔化す口実でも無いかと当たりを窺えば、九州の施設にいた頃から懐いていた子が部屋の隅で座っていた。何か遊ぶでもない。

「どうしたんだ?」

「あー、そいつ昨日から変なの! お風呂も入んないんだよ、くっさー!」

「1番おっきいのに変なの」

「悪口を言うんじゃない」

「だってー」

「だってじゃない」

「はーい」

 逸見大尉は隅に座る子のところへ行く。いつもなら”あーたん!”とはしゃいで小うるさいぐらいなのに。

「どうした?」

「あーたんあのね」

 それから耳打ちで「トイレ」と囁いた。

「うん? うん」

 逸見大尉はその子をトイレへ連れて行く。戦場に慣れれば1日風呂に入らないくらいの違いは全く分からない。失禁なら分かるがしている様子も無い。

 トイレへの道中、廊下から食事の香り。厨房からトウコがエプロンで手を拭きながら顔を出す。

「あれ、大尉さんでねぇが、ママ食ってげじゃ!」

「そうさせて貰います」

「あい、なしたば?」

「秘密です」

「あんだばや、内緒がい……内緒だの? トコちゃんさ教えでけさい」

 笑ってトウコがその子に聞くと、俯いて否定。

「ぶぇひゃひゃひゃ!」

 金恵冬子、大笑いして顔を引っ込めた。逸見大尉より年下のはずだが10も20も上の貫禄である。

 トイレにて、誰もいないか確認。

「いないぞ。便秘か? 浣腸なら貰ってきてやるぞ」

 下ネタでからかうのは子供の定番。”うんこレディ”と呼ばれたくなくて結果漏らした同期を知っていた。戦地ではほとんどの者が”うんこレディ”になったものだが。

「ちがうの、あんね、あーたん、笑っちゃだめだよ」

「笑わない。どうした?」

「怒ったりしない?」

「しない、約束だ」

「うん、じゃあね……」

 そう言って、ズボンを前に広げて股間を見せた。逸見大尉の心臓が血液を強く押し上げる。

「ちょっと……変わってるかもな」

「変なの!? 病気? 死んじゃうの!?」

 義手をその子の額に当てた。

「ちょっと、お熱があるかもしれない、かな?」

「死んじゃうの!?」

「そんなもので死なない」

 逸見大尉はその子を抱き上げた。

「よし、あーたんと一緒に行こうか」

「死なない!? 死なない!?」

「死なない、死なない」

 どっちに行けばいい?

 逸身藍は今ほど迷ったことはない。

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マジカルハーフ ~狗の命は短くて乱れし世にのみ生かされる~ さっと/sat_Buttoimars @sat_marunaka

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